第12話 絢音と響介

 真琴たちと樹の王”メトセラ”は、白い塔を目指していた。

 道は、車が一台通れるかくらいの幅で、河川敷によく見かける道だった。

 真ん中に、メトセラを置き真琴たちが代わる代わるメトセラの横を歩いた。

 思ってもみない仲間が増えたので、真琴たちは、はしゃぎ気味だった。

 ”樹の王”に会うことなんて、誰も信じてくれないだろうし、ピノッキオのような風貌が興味をひかないわけが無かった。

 しばらくの間、樹の王”メトセラ”は、真琴たちの容赦のない質問を浴びていたが、段々とネタもつきたので、やがて二人ずつ並んで歩くようになった。

 真琴と樹の王、絢音と響介に分かれ、距離が開いていった。


 響介は、前を歩く真琴とメトセラを見ていた。

 なんか楽しそうに話している。

「気が合うだな、あの二人」

「そうね、見た目がマーベルの映画みたい」と、絢音。

「そうだね、見たことあるよ」

 響介がこんなふうに人と気軽に話せるのは久ぶりだった。

 幼稚園の頃は、僕らは楽しく話していた。

 何を話していたかは、よく思い出せないけど。

 とにかく面白かった。いつも笑っていた気がする。

 響介は、誰とでもすぐに友達になれる真琴や絢音を羨ましく思っていた。

 一緒に居られたのは、小学校までだけど。


「響介・・・・・・」名前を呼ばれた。横に居る絢音に目を移した。

「なに?」絢音は響介を見上げた。

 幼稚園では同じくらいの背だったのに。

 今は、見上げないとならない。

 ピアノは弾けたけど、どこか頼りなさそうな響介だった。

 いつの間にか、大きくなりたくましくなってしまった。

「私のこと、覚えてる?」

「覚えてるよ。名前を聞いた時に、もしかしてっと思った」

「覚えていてくれたの。嬉しい」

 と、絢音は響介の左腕にしがみついた。明るい笑顔が覗いている。

「僕も嬉しいよ」

「小学校の時、転校したよね」

「ああ、大人の都合ってヤツさ」

「ふううん」絢音が口を尖らす。

「ゴメン、何も言わないなかたね」

「いいんだけど、悲しかった」

「引っ越してからあまりいいことも無かったしさ。

 アニメの影響で、バスケを始めたらハマっちゃって」

「私もびっくり、試合、見に行ってたの」

「声かけてくれたら、よかったのに」

「あなた、すごい人気者だったの。推しの人たちに殺されちゃうわ」

 ”殺されちゃう”この単語で現実を思い出してしまった。


「死んだんだよね、私たち」絢音が響介を見上げる。

「そうらしいね」

「でも、こんなにピンピンしているのに」

「あっちの世界では、死んだんじゃない」

「あっちの世界か……」

「そう、あっちの世界」

「多分、あっちの世界では大騒ぎさ。だって電車に轢かれたんだぜ」

 絢音は、電車に轢かれた自分を想像して、背筋に冷たいモノを感じていた。

「死ぬなんて思わなかった」

「誰も思わないよ。見たり聞いたりするけど、全て他人事さ」

 響介が悲しそうな視線で遠くを見つめながら言った。

「三年前、親父が死んだんだ。あっという間に死んだ。

 そん時、思ったんだ。

 みんな、いつかは死ぬんだって。

 親父、仕事であまり家に居なかったから、母さんが出ていったんだ。

 それから、更に親父、変わっちゃって。

 やたら早く帰ってきて、母さんを探しに出かけるんだ。

 親父のヤツ、寂しそうだったし、小さくなっちゃたんだ。

 そんで、心筋梗塞ってヤツで死んじゃった。」

 絢音は、言葉を探していた。

「時々、思うんだ・・・・・・。

 なんで、人は急に亡くなるんだろってさ。

 気持ちの準備が出来ていないから、どうしていいか分からなくでさ。

 悲しむ気持ちさえ沸かない。

 後から、その事実を認めた時、悲しみがやってくる。

 だからさ、死が近づいてきたら、少しずつ体が透けてしまえばいいと思わない?

 少しずつ、透明になっていって、最後は無くなっちゃうんだ。

 そうしたら、自分や周りの人が死ぬのが分かるから、準備ができるじゃん。

 自分が死ぬ時も相手が心の底から悲しんでくれても何も出来ないよ。

 普段どおり話をしていて、『ねぇ、そうだよね』と振り返ると消えていなくなったら、

 お互いに悔いが残らないと思わない?」

 響介は、相変わらず遠くを見つめている。

「響介・・・・・・」

 絢音は、響介の腕を引っ張った。

「なに?」

「しゃがんで」

「えっ」

「しゃがんで、早く」

 響介はゆっくりと絢音の前にしゃがんだ。

「こう」

 と、響介が言いかけたとき、絢音は響介を抱いた。

 やわかい胸が響介の顔に当たる。

 時間が止まったようだ。

「大丈夫よ、ずーっと私が居てあげる」

 絢音の声が響介の耳に届いた。


 絢音は、自分の両親の事を考えていた。

 仲のいい親だった。

 私が死んでも、きっと二人で乗り切ってくれると信じている。

 乗り切ってもらわなければ、困る。

 あの二人なら、大丈夫。

 思わず響介のシャツをギュッと握っていた。

「お母さんやお父さん、ショックだろうな」

 絢音が呟く。

「だろうな。親より先に死ぬなんてな」

「親不孝?」泣きそうになっている絢音。

「でも、仕方ないだろう。死んだんだ。受け入れてもらわないと」

 今度は、響介が絢音を抱いていた。

 大切なモノを守る様にからだ中で絢音を包み込んでいた。


「何してんだぁ!」

 真琴が振り返って手を振っている。

「何でもない!」

 絢音は、少し顔を赤らめて、前の二人の方に走っていた。

 そんな絢音を響介は、見つめていた。

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