第1話、誰が為に

 深夜二時を過ぎた頃の東京駅。人気は欠片もない。これは夜中だからという理由ではない。この時間になるとなっているのだ。


 威風堂々とした佇まいで少年、葛城冬也かつらぎとうやは東京駅を歩く。東京の名門公立高校の制服に袖を通し、風で髪がたなびいても動じない様は齢十六であるはずなのに倍以上の年齢を思わせるような貫禄がある。

 冬也は丸の内駅舎に着くとその足を止めた。赤レンガの外観が印象的なその建物の中身は外観以上に壮大だ。

 白を基調として、繊細でありながら堂々として中心を囲むように配置された石柱、そしてさらにそれを囲むように配置された三階の高さがある。二階と三階の両方から老若男女が冬也に視線を送る。

 だが、冬也はそんな視線に臆することは無い。他の面々も冬也に対して何も言わない。それどころか、興味がないというような感じだった。

 そんな空気の中で三階にいた男が声を荒げる。


「おいおいそこのクソガキ、オレ様の時間を奪うなんて随分生意気じゃねぇか!」


 緑の髪をドレッドヘアーに編み込み、半袖短パンというおよそこの壮麗な装飾がなされたこの場にはミスマッチしているであろうラフすぎる格好の男、御所琉ごせりゅうは声を荒らげた。


 冬也は面倒くさそうな表情をした。御所は冬也の反応に気が付くと、当然さらに怒りの色を強める。


「ちゃんと約束の時刻には間に合ってるだろ」


「テメェ!集合時間の五分前には必ず到着する!こんなもん常識だろうが!」


 至極真っ当な発言だった。冬也には反論する術がない。面倒くさそうな表情を変えることをしないのが唯一の抵抗する手段だった。


「あら、別に良いじゃない」


 御所の隣でクスクスとおかしそうに女、香芝鷲美かしばすみは笑う。香芝は金色の光沢が目映い髪を肩まで伸ばし、整った顔立ちに、目元の泣きぼくろ、黒く艶やかな肌が大人の色気を感じさせる。また、太ももに大きな切込みが入り、肩と胸が露わになり、メリハリのある身体を強調したタイトな赤のドレスがより一層妖艶な雰囲気を強くしている。


「どういうつもりだ、アマ?」


 不快感を隠すことなく、御所は香芝に圧を掛ける。しかし、香芝は臆した様子を見せるどころか、再びクスクスと余裕を感じさせる笑みを浮かべている。


「私たちは願いを叶えるという彼の悪魔的な言葉に乗せられてホイホイとここに来る時点で、ここにいる方々に常識なんて最初から求めても無駄よ」


「…………」


 笑みを浮かべながらそう言う香芝に御所は呆気に取られ、また、返す言葉が見付からず、ただただ黙るだけだった。


「まったくもって、その通りだよ」


 一瞬、驚愕の表情を全員が浮かべ、一斉に声のする方に視線をやった。


 視線の先は中央の円。そこにはここに全員を集めた本人、『顔のない男ノーフェイス』、その立体映像ホログラムが映し出されていた。


「よく、21人全員が集まったね。さすが、僕の見込んだだけはある」


 フフ……と含み笑いをする。ゆったりとした口調は、圧となり、緊張感という形になってこの場にいる全員に重くのしかかる。ふむふむと彼は全員を一瞥する。


「それでは、君達の願いを叶えよう……」


 全員の表情に喜びの色が宿った。


「……だがその前に、君達の命を抵当に出してもらおう」


 天国から地獄。彼の言葉の意味が理解できず、全員が動揺し始めた。


 しかし、そのことは彼にとっては予想済みで、パンパンと甲高い音を立てて手を叩いた。


「別に、君達の命をただ奪おうってわけじゃない。僕と、ゲームをして欲しいんだ」


 彼はそう言うと、どこからともなくマスクを着けた女性達が全員の背後にそれぞれ現れた。一部の者達は女性に対して警戒を露わにした。女性は髪型も肌や髪の色、服装、体型に至るまで全て同様で、その事がより一層警戒心を強める結果となった。


「そう警戒しなくてもいい。彼女達は僕の始めるゲームの、補助をしてくれる、中立の立場だ。君たちをどうこうしようと言う意思はないよ」


 宥めるような口調で彼はそう言った。一先ず、全員が落ち着き始めた。すると、女性達は龍の刻印がなされた懐中時計と、大小様々なリボンでラッピングされたプレゼントボックスを各自に渡す。


「さて、全員に行き渡ったね。それでは、ゲームの内容を説明しよう。まずは白と黒の二つのチームに別れてもらう。どのチームかは懐中時計を開くと分かるよ」


 そう言われて全員は懐中時計を開いて確認する。各々のその様子を確認しながら彼は話を続ける。


「チームが分かったところで、説明再開だ。まず、君達には深夜二時過ぎから日の入りまでの間に現れる東京の特定エリアに七つの大罪を冠した巨大迷宮の攻略をして欲しい。

 それぞれの巨大迷宮には独自の様々な仕掛けと、モンスター達が存在している。それらに対抗する為に、懐中時計と共に渡したプレゼントボックスに対抗し得る道具、我々は宝具と呼んでいる物を与えよう。

 使用方法を書いた紙が道具と一緒に入っている。後で読んでおいてくれ」


 一人がプレゼントボックスのリボンを解くと他の者達も我先にとリボンを解いていく。冬也も例に漏れず、リボンを解いていく。


 冬也の中身は何の変哲もない様な指輪。


『隠者』のリング。使用者が指定し、その物や範囲を対象とすることで、屈折を利用し隠したり錯覚を起こさせることができる。


 このように冬也の説明書には書かれていた。冬也は表情を変えることなく、リングと説明書を交互に見遣り、何やら思案している様子だ。


「君達の願いはそれぞれが途方もなく傲慢で、強欲に陰りはなく、色欲に忠実で、暴食に飽きることなく、憤怒に妄執し、怠惰を極め、嫉妬に溢れている。その願いを叶えるには、僕のゲームに勝利してもらおう」


 彼を見る表情は様々だ。怯えた視線を送る者、好戦的な笑みを浮かべる者、厳しい視線を送る者……だが、全員は一様に彼から目線を逸らしていない。


「それで、勝利条件だが、相手チームより早く七つ全ての巨大迷宮を攻略すること。または相手チームの全員を殺害すること。この二つの条件のうちどちらか一つが達成した時、その達成チームの生き残っている者達全員の願いを叶えよう。

 そして最後に、僕は君達21人の中に正体を隠して紛れ込んでいる。その正体を暴き殺す。もしくは知らずとも僕を殺したら勝利だ。チームに関係なく、その時点で生き残っている者達全員の願いを叶えよう。

 ルールの説明は以上だ。そして、このゲームでは超法規的措置によりこのゲーム内で起こった殺人や大小様々な犯罪は罪に問われることはない。それではゲーム開始だ。君達の健闘を祈るよ」


 そう言うと、立体映像が切れた。全員の間に緊張感が走った。ここから先は白と黒の二チームに別れるとは言え、自分以外の残りの二十人の所属が分かっておらず、場合によっては殺害される可能性がある為、簡単に自身のチームを明かすことは躊躇われた。

 沈黙が流れた後、口火を切ったのは三階にいたギャル、広陵磨知こうりょうまちだった。茶髪に染めた髪をシュシュで一本に纏め、元々整っていた顔の素材を活かした最小限のメイクに、制服のブレザーを気崩し、チェックのスカートは短く、太ももを見せ付けている。腕にブレスレットが巻かれているのも特徴的だ。華奢な身体で、また若々しく可愛らしい印象を受ける。


「あーし、こういう腹の探り合いみたいなメンドイのとか、嫌いなんよね。だからここで一気に何人か退場させようと思うんよね」


 磨知はそう言うと地面に手を置く。


「ごめんね。そんで、バイバイ」


 その一言が終わると同時に、丸の内駅舎はまずは三階から、そして二階、壁というように磨知を中心として崩れ落ちていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BLACK&WHITE きんぎょ @57064

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ