第2話

結局、仕事が終わったのは22時半ごろ。


どうせどう書いたって何かしらのいちゃもんがつく。

かと言って、早々に帰るとそれはそれで嫌味を言われる。

部長が帰るまでは悩んでパソコンを打っているふりをしないといけないのだ。

(嫌味を言われた時の対処法を考えるために必死で悩んではいるけれど)


23時半過ぎに、家の最寄駅についた。

近くに大学があるからか、駅前は少しだけ繁華街になっていてチェーン店がたくさんある。

お店の入り口では、学生と思われる集団やサラリーマンが大声で騒いでいた。

やけに人が多いと思ったら、今日は金曜日なのか。

LINEを開くと唯愛から連絡が入っていた。


「ごめん、今日は行かないや」


なんだよ、踏んだり蹴ったりだなぁ。


唯愛は駅前の居酒屋で1人で飲んでいた時に

声をかけたら捕まった店員の女の子。

出会った時は大学3年生だと言っていたので、

今は大学4年生になる。

付き合ってるわけでもなく、ただ家で飲んでそれだけ。

帰る日もあれば泊まっていく日もあるけれど

男女の関係になることはない。

向こうも、バイトで遅くなった時に都合の良い家を見つけたというくらいの感じなのだろう。

どこかに出かけたりとかもないし、そもそも夜以外に会ったこともない。

そうしてダラダラ1年が経った。


日常生活において、

課長からの叱責と同僚との悪口以外で

口を開くことのない僕にとって

唯愛との時間は数少ない癒しの時間だった。

会社で空気になりたがっている僕にとって、

やっと人間らしくなれる時間なのだ。


山形にある1時間に1本しか電車が来ないような町で生まれた僕は、都会に強く憧れていた。

ゲームセンターに行くのに30分以上かかり、手軽にご飯が食べれる場所もない町。

そこから出たくて、必死に勉強して県庁所在地の市にある市街地の高校に進学した。

でも結局はこんなものなのか。大学見学を兼ねた、高校2年生の東京への修学旅行で初めて自分の目で東京を見た。

高層ビル、デジタル広告、テレビで見た飲食店。何もかもがキラキラしていた。

それと同時に、山形からはるばる東京を見にやってきた"高校生集団"がとてもダサく見えた。

はしゃぐ友人たちを、僕は冷めた目で見ていた。

修学旅行は僕に受験のスイッチを入れさせた。

東京の大学に行きたい。そう思い、片っ端から大学のパンフレットを取り寄せた。

市街地への憧れから高校を選択した僕の学力は、下から20人くらいのところにいた。

国立は難しい。と言われ、私立大学の3教科に絞った。

何十もの内申書をもらい、方式を変えて、幾つもの大学に受験票を送った。

周りはきっと僕のことを馬鹿にしていただろう。でも関係なかった。

なんとか引っかかった私立大学で、飲み会を開く名目でテニスをするサークルに入った。

大学での成績もパッとしなかったが、サークルで手に入れた人脈をもとに、東京にオフィスがある企業に早々に内定をもらった。


「東京にいるなら、アッキーとまた飲めるじゃん」

サークル仲間にそう言ってもらえるのが嬉しくてたまらなかった。


しかし、現実はこんなもんだ。

勤めた会社は、土日出勤は当たり前、20時になると必要最低限の明かりを残して残業が行われる、ブラック企業だった。

一緒に入社した5人の同期はもうすでに3人辞めた。

自分も本当は辞めたかったのだが、

同期を1人残す勇気がなかった。


最初は誘ってくれたサークル時代の仲間も、

残業続きで断ることが増えるとパッタリと連絡が絶えた。

それでもSNSで繋がってはいたが、自分が苦しんで仕事をしている中、バカンスを楽しんでいる姿を見るのが辛くて、あまり見ないようになっていた。


8時には出社して、23時過ぎに家に着く生活。

待っているのは、お酒とその日のスポーツニュース、駅前で買ったお惣菜だった。


住んでいるところは学生街だったので、コンビニや夜遅くまでやっている飲食店が多いのが唯一の救いだった。

今日は、駅を降りてすぐそばにあるコンビニでビール2缶とレモン酎ハイ1缶、冷凍の餃子を買った。

まだ部屋にウイスキーのボトルもある、量が少し多いが、そのくらい許されるだろう。


カンカン、とアパートの錆びた外階段が寂しくなった。

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