日常はいつも甘いココアの中に
琥珀
1.働かせて下さい!
「私をここで働かせてください!」
「「えっ?!」」
彼女―
そして、俺―
*******
今年で高校デビューを果たした俺だが数年前からの異常な生活のせいであまり実感が湧かなかった。
というのも両親が家の一階をくり抜いて喫茶店に改造してしまったからである。結婚する前から同じ夢を抱いていた両親は、結婚し槙斗が生まれた後からこの計画を立てていたらしい。
家の一階をくり抜いて喫茶店にするのを普通思いつくだろうか。発想があまりにも奇想天外な両親である。
とにかく、両親の夢だった喫茶店の開店は幸いにも問題なくすることが出来た。街に珍しい喫茶店だったこともあり、客足は安定していて経営も軌道に乗せるができた。
しかし、六年前に訪れた訃報。父―
母―
同じ夢を持った伴侶が亡くなってしまったとなれば、当時のショックは槙斗の想像するよりも酷いものだったはずだ。
現在は亡き父の分まで槙斗と萌央で店を経営している。幼かった自分も高校生となり日々喫茶店の切り盛りをしている。
客も開店から徐々に増え、減ることはほとんどなく繁盛している。
高校生になってからは俺も大きくなり家での生活が物理的に苦しくなってきたので学校近くの家で半一人暮らしをしている。
基本的には自炊なのだが喫茶店で得た家事力で、料理音痴のような有様にはならずに済んでいる。
そして、萌央は一日を店で過ごすので、あまり帰っては来ない。夕飯をしっかり摂っているのか少し不安なのが現状だ。
改造された家もとい喫茶店。亡くなってしまった父。そして、喫茶店で働く日々。まだ、十代だというのに濃い人生を歩んでいるのはおそらく間違いない。
そんな日常が当たり前のものになっていた。
いつものように学校が終わり喫茶店で店番をしていた日。天気も晴れており、ティータイム時ということもありそれなりに客数が入っていた。
春ももう少しで終わりに掛かっていながら、外はぽかぽかと穏やかな陽気に包まれているので、ティータイムにはぴったりの天気だろう。
今年で高校生になった槙斗は特に部活も入らず、店の手伝いをしていた。
高校生になっても以外と心境や外の環境というのは意外と変わらないものである。中学にいた友達とは高校進学でほとんどがバラけてしまった。
が、その友達を果たして「友達」と呼べる関係だったかと言われると否だ。父が亡くなってからは槙斗は店の手伝いをしていたので、遊ぶ時間が無かった。
唯一呼べる関係と言ったら小さい頃からの幼馴染ぐらいになってしまうだろう。
「・・・遅いな」
客もそれなりに入ってきて一人では厳しくなってきた。時計を確認しながらそんなことを呟いていると、店の入り口からチリンチリンと音がなり、槙斗の知っている人物が入ってきた。
「わりぃわりぃ、すまん遅れた!」
「遅い。ほら、早く着替えてこい」
息が切れているのを見る感じおそらく用事があって学校から走ってきたのだろう。ものすごく疲れている様子だった。
この今駆け込んできたのはこの喫茶店でアルバイトをしている槙斗の幼馴染の
小さいころからの槙斗を知っている数少ない友達で、幼稚園から高校まで同じという幼馴染に相応しい関係である。
一人で働いている様子を見てほっとけなかったらしく、こうして店の手伝いをしてくれる一人である。
「今日は少し客多いな」
「そうだな、今日は二人だけだから頑張るぞ」
普段に比べて、今日はいつもよりも賑わいをみせていた。二人での営業のため少し忙しく感じることになった。
「「いらっしゃいませ」」
再び入口が鳴り、客が入ってきたので他の飲食店のように声をかける。
涼太がアルバイトをしてからまだ一ヵ月程なのに、問題無く淡々とバイトをこなすことができるのは以前からこの喫茶店に遊びに来て見ているからだろう。
幼馴染の涼太は小さい頃から頻繁に遊びに来ていた。そのため、萌央にも面識があり、槙斗たち二人を子供のように思っていた。
涼太がここの手伝いをさせてくれとバイトを申し込んで来た時には萌央はとても喜び、ものすごく歓迎したものだ。
そしていざ働くとなっても、もちろん槙斗とは付き合いが長いので、よく息が合うので客を捌くのもお手の物だった。
「槙斗、コーヒーセットと紅茶セット1つずつ!」
「了解。あ、それ5番テーブルに持っててくれ」
「オーケー。お待たせいたしました、フレンチトーストとアイスカフェオレになります」
しばらくの間、客足が収まらない時間が続く事になった。涼太が入って来てから徐々に忙しくなったのは幸いだったかもしれない。
涼太が入ってから1時間半ほどが立ち客も落ち着いてきたころ、窓ガラスのむこうにある花壇の花からひょっこりとこちらを覗く女の子がいることに気がついた。
隠れているつもりなのだろうが、普通に頭が出ているので隠られていない。なんとも不思議な行動にハテナを抱きながら涼太に確認をとる。
「・・・なぁ、あそこで覗いているのって」
「ん…?誰だ、あれ」
二人して目を向けると目が合いピシり固まって動かなくなった。流石に気になった涼太は店から出て彼女の所へ行く。
その彼女はあたふたしながらも涼太と何かを話していた。話が終わったのか二人でこちらに戻ってくる。
「というわけで、同じクラスの七瀬心逢さんだった」
「というわけでってなんだよ。・・・それで七瀬さんはどうしてここに?」
どうやら覗いていたのは同じクラスの七瀬という女の子だった。彼女は遠方から引っ越して来たと聞いたことがあるが、なぜあんなところで覗いていたのか気になっていると、彼女が少し緊張した声で喋り出したので耳を傾ける。
「わ…」
「「わ?」」
「わ、私をここで働かせてください!」
「「えっ!」」
突然のことに槙斗も亮太も驚かずにはいられなかった。
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