君の頭の中にも宇宙が入っているんだ

第5話 何処？

＜何処？＞

　真琴の目に映るのは、古びたコンクリートの壁。

　湿ったヒンヤリとした床が、自分が寝そべっていることを気付かせてくれた。

　肘で上半身を起こし、頭だけで周りを見回した。

　古い地下鉄の構内のようだ。

　殺風景な光景が広がる。

　Ｕ字型の断面のトンネルが、一点透視図のように続き、途中から闇で閉ざされている。

　じめっとした空気の流れを肌に感じる。

　空気の流れがあるという事は、どこかに出入口があるはず。

　真琴は、そんなことをぼんやりとした頭で考えていた。

「大丈夫？」

　声のする方に目をやるとそこには青年が居た。

　浮浪者から真琴を守ってくれた青年だ。

　青年が真琴に手を差し出す。

　彫刻のような筋肉の彫の深い腕が、真琴を引き上げる。

「痛っ」

　青年の握力が真琴の手を潰す。

「ゴメン、痛かった？」

　あの浮浪者とやり合うのだから、この力は当たり前に思えた。

「大丈夫です・・・・・・、あなたは？」

　真琴は、パンツの埃を手で払い足腰を確認した。

　別にケガもしていない。

「俺の名前はロブス、君たちのボディガードというとこかな」

「僕たちの？」

　真琴は、ロブスを見上げた。

「ああ、今回はね。友だちも無事だ」

　ロブスは、左手を肩の高さまで上げ、指さした。

　その方向に、横たわっている絢音と、その横で立ち膝になって心配そうに絢音を見つめている響介が居た。

　こちらに気付いた響介が、真琴に向かって手を挙げ、”来い”と手招きしている。

　真琴は、ロブスと顔を向き合わせ、小走りで向かった。

「大丈夫？」

　真琴の問いかけに答えず、響介は絢音から目を離さない。

　絢音は、両手で顔を覆い身体をかたくしていた。

「絢音、どうしたんだ？」

　真琴は、絢音に声をかけ、顔を覆った手に触れた。

「やめてよ！見ないで！」

　絢音は、顔を覆った手に更に力を入れた。

「怪我、したのか？」

　絢音が今にも泣きそうな震える声で言った。

「……ホームに落ちたのよ！電車に轢かれたのよ！

　きっと、きっと、ひどい顔よ。血だらけで、目が飛び出してるかも」

　真琴たちは、顔を見渡す。

「大丈夫……、大丈夫だって。」

　響介が絢音を覗き込み、ゆっくりを絢音の右手を握った。

「ほら、僕の顔を触ってごらん。なんともなってないよ」

　響介が自分の顔に絢音の手を持っていく。

　輪郭を鼻を目を唇を触らせる。

　絢音は、顔を覆った左手の隙間から、響介を見ている。

「大丈夫だろ」

　絢音は、わーっと泣きながら響介に抱き着いた。

　絢音が落ち着くまで、しばらく絢音を見守るしかなかった。

「ありがと」

　落ち着きを取り戻した絢音が、響介を見上げる。

　そして、真琴とロブスを見るとニコッと笑った。

「ケガ、していないかい？」

「大丈夫みたい」

　絢音は、服に着いたホコリを手で払いながら答えた。

　全員が顔を見合わせる。

　何もなかったという安心感が顔をほころびさせた。

「真琴、久しぶり」響介が握手を求めた。

「響介、忘れてなかった？」

「覚えてるよ、幼稚園の時、似顔絵描いてくれただろ。まだ、部屋に貼ってあるよ」

　真琴は、うれしかった。

「私を助けてくれたの」

　絢音の目は、響介から離れない。

「僕を受け止めてくれたね、ありがと。ケガしてない？」

　真琴もお礼を言った。

「何ともないさ。二人とも大丈夫？」

「その人は？」

　絢音と響介が、ロブスを見ていた。

「ああ、僕は、君たちのボディガード。来るのが遅くなっちゃって。

　それに、あんなデカいのが来るって連絡も入らなかったから。

　守れなくてごめんね」

「守って貰いましたよ」真琴がすぐに否定する。

「君は守れたけど、この二人は守れなかったんだ。

　そちらの背の高い方とお嬢様は、もう亡くなっています」

　絢音と響介が顔を見つめ合う。二人は、思い出していた。

「やっぱり、私たち、死んじゃったの？」絢音のか細い声。

　だろうなと響介が頷く。

「そうじゃの」

「うわっ」振り向いた三人は思わず声を上げた。

　そこに老人が立っていた。

　ロブスは、その老人に深くお辞儀をした。

「私がついていながら、二名死亡です」

「仕方ないの」

「浮浪者は？」

　真琴が、話に割り込んだ。

「ああ、別の者たちが対応している。心配するにはおよばない」と、老人。

「そうじゃぁなくて、何なのあの浮浪者は？」

　絢音が食い下がる。

「ご苦労じゃったな。次の仕事にかかってくれ」

　老人が絢音の話を遮る。

　ロブスは、老人に深々と令をすると後ずさりして、その場を離れていった。