後編

「さて、それじゃあ、探偵らしく謎解きを始めようか」


魔坂はマサノリにむかってスタンガンをかまえた。


「ひいぃ」


マサノリはしりもちをつき後ずさる。


「まず今回の被害者マユについて。彼女はお前らのサークルメンバーだった。そして俺をこのイベントに呼んだのも彼女だ」


彼女が魔坂の事務所を訪れたのは一か月ほど前のことだった。

彼女はボードゲームサークルに所属していること、そしてそのサークルメンバーと最近雰囲気が悪くなってきていることを話した。


「なんだかよくないことが起こる気がして。でも警察に話してもこんなことで動いてくれないし。だから、魔坂さんには私の友達として合宿についてきてほしいんです」


これが魔坂と彼女の契約だった。もっとも、彼女も魔坂もまさか殺人事件に発展し、しかも被害者がマユ自身になるとは思ってもみなかったが。


「動機はさて置き、お前らはマユと争いになり、そして誰かがこの偽装工作をおもいついた」


誰かが気を引いているあいだに背後からロープを首にかけ滑車の原理で持ち上げる。単独犯なら困難だが、4人もいれば、そんなに難しくないだろう。


「これで自殺遺体の出来上がり。あとは口裏合わせて、最終的には俺に罪を擦り付ける。そういう算段だったんだよなぁ?」


「い、いや、俺は知らない!」


「……本当か?」


「………ああ、俺は本当にこんなことになるとは思ってなかったんだ。マユさんがミユキと喧嘩しているのは知ってたけど、まさかこんなことになるなんて……」


「どうして喧嘩してるって知っていたんだ?」


「昨日の夜、口論している声を聞いたんだ。まあ、前からちょっと険悪な感じはあったけど」


「その時お前は何処にいたんだ?」


「自分の部屋さ。昨日は結構大変だっただろ。今朝は朝からTRPGをがっつりやりたかったから早く寝ようとしたんだ」


昨日は土砂降りの中、何とかこの洋館にたどり着いたのだった。

道中道に迷うわ、道が川のようになるわで、確かに大変だった。


「なるほど」


魔坂はスタンガンをしまい、携帯灰皿でタバコを消して吸い殻をしまった。


「じゃあ、お前が犯人じゃない証拠を探してみようか」


「え!?」


「おいおい、今の証言だけで無罪だと思ったのか?タコが」


「いや、だって俺は……」


「アリバイってもんは第三者に確認されて初めて成立するんだわ。相談されても厄介だし、全員一度に相手は出来ねぇからお前以外には眠ってもらった」


魔坂はドカッと椅子に腰かけた。


「さて、昨日の夜お前は早々に自室で眠りについた。その寸前に被害者と容疑者の口論を聞いている。聞こえたのは二人分か?」


「あ、ああ、そうだ」


「お前の部屋は2階の奥で、マユの部屋は1階だったよなぁ。確かに誰かが喋ってるのは聞こえるかもしれねぇが、二人分かどうかはわからねぇんじゃねーか?」


マサノリの表情が先ほどよりこわばる。


「しかもよう、2階と1階で離れてるのに声がする部屋まで特定できるもんなのか?」


「そ、それは……」


魔坂はニタっと笑った。


「お前が言い始めたんだぜ」

そういうと魔坂は今度は気絶しているミユキの上にドカッと座った。


「まあいい。お前の主張が正しければ、こいつとマユが喧嘩していた。で、こいつがマユを殺したっていうのか?」


「そ、そうじゃないかなと……思う」


「さっきは自殺だって言ってたのに?」


「いや、だって本人の前で言えるわけないだろ?もし殺人犯なら今度は僕が……」


「へえ、自分が狙われるって思ったのか。ははは」

魔坂は馬鹿にしたように笑う。


「まあ、仮にこいつが犯人だったとして、どうして首吊りなんてまどろっこしいことをしたんだろうなぁ」


「……自殺に偽装したかったんじゃ?」


「それがまどろっこしいっていうんだ。ナイフでさっくりやっちまった方がはるかに速い」

魔坂は壁に刺さったナイフを指さした。


「でもそんなことしたらみんなが気づく」


「そう、単独犯ならな。ミユキが一人で計画したなら、一人刺した時点でその場の全員を殺さなきゃ完全犯罪にはならない。突発的な犯行でなければそんな殺しはしない」


魔坂はポケットからまた煙草を取り出した。そのままライターで火をつける。


「ただしそれは単独犯だった場合だ。全員が共犯ならそんな必要はない。マユと俺をナイフで刺して、埋めれば終わり」


「……だから、単独犯だったから刺さなかったんじゃないのか?お前の主張と矛盾しているぞ」


「まあ、そう見えるよな。でもそれはそう見えるように計画されている・・・・・・・・・・・・・・・としたら?」


「一体何を言って………」


「つまり逆なんだ。犯人は単独犯に見せたかったんだよ。だけど、単独犯という事は犯人が特定されてしまう。こんな狭い場所で、一人でこんなことできるやつがいたとしても、候補は限られているからな。じゃあ、わざわざ特定されるような偽装をしたのは何故か」


魔坂は笑いながら言った


「共犯者がいるからだ」


「……………」

マサノリはもう何も言えない。


「お前らは共犯であるという可能性を見えなくするためにこんなめんどくせえことをやったわけだ。この場で共犯者がいるとすれば、お前ら全員と考えるのが自然だ。部外者は俺一人だからな。あとは口裏合わせしてお互いにアリバイを作れば、アリバイが無いのは俺だけだ。いやあ、見事な計画だ。俺じゃなかったらお前らの計画通りだっただろう」

魔坂は煙を吐き出してそういった。


「………仮にそうだとして、お前の推理が全部正しかったとして、それをどうやって証明するつもりなんだ」

マサノリは震えながら聞いた。


そう、それは本来証明できない問題だ。自分のアリバイは自分では証明できない。

魔坂自身が先ほどそう言った。

自分以外の人間が自分を指さしていた場合、それが間違っている証明が出来なければならない。


「なに、簡単さ」


だが、魔坂は焦りも動揺もせずそう言い放った。

魔坂はゆらりと立ち上がる。

そしてジャケットの胸ポケットから黒い板のようなものを取り出した。


「こいつが何かわかるか?まあわからねえだろうな。ボイスレコーダーだ。SSDに直結していて1TBぶんの録音が可能な特別仕様だ」


「それが何だと……」


マサノリが喋ろうとするのを遮って、魔坂は言った

「ここに来た時から今に至るまで、俺は録音し続けている。一度も止めてねぇ。今もな」


「なに…?」


「まだわからねえか。俺がもし犯人なら犯行予定時刻にマユとの会話や作業音が聞こえるはずだ。だが、俺は部屋で寝てたからな。そんな音声が入っているはずがないんだよなぁ」


「……!」


マサノリはここでようやく自分たちが犯したミスに気付いた。

この魔坂という男は普通ではない。こんなやつを巻き込んでしまったのは失敗だった。普通ボイスレコーダーを肌見放さず持ち歩き、自分が寝ている間も録音し続けたりするか?

まるでこの犯行を予想していてこうなるのが解っていたかのような手際だ。だが、それはあり得ない。マユが突然連れてきて、他のメンバーと会うのもこの時が初めてだったのだ。何かある可能性を想定していたとしても、普通ここまではしない。だが、おそらくこの男は普段から・・・・こうなのだ。イカれている。


「さぁて、じゃあ、警察くるまでお前もおねんねだ。いい夢みろよ」






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