第35話 匂いのする方へ

 響介の肩に乗ったウビークエは、先ほどと同じように匂いを探していた。

 食べ物の匂いを。

 そんなウビークエを見ながら、真琴は考えていた。

 ここの住人は、機械なので食べ物を必要としないのだろう。

 ならば、食べ物の匂いの先に居るのは人間に違いないだろう。

 住人は、こんなに匂いに反応する人間と感覚がことなるのだろう。

 もし、食べ物に興味を示すとするならば、アートも何か感じるだろう。

 いや、アートも感じないかもしれない。

 目にしたり、耳にしたり、味わう事にワクワクがわかないのだ。

 ワクワクがない。それは、進歩を停滞させるというのに。

 僕は、ウビークエと同じようにワクワクを探す。

 変化を探す、探求心が見つけたものを調べろと要求する。

 細胞の欲求なのか?

 それは、たぶん人間だからだろう。

 すれ違う住人は、本当に真琴たちには興味がない。

 ロボットのボディを付けているだけで、足首や関節の隙間に見える肌に関心がないようだ。

 住人は、手のひらサイズの小さな箱を覗き込み、画面に細い指を走らせる。

 スマホの明りに下から照らされた顔は、生気が無く怖い感じだ。

 肩が触れ合う程近くに居るのに、話をすることもない。

 一人ひとりが、透明な容器に入っていて、自分自身を隔離しているようだった。

 真琴たちは、様子が変わらない回廊を進んだ。

 もう、どのくらい歩いただろうか?

 早く見つけたいと焦っていたためだろうか、真琴は自分たちの動きがここの住人より早くなっているのがわかった。

 急いではいけない。

 住人と違う動きや違った速さでの移動は、目立ってしまう。

「響介、歩くのが早い」

 真琴が、前を行く響介に声を掛けた。響介は少し振り返ると分かったと左手を上げた。

 変化の無い回廊をただ、ただ進む。

「止まって!」

 と、ウビークエが言うと、カッと目を開き精一杯背伸びをしキョロキョロと周りを見渡した。

 真琴たちはその様子を見守る。

「どうしたんの?」

 我慢しきれずに、絢音がウビークエに訊いた。

「匂いが・・・・・・、匂いがしなくなったんだ」

 真琴たちに落胆した。

「どうしょう」絢音がしゃがみ込む。

「匂いをたどって来たんだから、この先のどこかの部屋に居るはずだ」

 真琴が、絢音を励ます。

「部屋を順番に開けてみる?」響助が呟く。

 真琴たちは、遠近法で描けるような直線的な回廊を見つめる。

 扉が、幾枚もの扉がずーっとずーっと続いている。

 そんなに残された時間はない、特に響介と絢音には。

「おい、ウビークエ。アレしかないんじゃないか?」

 響介の足元に居たオピフだった。

「アレ?」ウビークエが首をかしげる。

「そう、アレだよ、アレ」オピフがニヤニヤしながら答える。

「……アレかぁ。そうだな……アレしかないかぁ」

 真琴たちは、二人のやり取りにイラついていた。

「ちょっと、説明してよ。アレってなんなの?」

 ふくれ面をした絢音が、オピフを指で突いた。

「痛いなぁ。お嬢さん、力が強いね」と、オピフが眉間にシワを寄せた。

 そんなに力は入れてないのになぁ、ゴメンねとオピフに軽く頭を下げた。

「アレをするかぁ」

 相変わらず響介の肩の上で、ウビークエは得意そうに天井を見上げる。

「だから、アレって何よ」

 絢音は、ウビークエの足を引っ張った。危うく落ちそうになる。

「あぶねぇ」とウビークエは体制を立て直し、真琴たちを見下ろした。

 そして、右手の人差し指を立てた。

「アレとは、作戦Bだ。おいらとオピフが一緒に考えた作戦だ」

 オピフがきょとんとしている。という事は、作戦Bはウビークエが一人で考えたらしい。

「作戦B?」真琴たちが、口を揃える。

「君たちに、この作戦を実行できる度胸があるというなら、直ちに実行しよう」

 ウビークエは相変わらず偉そうに真琴たちを見下ろす。

「だから、作戦Bっていうのはなんだよ」

 ウビークエは、絢音に響介の肩から、引きずり降ろされた。


 その時、真琴たちは、カメラが追随していることに気付けなかった。

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