第23話 海を見たい

 "美術の間"に来ていたのは、真琴だった。

 真琴は、絵が好きなので、”美術の間”を選んだのは、当たり前と言えば当たり前のことだ。

 "美術の間"は、いくつかの部屋に区切られていて、その一つの部屋に真琴が入っっていった。

 部屋は、大きな白い壁に囲まれていた。

 部屋の入口にタッチパネルが備え付けられていて、パネルのメニューから”彫刻”を選択した。

 その時には、真琴の頭の中に見たい彫刻のイメージを念じた。

 すると、そのイメージに近い彫刻の絵入り一覧が表示された。

 その中の彫刻をタップする。

 ピッと音がすると部屋の中央の台座が二方向に分かれ彫刻が下からゆっくりと彫刻が上がってくる。

<これを、これを観たかった……。ミケランジェロのピエタ……>

 真琴は、現れた彫刻に眼を心を奪われ、思わず一歩前に踏み出した。

 息をするのを忘れるくらい彫刻を見つめ、その場に立ち尽くしていた。

<本当に石で出来ているのか?……これぞ、奇跡だ!>

 真琴は、頬を伝うものを感じていた。

 涙だった。

<顔を、顔を見たい>

 すると像が床に沈んで、真琴の顔の高さで止まった。

 こんな近くで観ることが出来るなんて。

 眼を閉じることが出来ない、閉じたくない。

 これを頭に刻み込むんだ。

 写真ではない本物を自分の頭の中に、形や匂いや音や周りの空気までも鮮明に記憶するんだ。

 この装置は、僕の考えたことがわかるのか?こんなに近くで見れるなんて。

 真琴は、タッチパネルから次に絵画を選んだ。

 気になっていた画家、エゴンシーレが現れる。

 白い壁に現れていく。

 近くによってじっくりと観る。

 独特な自身のポーズや絵画は、とても新鮮で時代を超えていた。

 彼が登場した時代には、早すぎた芸術ではないかと思われる。

 被写体の独特な自己表現のポーズは、時間を隔てたどの時代でも新鮮な刺激を与えるだろう。

 彼の素描は、師匠のクリムトの様にギザギザな線で曲線を探るのではなく、迷いがない力強い線が一気に紙の上に刻まれる。

 一本の線だけなのに、立体が、表情が、感情が描かれる。

 背景は、最小限のモノだけ残し、人間が描かれる。

 これが、世紀末美術の一角を成す画家の絵だ。

 真琴は、それからは夢中で鑑賞した。



 響介は、”音楽の間”に来ていた。

 部屋は、弦楽器、管楽器、打楽器と三つの大きな部屋から出来ていた。

 響介は、弦楽器に部屋を選び奥に進んだ。

 楽器が飾られていた。

 一本玄の物から、ダルシマー、クラヴィコード、チェンバロ、ピアノまで展示されていた。

 響介は、ピアノを選び、ゆっくりと見回す。

 すると、一人の人が近づいてきた。

「弾いてみますか?」

「いいんですか」と響介。

「どうぞ」と椅子を引き響介を座るように促すと、鍵盤蓋を開け、屋根を開け突上棒で支えた。

「ありがとう」と響介が軽く会釈し、鍵盤に触れた。

 他の楽器の手入れをしている者たちがそれに気づき、集まってきていた。

 響介は、弾きはじめるとこのピアノの素晴らしさに引き込まれてしまい夢中で弾いてしまった。  響介の演奏は、拍手喝采され歓迎された。

 演奏が終わった時、響介にピアノをプレゼントしたいと言われたので、有難くお願いした。

 さらに、名演奏は、”視聴覚の間”で体験できると教えてもらった。

 語り継がれている名演奏の動画付きで聴けるという。

 学校の音楽室の壁に飾られていたバッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなども観れという。天才をこの眼で観れるという事実は、響介は、頭の中がドーパミンで溢れかえるのを感じていた。

 響介は、期待を胸に”音楽の間”を後にし、小走りで”視聴覚の間”に向かった。


 響介が、”視聴覚の間”に着いた時、遠くで手を振っている真琴を見つけた。

 その時、響介の後ろから肩を叩いたのは、絢音だった。

 三人は、ここに集合する約束だった。

 最初に口を開いたのは響介だった。

「ここは、凄いらしい!天才を、動いている天才を観ることができる!」

「僕も聞いたよ!画家や彫刻家の制作している姿も観れるらしい」

「私も。憧れの作家に会えるらしいの!」

 興奮する三人は、お互いの顔を見ながら、ほとんど叫んでいた。

「そうさ、ここは素晴らしところだよ」

 三人の足元から声が聞こえる、ウビークエだった。

「おいらも入る、ここ好き、おもしろい」

 ウビークエを先頭に真琴たちが続いて”視聴覚の間”に入っていった。

 視聴覚室は、半球上の白いドームが並んでいた。

 ドームには、赤や緑のランプが点灯している。

「はやく、はやく。一緒に見ようよ」

 ウビークエは、緑のランプのついたドームに走っていった。

 そして、ランプにタッチすると、ぽっかりと穴が開き、中に入っていった。

 ウビークエは、その穴から顔を出し、はやくと手招きする。

 まるで、遊園地に行った子どものようだ。

 真琴たちは、見てきた部屋のことは、帰ってから報告することにして、ウビークエに付き合うことにした。

 ドームの中は、暗かったが徐々に明るくなってきた。

 中央には、操作パネルがある。操作は他の部屋と同じようだ。

「海、海を見たい!」とウビークエ。

 ドームの中に青い空が広がった。

 地平線が見える。

 波が足元まで打ち寄せる。

 心地よい風が海の匂いを運んでいた。

 真琴たちは、瞬きを忘れて風景を見つめていた。

 ウビークエが、波際まで歩いて行く。

 真琴たちも後を追った。

 キュッキュッと砂が鳴る。

「砂が鳴るなんて……、地球岬?」

 ウビークエが、絢音に駆け寄り、手を取って見上げた。

「ねぇ、本物の海ってこんなの?」

「そう、海だわ」

 ウビークエが、わーいと喜んでまた波際まで走っていった。

「こんなの見たことないな」

 響介が呟く。

 ここは、どこの海なのだろう。

 そうだ、僕はこんな海に行ったことがある。

 母さんと父さんと三人で。

 皆、笑っていた。

 でも、今は一人。

「なにを考えてるの?」

 絢音が、響介の顔を覗き込んだ。

「真琴は?」

「あそこよ」

 絢音が、波際で戯れてる真琴とウビークエを指さした。

「子どもみたいだな、二人とも」

「そうね」

 響介は、二人を眺めているだけだった。

「仲間に入れて貰いましょう」

 そう言うと絢音は、立ち上がり響介の手を引いて、二人の元に向かった。

 響介の涙に気づかないふりをして。

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