第11話 樹の王「メトセラ」

 森を目指し、どのくらい走っただろか。

 丘の上に大きな樹があったので、真琴たちは「そこで休もう」と目で合図した。

「もう、ダメ」と言って、絢音が石の上に座った。

 響介は、近くで寝ころんだ。

 真琴は、腰を折り膝に手をあてながら息を整え、来た道を振り返った。

「……大…丈…夫…かな……」

 真琴たちは、少しの間息をひそめて、走ってきた方向や空を目を配っていた。

 誰も追ってくる気配がないことをお互いの確認すると、大きく一息つくと呼吸をすることを思い出した様に息をした。

「響介、ここに立って」絢音は、岩に座りながら、自分の前の地面を指さした。

 響介は、言われた通り絢音の前に立った。

「くるーっと回って」絢音は右手の指先を下に向けるとくるっと円を描いた。

 響介は、それに合わせて一回転した。

「いいわ、次は、真琴」真琴も響介と同じ様に回ったした。

「怪我が無いようね」

 絢音は、腰かけていた岩の上に立ち上がると、クルッと一回りした。

「どう?何ともない?」

 二人とも目の位置が絢音の腰に当たり、つい、目が奪われて返事が遅れた。

「何ともないでしょ」

「ああ」真琴と響介は顔を見合わせた。

 響介は、石から降りようとした絢音の腰に手を添えると軽く持ち上げた。

 絢音は、驚いて響介を見つめる。

 二人は見つめ合ったまま、時が止まる。

 響介は、絢音をフワッと優しく地面に降ろした。

 バレエのリフトのように。

 真琴は、二人の表情と動きに見とれてしまった。

 この光景は、真琴の頭の中に刻まれた。

 描くことが得意な真琴は、目にしたものを写真の様に記憶してしまう。

「ありがと」と絢音。頬に少し赤みがさしているように見えた。


「奴らは、何なの?……」

 絢音は照れ隠しの様に声を発した。

「カラスみたいな、人間のような。カラス人間?何しに来た?って、訊いてたよ」

 真琴は、絢音を気にしながら言った。

 その時、響介は大きな樹を見上げていた。

「あの時、樹が助けてくれたように見えたんだけど……。枝がびょーって伸びてさ」

 響介が、両手を広げた。

「……助けてくれたのかしら」

「きっとそうさ」

 響介は、幹に耳を当てじっとしている。

「何か聞こえる?」

 絢音が響介の顔を見上げる。

 真琴たちは、改めて大きな樹を見上げた。

 ねじれた幹や枝は、長い間の風雪に耐え抜いた力強さを訴えていた。

「すごい樹だね、きっと樹の王様だね」響助は、幹を平手でピシピシと叩いた。


「そのとおり!」

 大きな声が聞こえた。真琴たちは、驚いてその場に伏せた。

 そして、きょろきょろと周りを見回したが、姿が見えない。

「何処を探している。ここだよ」また、声がした。

 声は、樹の中から聞こえるらしい。真琴たちは、素早く身構え、樹から離れた。

「樹がしゃべった?」

 真琴が驚いていると、また、声が聞こえた。

「何を驚いている。ちょっとまて、そこにいくよ」

 地面に座っている絢音のお尻のあたりがもぞもしたので、立ち上がった。

 もぞもぞしたあたりを真琴たちが見つめる。 

 地面が盛り上がり、双葉がチョコンとでると、更に土が盛り上がり、人型の樹が出て来た。背は、大人くらいだ。

 真琴たちは声を出すのも忘れて見入っていた。

 身体の土を払うと歩いて真琴たちの前に来た。

「この方が、話やすいだろ。私は”メトセラ”、樹の王だ」

 樹がしゃべった。

 真琴たちは、樹を足の先から頭の天辺まで舐めるように見つめた。

「なんだよ!今度は人形か?」響助は真琴の口を塞ぎ、メトセラに訪ねた。

「あの時、僕を助けてくれたのは、あなたですか?」

「そうだ。爺さんに君らのことを助けるように頼まれていたからな」

「爺さん?」真琴が訊いた。

「そう、爺さん。私が生まれる前からいるから、爺さんと呼んでいる」

 地下鉄の駅で会ったお爺さんの事だろうか?真琴たちは、思い出していた。

「君たちがここに来たのは知っていた。

 君たちは、こちらに来たばかりなので、心配でな。

 つい手を出してしまった」

「ありがとうございました」と響介。

「カラスに狙われていることは、モグラから訊いてたしね。

 私はあのカラスが嫌いだったからな」

「僕らが来たことはどうやってわかったのですか?」

 真琴が興味深く訊いた。

「君たちの足の下には、何があるかね?」

「じ・め・ん……」真琴が足元を見ながら呟くように答えた。

「そう、地面だ。それでは、地面の下には何がある」

「……土?」

「土だけじゃないいんだ。私たちの根や昆虫や動物もいるのだ。

 君たちの体重が地面を押すと、地面の下にある私たちの根を強く押すことになる。

 それで、君たちの人数や体重が分かる。

 君たちが歩けば、体重のかかる位置が変わる。

 歩く速度、足の裏の体重のかかり方から、大体の運動能力だってわかるのさ。

 先ほどのカラスとの一戦は見事だったよ。

 だが、もう少しだな。もっと、君たちは力が出せる」

 メトセラが真琴たちの顔をを見回して、ちょっと間を置いて話を続けた。

「爺さんに頼まれたから、私も一緒に行くよ」

 と、遠くにそびえる白い塔を指さした。

「それじゃぁ、行こうか?」

 真琴たちと樹の王メトセラは、遥か向こうそびえる白い塔に向かって歩き始めた。

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