第4話

目が覚める。


辺りはすっかり明るくて、

少し空いた窓から光が差し込んでいる。

空いたウイスキーの瓶がツヤツヤと光を跳ね返している。


頭が痛い。

この調子だとずいぶん飲みすぎたようだ。

今日は流石に出勤しなくても良いだろう。

スマートフォンのディスプレイの照明をつける。

8時すぎ。

昨日は風呂も入らず、酒を飲んで寝ていたみたいだ。

夏の蒸し暑い夜と、ニンニクのガッツリ入った餃子を食べたのもあってか、自分の周りが臭い。

シャワーを浴びよう。

そう思い浴室に行くと、

赤い魚がバスタブに浸かっていた。


それは赤い魚と形容できるが、

足が生えてる。服も着ている。

頭だけ、何か被り物をしているように赤い魚なのだ。

黒の無地のTシャツを着て、ジーンズのショートパンツを履いた赤い魚。


僕はびっくりして、手に持っていたスマートフォンを落とした。

魚はその音に反応して、こっちを見た。


「あ、アキ。目が覚めた?」


魚が声をかけた。

魚は間違いなく僕の名前を読んだ。

ちゃんと名乗っていなかったが、僕の名前は高梨亜紀だ。

そして聞き覚えのある声。


「行くねって連絡したら、こんなことになっていてびっくりした」


そりゃあ、びっくりするよ。

こんな姿になっていたら。


この声は間違いなく唯愛だ。


「大丈夫?痛むよね?」


痛む?確かに頭は痛いし、この状況に頭痛までしてきた。

目が覚めると、魚の姿をした唯愛がいる。

そんなの信じられるか?

大丈夫じゃ、全然ない。


「なんでそんなところいるの?」

「出られるわけないじゃない。こんな状況じゃ。」


確かに、頭が魚の状態じゃ無理だ。


「その頭についているのは取れないの?」

「取れるわけないでしょ。バカ」


馬鹿ってなんだよ。こんなあり得ない状況で必死に考えているのに。


「しばらくはここから出られないの。心配で息もできなかったの。」


それは魚だからか?と言おうとしたが、唯愛は自分がこうなっていることに気づいているんだろうか。


「自分の姿見た?」

「何言ってるのよ。突然。」


どうしよう、この調子だと彼女、気付いてないっぽいぞ。

幸い外には出ないと言っているし、しばらく家で匿うか。

ご飯は浴槽に置いておけばいいか。


その時、スマートフォンが鳴った。

風間部長からだ。


「高梨様


資料確認しました。

聞きたいことがあるので時間のある時に声をかけてください。


風間」


時間は9時前。日曜日の朝だぞ。

このおっさんはなんで休日の朝から会社にいるんだ。

しかし部長の、「聞きたいことがある」はつまり、「出社しろ」ということなのだ。


「唯愛、ごめん、会社行くわ」


「なんでぇ?今日休みじゃん」


いつもはそんなこと言わないはずなのに。

休みの日に仕事を行くと言えば、布団から「わかったよー」と見送って二度寝しているのに。


「行かなくていいじゃん。仕事なんて」


「そんなわけにはいかないんだよ」


「こんな状況なのに、まだ仕事に行くなんていうの?」


確かに。魚になった唯愛を置いて、部屋に放置して行くのは気が引ける。

でも、僕らは恋人でもないし、唯愛だって良い大人だ。自分のことくらい自分でできるだろう。


「そこから動けないんだっけ?そしたら食べるものだけ置いといてあげるからさ。」


「なんなのそれ。人じゃなくって、ペットだと思ってるの?」


「そういうわけじゃないけど」


「じゃあ仕事休んで一緒にご飯食べればいいじゃん」


なんなんだよ、この解らずや。いますぐにでも鏡を持ってきて姿を見せて解らせてやりたい。

でもそんな残酷なこと僕にはできなかった。


「仕事なんて、今度行った時にしたらいいじゃん。」


「そんな、、、」


「私が上司に言ってあげるよ。高梨くんはしばらくお休みします。って」


「しばらくって、、、」


「こんな状況で、仕事できるわけないでしょ!」


なんなんだよ。自分が魚になったくせに。


「ってか、入社2年目のアキが昼夜休日問わずいないと回らないくらい、勤めてる会社ってやばいの?そんなん訴えるべきだよ。よくないよ。」


そんなこと僕だってわかっている。


「訴えたら明日から仕事行かなくていいじゃん。そうしよ!まだ2年目なんだし、他にも就職口なんてあるよ!」


なんでこんな簡単にいうんだよ。そんな簡単なことができてたら自分だってとっくにしてる。でも自信がなかった。今の会社を辞めて、別の会社に勤められるのだろうか。

同期を1人残して、仕事を辞められるんだろうか。


そんなことをぐるぐる考えていたら、頭がまた痛くなってきて、僕は浴槽に倒れた。

状況が特殊すぎたのと、あまりにも眠たすぎて、倒れたまま僕は寝ていた。

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