第6話 老人に会う

「そうじゃぁなくて、何なのあの浮浪者は?」絢音が老人に質問する。

「ご苦労じゃったな。次の仕事にかかってくれ」

 老人の声が絢音の質問を遮ると、ロブスは、老人に軽く頭を下げるとその場を後にした。

 真琴たちは、ロブスを見送った。


「おじいさんは、誰ですか?」

 絢音が、再び口を開いた。

「私か?……ただの管理人さ」

 老人は長く白いあごひげを撫ぜながら言った。

「何しているの?」

「見ての通り、掃除じゃ。汚いのは嫌いなんじゃ」

 作業服に帽子。手には、ホウキと塵取り。

 あのアミューズメントパークで、掃除をしている人のユニホームと同じだ。

「不思議な事にゴミがあるところには、ゴミが集まるんだ。だから、掃除している」

 と言って、足元のゴミをホウキで塵取りに押し込んだ。

 老人は、塵取りから顔を上げ三人を見つめた。


「そうか、二人、死亡か?」

「死んでないですよ」と響介は体を動かして見せた。

「残念じゃがな、あっちでは、もう死んでいる……。お前は、生きている」

 と言って真琴の肩を叩いた。

 響介と絢音の目が真琴を見つめる。

「お前さんは、あの世界に戻ることができる」

 そして、絢音と響介の方を向いた。

「心配するな。お二人さんもいずれ戻る。

 生まれ変わってな。もう少し経つとな、段々身体が透けてきて、やがて無くなる」

「無くなる?」

 二人は、繰り返さずにはいられない。

「心配せんでいい。また、身体を与えられるからの。ちょっと時間がかかるがの」

 老人は、響介と絢音の顔を覗き込んだ。

「その間、こいつが元の世界に戻るまで守ってやってくれ。何があるかわからんからの」

 老人は、頼んだぞと二人の肩をポンと叩いた。

「ここを出ると白い塔がある。それを目指して行きなさい。出口はその天辺じゃ」

 絢音が不安そうに響介を見つめる。老人は話を続けた。


「この世界を色々見て行きなさい、そのために招待したのだから。

 後は何もしなくてよい。

 ここで体験したことは、自然と行動に現れるものだ。

 絵画や音楽や物語や言葉とか、自分の創造したモノ。

 形があるモノ、ないモノ、色々なモノがある。

 それらは、その時、人々の関心を惹かなくても、後々小さな波となって誰かに影響を与える。

 君たちの一人ひとりの頭の中に宇宙が入っているんだ。

 それと、他の種にはない、ある力を加えてな。

 その宇宙が少しづつ外へ漏れ出して、世界を変えることになる」

「僕らの頭の中にも入ってる?」

 真琴が繰り返す。

「そうじゃ、誰にでも入っている」

 真琴は、いつもなんとなく感じていたモノが取り除かれて心が軽くなった気がした。


 絢音が、引っかかっていたことを訊いた。

「あの浮浪者は、何なの?あんなに暴れ回って」

「わしにもわからん」と、老人のそっけない返事。

 真琴が口をはさむ。

「浮浪者は、僕を狙ってたんじゃないかってさ」

 響介と絢音がなぜって、真琴を見つめる。

「見たんだ。青年が持っていたアプリ、通訳アプリみたいの。

 浮浪者がしゃべると波形グラフが震えて、画面下にメッセージが出たんだ。

『見つけたぁ、見つけたぜ、捕まえろ!』ってさ」

「真琴を?待って、真琴を助けてくれた人、君たちのボディガードって言ってたから、

 三人とも狙われていたんじゃない?」


「お嬢さんは頭が良いの。この世界に君たちを呼んだのはこの私じゃ。

 あの青年に守らせてな。この世界を見て貰おうと思ってな」

「見る?」

「そう、見るんじゃ。そして、何かを感じてほしい。それが、いずれは、世のためになるのじゃ」

「浮浪者は何をしにきたの?」

 絢音は老人に問う。

「わしにもわからない。きっと、お前たちを邪魔に思っている者だろうな」

「邪魔って、何の邪魔なの?」

「わからんな」

「誰かもわからないの」

「わからない。この世界の者か、あっちの世界の者かも」

「何もわからないのね」

 絢音は、口を尖らす。

「という事は、僕らはこれから何者かの邪魔になることをするという事」


「きっとそうじゃな。

 自分たちが何気ない行動が、他の人に影響することがある。

 それは、すぐに結果が現れたり、何年も何百年も後で結果が出ることもある。

 自分が気付いてないことも、世の中に影響を及ぼすこともある」

「風が吹けば桶屋が儲かるってヤツ。バタフライエフェクト……」

 絢音が呟く。

「そうじゃな。それじゃ、」

「考えても無駄ってことじゃない?」

 響介が話を遮る。


「それから、急にこちらの世界に来たのだから、感覚が慣れていない。

 というか、頭にあの世界の感覚が残っている。

 あの世界と同じように感じてしまうと言った方が分かりやすいじゃろ」

 わかったかと老人が三人を見つめる。

「そうだ、お前たちに力を与えよう」

 老人は、三人に近くに来るよう手招きをした。

 老人は、代わる代わるに三人の肩に手置き、何やら呟いた。

「これで、お前たちは強くなった。強くなったと思い込みなさい。

 ここは、お前たちの居た世界とは違う。

 私の夢の中に迷い込んだと思いなさい。

 出来ないのは、お前たちが”出来ない”と言う思い込みのせいだ」


「絢音、試してみる?」言ったのは真琴だった。

「うん、じゃぁいくよ。私はツオイよ」

 絢音の制服のチェックのスカートが揺れると、ビュッと絢音の右足が僕の頭の上をかすめる。

 ビュッ、ビュッと左右とパンチを繰り出し、僕の目の前で寸止めされた。

「ホントだ」絢音自信も驚いた。


 僕も驚いていた。

 真琴には。絢音の動きが見えていた。当たらないと確信していた。

 真琴も強くなっている。

 急に後頭部を叩かれた。絢音だ。

「パンツ、見たでしょ」

「いいやぁ……」

 実は、見えていた。絢音が睨む。

「あっ、ハイ見ました……」

「バーカ」絢音のグーパンチが鼻に入った。痛さのあまり思わずしゃがみ込んだ。


 響介もシャドーボクシングをしているのが、目に入っていた。

「僕も試してみる?」と、響介。

 冗談だろっと真琴は、首を振った。


「お前さんは、ちゃんと戻るんじゃよ」

 老人は、真琴の目を見て言った。そして、絢音と響介の方を向いた。

「二人とも頼んだよ、こいつを帰してやってくれ」

 二人が返事をしようとした時には、老人の姿は無かった。


「何処に行った?」

 三人は、キョロキョロと周りを見渡したが、老人は見つからなかった。


 何年も使われていないようなホーム。

 駅名すら分からない。

 都市伝説でも聞いたことある。

 軍事目的とか、整備工場だとか、使われなくなった駅や延線と予想した駅だとか、どれもあり得ないことではないし、あっても不思議でもない。

 そんな長い間使われたいない駅という感じだ。

「こっちじゃない、出口って?」

 響介が、矢印を見つけていた。

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