第15話 大丈夫
真琴は、校庭の朝礼台に座っていた。
校庭では、子どもたちが走り回っている。
天気は良いが、それ程乾燥していないため、風で砂埃が舞うほどでもなかった。
まだ、この校庭には土がある。
真琴は、スケッチブックを開くと校庭を見渡していた。
今日は、動いている人を描こうと思っていた。
じっと見つめる真琴。
真琴は、見たものをそのまま記憶することができた。
写真のようにだ。
だから、家に戻ってからでも絵の続きを描くことができた。
みんなそうだと思っていたが、友だちの話を聞くとそうやら違うらしい。
真琴だけが細かく覚えていて、絵をおこすことができた。
だだ、とても頭が疲れてしまい、その日は朝までぐっすりと寝てしまう。
真琴は紙に描きおこす。
2Bの鉛筆は、止まることなく画用紙の上を動き回る。
真剣に描いている真琴の前に、三台の自転車が止まった。
自転車をその場に倒して停めると真琴の絵を後ろから除きこんだ。
「絵を描いているんだ」クラスの男子だ。
「なんで、絵なんか描いているんだ?」
「ちょっと、絵がうまいからっていい気になるなよ」
真琴には、何を言っているのか理解できない。
別にいい気になんてなっていない。
あっと言う間に、真琴のスケッチブックを取り上げ、絵を破りだした。
「何するんだ!」
真琴は、三人相手では何も出来なかった。
破り捨てられた絵は、校庭に散らばった。
真琴は、散らばった絵を見つめている。
「絵なんかうまくたって食べていけないってさ。
絵が描けたって、何にもならないだって」
「やめちゃえよ、そんなの」
「進学テストにも出ないのに、絵なんか描いてさ。キモイんだよ」
次々と真琴に心無い言葉が浴びせて、行ってしまった。
真琴には、『絵を描くこと』と、『食べていけないこと』との繋がりが良く分からなかった。
全く別のことだと思ったから。
今の真琴にとっては、食べていけるか、いけないかは、どうでもいいことだった。
だって、絵を描くのが、とても楽しかったからだ。
手が勝手に動く。
目で追ったものがそのまま絵となる。
真琴には、ただ、好きで描いているだけなのに、そんな事を言われるなんて理解できなかった。
絵を描いている時間が、何もかも忘れて描いている時間が好きだったし、うまく描けた日はとてもうれしかった。
真琴は、去っていく自転車三人組をじっと見つめていた。
完全に姿が見えなくなると、真琴は、スケッチブックを拾い上げ汚れをはらい、ゆっくりと千切れた絵の切れ端を拾っていく。
真琴は、悲しかった。
僕はいけないことをしているんだろうか?
この前の図工の時間に真琴だけ先生に褒められたのを思い出した。
その時の男子の顔が浮かぶ。
「これ」と言って、やぶれた画用紙の切れ端を差し出された。
幼稚園からの友だちの響介だった。
「見てたよ、間に合わなくてゴメン」
真琴は、切れ端を受け取りジグソーパズルのようにはめ込んだ。
「あいつらの言う事なんか関係ないさ。お前はそれでいい。描くの好きなんだろう。
描き続けていれば、それは、お前の絵になる。絵をみて、誰でもお前を思い出すことになるさ。
あの子たちと同じところに居なくていいんだよ。
自分が居心地のよいところに行けばいいんだ」
いつの間にか、絢音も来ていた。
「絵を描けるのがうらやましいのよ、あの子たち」
この前の図工の時間に真琴だけ先生に褒められたのを思い出した。
その時の男子の悔しそうな顔が浮かぶ。
「大丈夫よ、真琴」
下を向く真琴の耳元でささやいた。
二人が傍にいるとちょっと泣けてきた。
「そうだね」
真琴は、顔を上げた。
「大丈夫さ」
そこには、響介と絢音の笑顔があった。
「……真琴、大丈夫?」
絢音の声が、遠くからだんだん近くに聞こえてくる。
真琴は、目を開けると絢音と響助が覗き込んでいた。
真琴は、目をぬぐった。どうやら泣いていたらしい。
周りを伺うとここは馬車の中らしい。
夢だった。
真琴は寝返りをし、二人に背を向けて涙を拭いた。
絢音は真琴の背中を優しくさすってくれた。
「ありがと」真琴は、聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやいた。
真琴は、涙が止まらなかった。
ガタン。
馬車が止まった。
響介が、馬車の窓から外を伺った。
「着いたようだ」
そこは、白い塔への入口だった。
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