第2話 ホームで(白羽真琴)

第2章 コンコースからホームへ(白羽真琴)


 真琴は、改札を抜け絢音を探した。

 もう、ピアノの周りには、誰も居ない。

 一点透視で描けそうな真っ直ぐのホームの先に人が見えた。

 人々がホームの端に寄り固まっている。

 なんだ?様子が変だ。

 真琴は、目を凝らした。

 みんな、恐怖で固まっているんだ。

<ヤツが居るんだ>

 真琴は、全力で走り続けた。

 浮浪者の後姿が見える。

 やはり、でかい。

 二メートル越えのプロレスラーのようだ。

 悲鳴が聞こえる。

 逃げる魚の群れのように人が浮浪者の行く手を開けていた。

 その時、浮浪者の前に一人の子どもが取り残された。

 近づいてくる浮浪者に目を取られ、腰が引いている。子どもに手が届かない。

 大人たちは、仕方なく浮浪者に道を開けた。

 浮浪者は子どもにゆっくり近づいていく。

 ギラギラした目を首を傾げながら一歩一歩近づいていき、子どもの顔を覗き込む。

 よしと覚悟を決めた母親が浮浪者と子どもの間に入るが、浮浪者はいとも簡単に払いのけた。

 

 一番ホームの掲示板には、”電車は次の駅を出ました”とオレンジ色の文字が表示されていた。

 遠くから聞こえる。ゴーという電車のタイヤの音。

 この街では、車輪ではなくタイヤを使用していたのだ。

 音は、徐々に大きくなる。


 真琴が人をかき分けてやっとの思いで浮浪者の前に来た時、大きなものが真琴の方に飛んできていた。

<……人だ>

 真琴は、咄嗟に手のひらを上にし抱きとめようとしたが、重さに耐え切れずに後方へと一緒に転がった。


「サンキュ」

 投げられた人は、そいうとすぐに立ち上がった。

 彼は、鼻血を右手の親指で拭った。

 浮浪者をじっと見据える。

 真琴は、その姿に見入ってしまった。

 180センチ超えの身長と引き締まった身体。

 ”カゲツ キョウスケ”

 真琴の頭の中にこの名前が広がる。

 ”こいつが、あの響介?” 

 絢音の言っていた響介。


「やめなさいよ!」

 思わず声の方を向いた。

 絢音の声だ。

 絢音が浮浪者と子供の間に割って入る。

「やめろぉ、絢音ぇー!」

 浮浪者の動きは早く、あっという間に絢音の胸倉を捕まえ高々と持ち上げた。

「逃げろ!」

 真琴が叫ぶと、浮浪者が真琴の方を見た。

 浮浪者の顔が変わった。

 浮浪者は、目を見開き、ふわっと喜びが体中から湧き上がるのを感じた。


「イタァー。ミツケタァー」

 と声を上げると絢音をほおり投げ、真琴の方に向かってきた。

 絢音は、緩い弧を描いて二番ホームの線路に飛ばされていた。


 その反対側のホームにアナウンスが流れる。

 ピンポン。

『間もなく二番ホームに快速屯田行きが到着します。この列車は乗車できません。ご注意ください』 

 ピンポン。

 タイヤの音が大きく聞こえる。


 絢音は放物線を描き飛んでいく。 

 ホームドアを超える高さだ。このままでは、線路に落ちてしまう。

 その時、香月響介はバスケで鍛えられた身体が自然に反応していた。

 その流れるような速さとジャンプ力は、空中に止まっているかのようだ。

 そして、空中で絢音をキャッチし背を丸くして絢音を包み込む。

 だが、放物線の軌跡は変わらない。線路に落ちてしまう。

 既に、電車が両方のホームに入って来ていた。


「絢音ぇー!」

 真琴は、二人が線路に飛ばされるのを見ていたが、間に合わないのは分かっていた。

 その瞬間、真琴は怒りで頭の中が真っ白になった。


『一番ホームの電車は、真駒内行きです。

 降りる人が済むまで、ドアの前を広く開けておまちください』

 ピンポン。電車が止まり、扉が開く。


「ふざけるなぁー!」

 真琴は、奥歯がカタカタなり、カッと見開いた眼、体中のリミッターが音を立てて外れていくようだった。

 こんなに、こんなに興奮するなんてと、遠くで見つめるもう一人の自分は、それを許していた。

「ヤレ、奴を破壊しろ!」と。

 体が勝手に浮浪者に飛びかっていた。

 かなわなくてもどうでもよかった。

 ただ、この怒りをぶつけたかった。

 浮浪者は、片手で真琴を払った。

 真琴は、発車待ちの電車の扉まで吹っ飛ばされた。

 浮浪者は、真琴を追ってきた。

『17時2分発、真駒内行きが発射します 』

 アナウンスが流れる。プーッ。

 扉が閉まり始める。

 真琴は、咄嗟的に車両に転がりこんだ。

 浮浪者は、真琴を追って車内に入ってきた。

 扉が閉まった。

 入り口付近の乗客は別の車両に逃げた。

<捕まる……>

 浮浪者と真琴の間に前に遭った青年が居た。

 近くでみるとガッチリとした鍛えられた身体だ。

 格闘家のような筋肉の彫が深い身体は芸術作品の様だ。

 浮浪者へパンチを繰り出す。

 パンチは浮浪者の身体に食い込んだ。

 が、”効かないな”とニヤッと笑うと後ずさりし、ラクビーのタックルの構えをした。

「やばっ」

 青年は、振り向きドアに両手をつき、真琴を守る空間を作った。

 背中に力を入れる。背中の筋肉が隆起し鬼の顔の様だ。

 奇声を上げて、浮浪者が青年の背中に向けてタックルする。

ドフゥー。

 青年は、背中で浮浪者を抑えた。

 青年の顎から、ギリギリと食いしばる音が聞こえるようだ。

 青年のポケットからスマホが落ちた。

 スマホの画面にボイスメモの様なアプリが表示されている。

 波形グラフが流れている。

 浮浪者がしゃべると波形グラフが震える。

 画面の下に、メッセージが表示される。

『見つけたぁ、見つけたぜ、捕まえろ!』

 これは、浮浪者の言葉?

 青年は、ただじっと耐えている。

「ウォー!」浮浪者が叫びながらタックルしてくる。

 青年の体を押し、真琴の体を押す。

<だめだ、潰される>

 真琴は、その圧力からふっと解放されていた。

 振り向くと電車の閉じられた扉があり、扉の窓に浮浪者が張り付いている。

 電車が走れ出す。

 青年が真琴と目が合うと微笑んだ。

「何ともないか?」

 青年が真琴にを手を差し出し、ヒョイと起こしてくれた。

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