第54話 元の世界へ
螺旋塔エスピラールの屋上から、飛び降りた真琴は、一直線に地下鉄の入口に向かっていた。
羽の生えたバルバルスが追ってきているのを気にしていた。
バルバルスとの距離が広がり、こちらのほうが早いらしい。
白い塔まで来たことを思い出していた。
元の世界の地下鉄で、浮浪者と戦ったのが、始まりだった。
体のでかい浮浪者、この世界では、バルバルスと呼ばれている。
絢音と響介は、死んでしまったらしいが、この世界で一緒に暮らしていたので、実感がない。
あっそうだ、挨拶を忘れた。
僕が、飛び降りたからだ。
今頃、バッカだなぁ(バカではない、バッカだ。あきれてしまったというバッカだ)とか、言ってるな。
それは、仕方ない。やらかしたのは、僕なのだから。
あれだ、真琴は地下鉄の入口を見つけた。
徐々に落ちて行くスピードがゆっくりとなり、ふわっと着地した。
振り向くと、羽の生えたバルバルスが見えた。
急いで地下鉄の入口に向かった。
その時だった。
真琴は、地鳴りと共に大きな影に包まれた。
真琴は、反射的に振り返った。
そこには、巨大なバルバルスが立っていた。
バルバルスが、真琴を見つめると、大きく振りかぶった。
そして、大きな拳を振り下した。
あまりの速さで、真琴は動けない。
(ヤラレル)目をつぶって身構える。
ガツン。
鈍い音が、振動が体に伝わる。
「早く、地下に行くんだ!」
真琴が目を開けた。メトセラが、バルバルスの大きな拳を受け止めている。
「早く、入れ!入口が潰される!」
バルバルスが、口を大きく開け、息を吸い込んだ。大きく胸が広がる。
そして、一気にメトセラを目がけて吐き出した。
「うおおおおっ!」思わずメトセラが声を漏らす。
吐き出されたのは、炎だった。ガスバーナーのような黄色い炎。
メトセラの体から水蒸気が上がる。
「早く、早く行くんだ!」
真琴は、地下鉄の入口を潜った。
階段を一気に下る。段を抜かし、ほとんど落ちて行っていると言った方がいいかもしれない。
転がるようにホームに着いたが、後ろの殺気からすぐに横にずれた。
入口から現れたのは、メトセラだった。
「メトセラ、ありがと」
しかし、その場にメトセラが崩れ落ちる。身体から煙が出ている。
すぐ後ろにバルバルスが現れた。
真琴は、ホームを走って逃げた。
バルバルスが、真琴を追いかけようとしたが、身体が動かない。
バルバルスの体は、樹の根のようなものに縛られていた。
足元に倒したはずのメトセラが笑っていた。
バルバルスは、壁を見ると黒い点が現れ、あっという間に大きな穴が現れた。
バルバルスの胸から、大きな黒い手がその穴に入って行く。
(電車は、電車はどこだ!)
真琴は、電車を探していた。
電車に乗って元の世界に戻るんだ。
真琴の背後の壁から、その人の後方の壁から、何かムクムクと盛り上がっていた。
手だ。大きな黒い手だ。
バルバルスの手が、真琴に迫っていた。
真琴は、思い出していた。
この状況、見たことがある。
向かいのホームから、見ていたんだ。
あの時、ホームに現れ逃げていたのは、僕だったんだ。
後ろだ。
後ろから、手が出ていたんだ。
恐る恐る振り返る。
黒い大きな手が近づいていた。
真琴の後ろに何か通ってきた。
視界の隅を確認する。
(電車だ!)
真琴の後ろに電車が止まり、プシュと扉が開く。
真琴が、電車に飛び乗る。
それを、追いかけて黒い手が伸びる。
(早く、発車しろ!)真琴が心の中で叫ぶ。
黒い手の動きが止まった。
筋肉が隆々とした背中が見える。ロブスだ。
がっちりと抑えている。
扉がゆっくりと閉まる。
その時、黒い手が下に落ちた。
カラスが、太刀を振り下ろしたところだった。
カラスがニャッと笑って親指を立てた。
「ありがとう、みんな」
真琴は、電車の中に居た。
混雑した電車の中に。
振り向くと、混雑した人の隙間から手が追いかけてくる。
真琴は、反対側の扉を目指して、人をかき分ける。
手が近づいてくる。
でも、大きな手は、段々と小さくなっていった。
掴まれそうになった時、電車は駅に着き、扉が開いた。
真琴は、転がりながらホームに飛び出た。
人が降りてくる。
真琴は、ホームにひざまずいて、じっと扉を見つめる。
あの手が、何処に行ったのかを見極めようと。
降りてくる人々は、余計な事にかかわらないようにと真琴に目を向けずに通り過ぎていく。
真琴は、人が降り切った電車の中を見る。
誰もいない。
手も見えない。
ゆっくりと電車の扉が閉まった。
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