第34話 上階へ
「忘れてた、これを持って」
ウビークエが、真琴たちに配ったのは、例の手のひらサイズの小さな箱だった。
「前に言った通り、これを見てれば問題ないさ。皆、この箱を見ているから、おいらたちには気付かないさ」
と、言いながらウビークエは先頭を歩いた。
廃材置き場から、どんどんと奥に進んで行く。
擦れ違う銀の塔の住人が徐々に増えていく。
銀の塔の住人は、実に様々だ。
ロボットのような者や人間と見分けがつかない者もいる。
ここの人たちは、自分以外の者に全くと言っていいほど興味が無いらしい。
立ち話している者は無く、手のひらサイズの小さな箱だけを見て歩いている。
肩がぶつかろうがお構いなしで、周りを見ることもなく歩き続ける。
「ほら、おいらの言った通りだろ。この格好をしてこの箱を見ていれば、気付くヤツなんていないさ。
ヤツらは、耳から入ってくるものは全て雑音で、信じられるのは親や兄弟や友達ではなく、この箱だけだから」
ウベークエが、得意そうに真琴たちを見渡した。
真琴たちは、ウベークエが言っていることを確認すると、ビクビクすることをやめた。
「あれ、エレベータだよ」
行き当たりにアンチークな扉があった。
扉の上部には、数字とアナログ時計の針がついている。そのエレベータで地下から上階へと向かうことができた。
上階は、なんとも殺風景であった。
回廊の両側に扉が並んでいるだけだった。
回廊事態は、十メートルくらいの幅で、凹凸の無い黒い道で出来ていた。
回廊の壁も道路と同じ艶消しの黒だった。
ただ、見たことの無い材質だ。
オピフは、壁をペシペシと叩きながら、興味深し気に見ていた。
壁には等間隔に扉が付いているのだが、扉にバーコードが書かれているだけで、何の部屋か全く分からなかった。
真琴たちは、十字路にぶつかると左に曲がるを繰り返すと元の位置に戻ることを知った。
つまり、規則正しく碁盤の目のような構造ということだ。
「どうしょうか?これじゃ、分からないよ」と、響介が呟く。
「入ってみようか?」真琴が扉の前で止まる。
そうだなと、皆、真琴の周りに集まる。
真琴は、皆の顔を見渡すと頷き、扉に手をかけた。
扉は重く、真琴は体重をかけて扉を押した。ゆっくりと扉が開き、その隙間から中に滑り込んだ。
中は、暗い。
どうしようか迷っていると、明かりが足元を照らした。明りはオピフのヘッドライトだった。
「お前たちの分もある」と言って、オピフがライトを真琴たちに配った。
部屋の中には、水族館で見たことのある円柱の水槽が並んでいる。
先頭は真琴だ。奥へ進んで行く。
何番目かの円柱の前を通り過ぎようとした時、真琴の左目の隅に何かを捉えた。
突然、頭の中に浮かんでくるイメージ。
忘れていたモノを思い出すのと似ている。
自分が”やること”を頭の中で今やっていることと別に管理されていて、時間とか他の刺激が会った時に知らせられる。
目の前で行っている事とは、全く別にパラレルで機能しているのだろう。
なぜ、思い出すのか、いつも不思議に思っていた。
今、知らされたのは、”危ないモノがある”という感覚だった。
そう、左の水槽にだ。
真琴は立ち止まり、顔は進行方向を向いたままで、左の水槽にゆっくりと眼を移した。
「あっ」思わず声が出そうになった。
水槽に近づき曇りを拭く。
円柱の中には、あの浮浪者が浮かんでいた。
響介と絢音が同じように驚いている。
「こ、こいつは・・・・・・、なんでここに居るんだ?」
「奴は、ここからやってきたってこと?銀の塔から来たってこと?」響介が呟く。
ウビークエとオピフも目を丸くして見つめている。
「何だこれ、生きてるのか?」
オピフの問いにウビークエがわからないと首を振った。
更に奥に進んで行くと、水槽にはロボットの骨組みのようなモノが入っている。
部分部分に筋肉のようなものが骨組みに張り付いている。
オピフが、我を忘れたように骨組みを見つめ、肩からぶら下げていたパットを向け、写真を撮りまくる。
なるほど、こうなってるのかと独り言を言いながら。
「こいつは、ロボットなのか?SF映画並みだな……」
響介が興奮気味で真琴に話しかける。
「そうだな」と真琴が言葉を返す。
こいつが映画と違うのは、本当に動くっていうこと。
それに、力はとてつもなく強い。駅で襲われた時の記憶が鮮明に蘇る。
真琴たちを投げ飛ばしたヤツだ。
他の水槽を見ると何体もあの浮浪者が並ぶ。
あの浮浪者はここで作られてたのだ。
僕たちを襲ったのは、この塔に居る者なのか?何の為に。
「ここを早く出よう」
真琴たちは、来た道を急いで戻った。
ウビークエが、なかなか水槽から離れようとしないオピフの手を引いて、真琴たちの後に続いた。
部屋の扉を開け、回廊に戻った。
相変わらず、住人がスマホを見ながらすれ違っている。
「歩く時は、同じ速度で歩いたほうがいい。急に止まったり駆け出してはいけない。特殊な行動は、感知され易いからな」
響介からの注意だった。
そうだなと、絢音と真琴が頷いた。
真琴たちは、住人の歩く速度に合わせ奥へと進んでいった。
これではだめだ、何かしないと真琴たちは立ち止まった。
そうだと真琴は、コロニクスから貰った翻訳機を起動させたが、これと言った情報は拾えなかった。
急に、ウビークエが、クンクンと鼻を鳴らした。
徐々に顎が上げて、鼻を鳴らしながら角度を変えている。
その様子は、ハムスターやウサギが鼻を鳴らしているのと同じだ。
ウビークエは、オピフ、真琴、絢音、響介を順に見ると、両手をあげて響介を見上げた。
響介は、何をしてほしいのかわかったようで、ウビークエを抱き上げ方に乗せた。
「高い、高い」とウビークエが呟いた。
高いところに行きたかったのかと絢音が微笑んだ。
響介に肩車されたウビークエは、先ほど感じた甘い匂いを探していた。
ウビークエは、目をつぶって集中する、そして、思い浮かべた。
チキンライス、ハンバーグ、うさぎりんご。
シュークリーム、モンブラン、貝のマドレーヌ、粉砂糖がかかったミルフィーユ。
違うぞ。
チョコレート?ビターっぽい?紅茶の匂いも……。
顎の下が痛い、唾液が口の中に押し出そうとしている、胃袋も動く、身体は、食べる準備をしている。
<匂いよ、おいらを連れて行ってくれ。案内してくれ、楽しい食事のテーブルへ>
ウビークエは、心に中で祈っていた。
誰に?
誰でもいい。僕の願いを叶えてくれるなら。
「こっち、こっちだ。甘い匂いがするよ」
ウビークエが、匂いを探していた時間はほんの十秒ほどだったが、真琴たちには、五分にも十分にも思えた。
待たせる方と待たされる方との時間感覚は大きく異なるもの。
響介はウビークエを見上げて、指差す方向を確認すると歩き出した。
みんな、響介の後ろをゾロゾロと付いていった。
それに従うほかなかったからだ。
その時、真琴たちは、廊下の天井にある小さな赤いランプが点滅している事に気づいていなかった。
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