BLACK&WHITE

きんぎょ

第0話、顔のない男

「やぁ、生きているかい?」


 燕尾服を身に纏い、山高帽を被った彼はニコニコとした様子で少年に尋ねる。少年はうんともすんとも言わない。いや、言うことが出来ないのだ。


 ここは人通りのない廃ビル。薄暗く、それでいて目に見えてコンクリートの劣化が激しい。そして少年の下半身は崩落したコンクリートの下敷きとなっていた。


 少年はただ彼の方を見上げる。


「あ……あぅ……あ…………」


 何も喋れない程に少年の身体は麻痺していた。彼はその様を見てフッと笑いを漏らした。


「辛いね。君はただムカつくからという理由でひたすらに虐められて、友達であったハズの奴らも、君を守るはずだった先生も親も、みんな君が虐められても見て見ぬふりをした。そして廃ビルでいじめっ子達が君をサンドバッグにしていたその時に運が悪くこのオンボロが崩落した。その結果が、コレだ」


 そう言って彼は少年を見下ろす。少年は何も答えようとはしない。ただ薄れゆく意識の中で朧気に彼を見つめるだけだった。


「痛かったね、辛かったね……」


 彼は同情するような声でそう言ってコンクリートの塊を退かす。その様子に、少年は驚いた表情を見せる。すると彼はおかしそうに笑った。


「そんなに驚かなくても、ただの八十キロ程度の物体だよ」


 平然と言ってのける彼に少年はただただ唖然とした表情を浮かべる。


「そう怖がらなくても大丈夫だよ」


 少年の身体に男はそっと手を当てる。するとみるみるうちに青年の身体から痛みが消えていく。


 何が起こったのか少年は理解が追い付かず、ただ呆然とした様子で彼を見ていた。


「突然だが、君の望みを一つ聞かせてくれないか?」


 唐突な彼の問いかけに少年は足を擦った。一撫で、二撫でと、足を優しく撫でた。そして撫でる度に少年の表情から怒りの感情がフツフツと沸いているのが明らかとなってきた。


「……この世界、そう、この世界の全てを壊し尽くしてやりたい……」


少年がそう言うと、彼は顎に手をやって「ほう」と興味深そうな声を漏らした。そして、「なるほどなるほど」と意味ありげな声を出す。それはどこか楽しそうな声色だった。


「僕の望みを叶えてくれるなら、君のその望みを、叶えてあげよう」


優しい声で彼はそう言う。少年は躊躇うことなく「分かった」と答えた。そして


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


と、少年は尋ねた。男は「なに、簡単なことだよ」


そう告げて彼は少年に右手を差し出した。少年も釣られて右手を差し出し握手をした。


「これからよろしく頼むよ」


そう言って彼は何も無い顔を少年に向けるのだった。



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