第3話 ホームで(一色絢音)
第3章 コンコースで(一色絢音)
私、一色絢音は、市営地下鉄麻生駅を目指していた。
改札前のコンコースに置いてあるストリートピアノ。
今日、あの人が来るって、SNSで教えてもらった。
あの人とは、”香月響介”。
私と幼馴染。
ピアノが弾けて、今ではバスケのレギュラー。
女子の憧れ。
完璧かな?
”いい子”に育ってくれているといいんだけど。
”俺様”だったら、ぶっ飛ばす。
今日、会えるんだ。
私は、時計に目を落とした。
まだ、時間がある。
ポケットから棒付きキャンディを取り出す。
綺麗な包み紙を外し、口に入れた。
コーラ味が口に広がる。
やっぱり、コーラ味が最高。
今日は、好きなモノに会える日。
自然と頬が緩む。
いつもより、女学生が多いような気がする。
気のせい?
多分ね。
でも、絢音は落ち着かない。
私を覚えていてくれるかな。
私を見てくれるかな。
実は、彼とは、幼稚園で一緒だった。
気になっていた。
その頃は、毎日、楽しく遊んでいた。
仲良し三人組。
そう三人組、私と響介と……もう一人。
それは、白羽真琴。
真琴は、絵が得意。
真琴には、挿絵を描かせてやってもいいと思っていた。
真琴は、どんどん絵がうまくなった。
私が、小さい頃から褒められていたからだよね。
有名な画家になるわ、きっと。
そして私は、作家志望。
私は、詩や童話や小説を書いて、褒められて、多分、うまくなっているのだと思う。
響介は、幼稚園でもピアノを弾いていた。
響介がピアノを弾く時は、真琴と私は傍で聴いていた。
響介が運動も得意とは知らなかった。
あの頃は、私の方が足が速かったから。
二人ともまあまあのイケメンだけど、タイプが違う。
私は、ピアノのあるコンコースへと進んで行った。
居た居た、白羽真琴。
いつもこの場所で絵を描いている。
真琴は、私のこと大好きなのは知っているけど、私の推しは響介。
真琴の肩くと、驚いて振り向いた。
「よっ、何してんの?」
絢音は、微笑むとベンチを跨いで、真琴を見下ろす。
「クロッキーだよ」
絢音は、面白半部にクロッキー帳を取り上げ、ページをめくった。
<こいつ、絵はうまい>
絢音は、真琴の才能に改めて認めていたが、顔には出さなかった。
<こいつ、私の足を見てる>
視界に真琴の顔が入っている。
男とは違って女の目は違うの。
瞳を動かさなくても見えているのよ、真琴君。
絢音は、真琴が絢音の足を見ていることに気づいていた。
見られることは、ちょっと好きだった。
私の足、綺麗でしょ、真琴。
真琴も男子だからなぁ。
「うまいじゃん、画家になれるよ」
「画家って……、ただのクロッキーだし……」
真琴が、下を見ながら言った。
真琴のちょっと自信がないところ好き。
「応援してっからさ」と、クロッキー帳を真琴に渡した。
「なれればいいよね」
私は、気が多い。
自分で知っている。でも、今日は、響介に会うのが一番の目的。
響介、来たかな?
絢音は、首を伸ばしてあたりを伺った。
「ねぇ、アレ、彼が来てるの?ほら、ピアノ聞こえるでしょ」
不思議そうに見ている真琴に言った。
ピアノの音がしないか、耳を凝らしていた。
「彼?」
「黙ってて、うるさい。月の光?」
訊いておいて、”うるさい”だなんて、真琴は不条理に口を尖らしていた。
絢音が立ち上がってピアノの方を見た。
「ああっ、来てる!」
絢音は、もう周りが見えない。荷物を手繰り寄せ立ち上がる。
「誰が来てるの?」
絢音は、ピアノを指さし動き始めている。
「香月響介、幼稚園で一緒だった響介。忘れちゃった?別の中学校にいっちゃった」
「キョウスケ。えっ、あの響介」
「そう、その響介よ。ピアノが得意だった彼。なぜか今はバスケ部のレギュラーなのよ」
絢音の瞳は、ピアノの方に弾きつけられてる。
「絢音の一番好きだった子」
「そう、あなたは二番目に好きよ」
真琴は、絢音を見上げるが、絢音の瞳は、真琴に向かない。
まるで、遠くを見ている猫のように。
「じゃあ、ガンバレ。これあげる」
絢音は、舐めていた棒付きキャンディを真琴に握らせた。
「えっー。舐めたやつジャン」
「貴重よ。レアってヤツ、幸せ者じやん。これもあげる」
と私は、紙屑を無理やり真琴に握らせた。
真琴は、紙屑が何か書かれているのかと広げだした。
「天才画家のお守りよ」
紙屑は、棒付きキャンディの包み紙だった。
「ああ、ダリか……」真琴が呟いた時、私は、既に改札口前に向かっていた。
振り向いた時、棒付キャンディの包み紙を持って私を見ていた。
「ああ、言い忘れた。真琴、私の足、見てたでしょう」
真琴は、バレてたかと視線を落とし頭を掻いた。
私は、じゃぁねと軽く手を挙げて、ストリートピアノを目指した。
女学生の声が入り乱れて聞こえる。
彼が来ているんだ。
ピアノの周りに人だかりができている。
「失礼ね、なぁにこの娘は?」と抗議する女たちを掻き分け、やっとの思いで人垣の最前列に出た。
響介だ。
絢音は、響介を見てハッとした。
なんて綺麗な顔。
やはり、この男は綺麗だ。
この人は、私の幼馴染だと叫びたくなるのを抑え、響介を見つめた。
綺麗な白い長い指。
ゆっくりとピアノの前に座った。
軽く、指慣らしをしている。
その瞳は、白と黒の鍵盤だけに向けられ、邪魔するものを許さなかった。
最初は、月の光。
静かな曲から段々と激しい曲へと進んで行くはずだ。
絢音は、うっとりと響介の姿と曲を感じていた。
絢音は、真琴が何か言っていたことを思い出した。
真琴に電話を入れた。
出ない。
スマホをしまった時、後ろが何やら騒がしい。
人が動く気配。
誰か飛び込んだ?
絢音は、我慢できずに周りを見回した。
響介も異常に気付いて、演奏を辞めていた。
「浮浪者?」
絢音の耳に飛び込んでくる。
悲鳴が聞こえる。
その時、人波が二つに割れた。
その先を見ると、大きな浮浪者が仁王立ちしていた。
蜘蛛の子を散らすように、人々は逃げ回る。
改札を抜け、ホームの奥へと進んでいく。
浮浪者も人々を追ってホームへと向かった。
ホーム中央に子供が逃げ遅れて、浮浪者の前に居る。
浮浪者は子供に近づいていく。
母親が浮浪者と子供の間に入るが、浮浪者の太い腕はいとも簡単に払いのけた。
更に子供の間に入る者がいた。
響介だ。
浮浪者が響介に襲い掛かる。
浮浪者は、響介の腕を掴むと、後ろへと投げつけた。
響介が人波に落ちていく。
響介が、誰かに受け止められたが耐え切れずに一緒に床に転がった。
「ありがと」
響介は、受け止めた人にお礼をいい立ち上がった。
響介は、浮浪者から目を離さない。
「やめなさいよ!」
絢音は、思わず叫んでいた。
浮浪者は絢音の胸倉を捕まえ高々と持ち上げた。
「やめろぉ、絢音ぇー!」
真琴が叫んだ。
響介がちらっと真琴を見た。
「逃げろ!」
真琴が叫ぶと、浮浪者が真琴の方を見た。
浮浪者の顔が変わった。
「いたぁー。みつけたぁ」
浮浪者は、真琴を見ると、持ち上げた絢音を線路の方にほおり投げ、真琴に向かってきた。
響介は、絢音の方に向かった。
よく事故に遭った時は、ゆっくりと時間が過ぎると訊いたことがある。
まさに、今、その時だった。
絢音は、ゆっくりと空中を移動している。
ホームドアの上を越えようとしている。
このままだと線路に落ちてしまう。
悪いことに、電車がホームに入って来ている。
電車のライトが眩しい。
運転手の顔も見えない。
絢音は、ゆっくりと過ぎ行く周りに目を向けると、真琴を見つけた。
何か叫んでいる。
確かめる事なんか出来ない。
だって、私、今、空中だし。
これじゃぁ、死んじゃうよね。
死んじゃう?
死ななくても、ただじゃぁ済まないよね。
電車に轢かれるんだから。
まだ、やりたいことがいっぱいあるのにな。
お父さん、お母さん、友達に何も言ってない。
仕方がないよね、急なんだから。
私のせいじゃない。
その時、絢音は、身体全体を包まれた。
何?
目を横に向けた。
そこには、響介の顔があった。
息がかかる程、近くに。
響介?
なぜ、ここに居るの?
響介の手が絢音を後ろから抱きしめる。
徐々に強くなる響介の硬い腕を感じる。
ああ、私は、響介の腕の中に居る。
あの小さかった響介が、私を抱きしめてる。
<コロン、つけていて良かった>
こんな時に汗なんか気にしている自分が可笑しかった。
これじゃ、二人とも死んじゃうじゃない。
「絢音?」
耳元で響介の声が聞こえる。
「私のこと、覚えているの?」
絢音は、時間があるなら、振り向いて響介に抱き着きキスしたい衝動にかられた。
でも、二人の体は、滑り込んできた電車のすぐ前だ。
目の前が暗くなった。
電車のブレーキの音が、ホームに響き渡る。
「絢音ぇー!」
真琴の声が遠くで聞こえた。
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