半径15メートルの幸せ

下谷ゆう

第1話

例えば、

僕は昔から足が速い方だ。

でも幼稚園の頃から高校生になった現在まで徒競走で一番になったことはなかった。

万年、3位か、良くて2位だ。


例えば、

僕は昔から成績が良い方だ。

中学生の頃、期末試験で学年1位をとったら新しい自転車を買って貰えると親と約束をした。 

僕は必死に勉強した甲斐もあって、テスト本番で出された問題は皆見覚えのある問題ばかりだった。

結果、その時の期末試験の総合成績は僕の自己ベストを更新した。

でも、学年1位は取れなかった。

僕の隣の席の原田さんが僕より総合成績が2点上だったのだ。

僕は学年1位どころか、クラス1位さえ取れなかった。

学年2位の僕と学年3位の子の総合成績は15点も差があったというのに。



例えば、

小学校の頃、自然公園に行った遠足のことだ。

その自然公園にはだだっ広い原っぱがあって、あたり一面にクローバーが生えていた。

誰が企画したのか、皆で四つ葉のクローバーを探す競争をした。

そして、僕はすぐに四つ葉のクローバーを見つけた。

皆に「あったよ~!」と叫んぼうとした途端、近くを探していた前川君が「ひゃー」と素っ頓狂な声を上げた。

「六つ葉だ~~!」

彼が高々と掲げた右手には葉っぱが6枚ついたクローバーが握られていた。

最初は皆、前川君の冗談だと思った。

しかし、理科の先生が「これはシロツメクサで間違いない!」と太鼓判を押した。

それをきっかけに皆一様に発見者である前川君に羨望の眼差しを向けた。

「前川君すご~い」と女子が歓声を上げた。

そんな状況下で、今更四つ葉を自慢出来る訳もなく、僕は右手をモゾモゾと所在なく動かすことしか出来なかった。


僕は幸運の持ち主なのだろう。

生まれつき足が速い。

成績も良い。

四つ葉のクローバーだってすぐに見つけることが出来る。


しかし、僕の視界に入るくらい、ちょうど僕を中心に半径15メートル以内にいる人たちがいつも僕よりも幸せになる。  


「だから、僕と宝くじを買いに行くといいことあるよ」と、僕の前の席に座る塚原光太郎に冗談交じりに言ってみた。


神奈川県立日向台高校の1年4組の教室でのことである。


すると、彼は、

「いや、それよりもうちの店番やって欲しいな。なんか、招き猫的な御利益がありそうだ」

と真顔で言う。彼の実家は駅前の商店街の魚屋さんだ。

「それ、塚原君が店番さぼろうとしてるでしょ」

突然隣から声をかけられて僕はドキッとする。 

声の主は、篠山美咲さん。

ショートカットの黒髪に天真爛漫な笑顔が溌剌とした印象を与える。

僕らがこの高校に入学してからまだ1か月ほどだが、すでに先輩方の間でも彼女のことは噂になっているらしい。

「ばれた?」

と光太郎はおどけてみせる。

「いや~、俺、店番してたら予習、復習が疎かになってしまうからな~。この高校入れたのも奇跡みたいなもんだし」

そこで、光太郎は何かひらめいたようだ。

「ああ、それこそ大和と勉強会すればいいんだ。大和には悪いけど、今度の中間試験の前に一緒に勉強しようぜ」 

彼の提案に僕は「あ、いいね!」と乗っかる。

内申点が重要だった中学とは違って、高校では期末試験の順位はさほど重要ではない。

それよりも、テスト前に一緒に勉強会が出来る友だちができたことのほうが素直に嬉しい。なんというか、青春っぽい。

僕の快諾に、嬉しそうな顔をした光太郎はその調子で「篠山さんもどう?」と篠山さんにも声をかける。

「え、いいの?」と篠山さん。

「もちろん!」と光太郎が親指を立てると、篠山さんは「それは嬉しいな」と破顔した。

「加賀君、たしか数学得意だったよね」

「え、うん。文系科目よりはね」

と、僕は頷いた。

「数Ⅰの授業、実はよく分からなくなってて……、一緒に勉強してもらえると、

とっても助かる」

「ようこそ、ようこそ!我らが勉強会へ」と光太郎が両手を広げて大げさに歓迎した。

篠山さんもちょっとおどけて、

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」とぺこっと頭を下げる。


高校に入学する前、新しい環境になじめるか不安だった。

ところが、こうして素敵な友人が二人も出来た。

やっぱり僕は幸運の持ち主だ、と思った。 


それから数日して、日向台高校に電撃ニュースが走る。

1年4組の塚原光太郎と篠山美咲が付き合いだした、というものである。


ああ、やっぱりな、と僕、加賀大和は思った。

それと同時に、彼ら二人と約束通り勉強会をするか、二人きりにしてあげるべきか真剣に迷うことになる。

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