第38話 僕は強くなる

僕はただの魔力がない青年だった。

そこら辺のゴミ捨て場でただがむしゃらに生きていた。誰かが口をつけた残り物の料理や地面に落ちて土だらけのまともな食材にありつけたらその日は運がいいと思っていた。そんな僕を皆はゴミ扱いして虐げる。そんなのが日常茶飯事だった。


そんな時にノアと出会った。


その日もいつも通りゴミを食べていた時だったはずだ。

「ねぇ君、今暇でしょ?そこの店に売ってるたい焼きを食いに行こうよ」


赤い髪を肩まで垂らし、紫色の瞳を僕にまっすぐ向けてきたその女は突然そんなことを言ってきた。


白いワンピースを着ている、つまり僕と同じあぶれものではないということがすぐに分かった。

「くっ、お前らの施しなんか受けてやるかよ、その偽善を一生抱えたまま死ねばいい」

だからだろうか、その女に対してつい高圧的な態度をとってしまった。

「君は随分傷ついているんだね、でも勘違いしないで、これは私が暇だから言ってるだけなの、分かった?」

その女は眉ひとつ動かさずそう言い放った。俺の気持ちを考えようともしないような言葉だと思った。けど反対にその言葉は他の偽善者より信用できた。


「··········なんだお前」

「ただの町娘、名前はノア、そう呼んで」

その女は片目だけ瞑って軽い口調でそう言った。

「君の名前は?」

「無い、名前なんてない」

「君は随分と人を敵視しているんだね今私に刺すような視線を送ってきた」

「·····当たり前だ、俺以外の人間は皆、皆、敵だ!」

腹の底からめいいっぱい声を出した。

「ふぅ全く、ただ一緒にたい焼きを食べようって言ってるだけなのに·····うーむよし!着いてきて!」

「あ!?ちょっ」

女は無理やりに手を引っ張って、俺の生活区域である路地裏を飛び出した。なんだこいつの筋力、振り解けない!?いや違う、いつもゴミばかり食っていた僕の腕が細いだけだ。肉が無く、骨の外形が皮の上から分かるほどにやせ細っていた。そうか、俺の筋力が無かっただけだったんだな·····


ヤバっ路地裏から出る、また虐められる。魔力を持ってるクソどもから酷い目にやだ、やだ、やだ、やだ!·····うっ!明るい光が俺の目に入ってきた。


「えっ·····」

「ふっふっ、どうだい、外の世界は?」

女のその言葉など聞こえなくなるくらい、街は綺麗だった。「らっしゃい!今日もいいのが揃ってるよ!」「そこの奥さん、お若いねぇこの大根一本どうだい?肌にいいよー」

活気に溢れた出店、その出店で物を買う人々は皆笑っていて楽しそうだった。行き交う人々はワクワクしたような顔つきで出店の商品を見る。羨ましいと思った。自分もそこに入りたいと、笑っていたいと思った、けど無理だから·····


「僕は帰るよ」

「えーなんでー、一緒に食べようよー」

「僕はいらない」

「ダーメー、だーよー」

僕が必死で帰ろうとしてもその筋力の無さから女に軽く持ち上げられてしまう。

「何故だ、何故ここまでする」

「だって君と私はもう友達じゃん」

「違う」

「違わない、君は私の暇つぶしの相手なんだから」

暴れる僕を抑えるように腰に回している手の力を強めた。

「そうやって利用して捨てるんだろ?」

「そんな事しないって!私の暇つぶしの相手になってくれるならちゃんとたい焼き奢るって!」

その言葉に僕はうかつにも動きを止めてしまった。

「なん、だと·····」

「ふっふっふっ、その顔は揺れ動いた顔だね?おぬし」

「うぐっ、そんなわけ、ない」

煽るような女の顔にムカついてそっぽをむく。だが図星だったためか言葉が途切れ途切れになってしまう。

「ふふっ、じゃあ行こうか!」

「おい!このままかよ!」

「そうだよー」

女は僕をだき抱えたまま、たい焼き屋さんをめざして街道を突っ走った。


「ふっふっふっ、ここのたい焼きは絶品なのさ」

ノアと名乗った女はアツアツと言いながらそのたい焼きとやらを美味しそうに頬張る。

「おー、ノアちゃんじゃないか、今日もうちのたい焼きを食いに来たのかい?隣のやつは最近買った奴隷かい?」

「うーん?奴隷じゃないよ、友達!」

「友達って、冗談はよしてくれよ奴隷なんかと友達なんて死んでもごめんだね」

たい焼き屋の店主は僕に対して飄々とのたまいやがった。やっぱりか、やっぱり僕は外に出るべきじゃ⋯⋯

「だから違うって言ってるじゃんおじさん、この子の分のたい焼きもちょうだい」

「「え」」

奇しくもこのクソジジイと同じ反応をとってしまった。

「えって何?言ったでしょたい焼き奢るって」

「それは、言ったが⋯⋯」

本当だとは思っていなかった。僕を乗せるだけの嘘かと思っていた、だから⋯⋯ほんの少しだけ嬉しかった。思わず笑みがこぼれそうになるのをなんとか我慢する。


するとクソジジイが口を開いた。

「おいおい、マジかよ」

「マジだよ、早くたい焼きちょーだい」

「くっ、ほらよ」

「ん、どーも」

たい焼きを強くせがむノアに対して根負けしたのか眉をひそめながらも白い袋に入ったたい焼きをノアの手のひらの上に渡す。


「はい!君の分!」

「ん、あり、がと、う」

「ふふっ、どういたしまして!」

いい慣れない言葉すぎて上手く発音が出来なかった。ノアから渡されたたい焼きはほんのり暖かくて焼いた生地の匂いが僕をさらに幸せにする。


「食べないの?」

「いや、あ、うん」

見とれて食べるのを忘れていた。ちょっと恥ずかしい。急いで一口目を口に入れる。

「ん!」

表面は生地の独特の美味しさがあって、その次にあんこの頬が溶けるような甘さが追撃してきた。つまり⋯⋯

「美味い⋯⋯」

「でしょ!」

「うん⋯⋯」

この人は信用できるかもしれない⋯⋯。


「ね、君名前無いんでしょ、なら私がつけてもいい?」

「え、うん」

信用できるノアから名前をつけてもらえる、ちょっと嬉しいな。


「そうだなー」

うーんと唸り声を上げながら顎に手を当てて考えている。

「よし決めた!君の名前はメル!今日からメルだ!」

ノアは活き活きとした声でそういった。

「メル⋯⋯」

別にその名前がしっくりときた訳じゃない、だけどノアからもらったという事実が何よりも、どんなことよりも嬉しかったんだ。

「僕の名前はメル、うん、いい名前だと思う、大切にするよ」

「そう言って貰えると嬉しいよ」

ノアはにかっと笑った。


「ねぇねぇ、今日もあそこの店に売ってるたい焼きを買いに行こ!」

ノアはそう言って今日も今日とて僕の腕を引っ張った。


「もー、またぁー?」

ダルそうに僕は言うけれど別に嫌じゃなかった、ノアと過ごす時間が何よりも大切だったから。


そしてそんな平凡な日々が続いたある日あの大規模事故が起こる。


「君は逃げて!」

「けどノアが!」

「私は大丈夫、大丈夫だから」

周りには業火が立ち上り、僕の肌のあらゆる所に傷ができる。

「あそこだ!あの忌み子達を殺せぇ!」「殺せぇ!」


「ごめんね、メル⋯⋯」

その時ノアは泣いた。ほんの少しの涙だったけれどとても衝撃的だった。そして僕は気づいたらグレイスに飛ばされていた。たぶんノアの魔術によってだと思う。


その後僕は必死でアルカディアに戻ろうとした、だけどその道中にいた商人のおじさんにアルカディアはノアという一人の魔女によって滅ぼされたということを聞いた。


衝撃を受けたけどノアがまだ生きているということを聞いてちょっとほっとした。


僕はノアにもう一度会うためにアルカディアに戻ろうとしたけれど商人のおじさんに無理やり連れ戻された。


僕に力がなかったから、あの時ノアは僕に頼ってくれなかった、僕が弱かったから⋯⋯強くなろう、そしてもう一度ノアに逢いに行くんだ。



「っ!」

なんだこの状況は、異形の生物達が次々と檻の外に湧いて出てきやがる。

足が長くて、腕はみじかい、浅黒い色一色に染められたはただこちらを見つめていた。


「うっ!」

怖い、と思ってしまった。また、あのでかいネズミの時みたいにいつの間にか後ろに下がっていた。


「魔術・系統・草・傍若無人!」

金髪オールバックの爺さんが放った無数の鋭い草の矢のようなものがその化け物に向かって飛んでいく。意外なことにそれは化け物にあたってもダメージが入っているようには思えなかった。


「な!くっなら魔術・系統・草・草薙」

今度は大きな草の剣?らしきものが謎の生物に当たる。


「あ、あ」

だがその全ては意味をなさず化け物の前で霧散した。その光景が信じられず金髪オールバックの人は絶句している。


こんなんで強くなれるのか?僕は、このまま弱いままで⋯⋯ずっと隠れたままで


「おいメル、怖がってんのか?」

「え?」

すると僕の肩を大きな手が優しく叩いた。振り返ると後ろにはボスがいた。


「ボス⋯⋯」

「お前は後ろに下がってろ」

それはどこまでも安心する大人の言葉だった。


そしてその言葉につられてつい僕はボスの背中に隠れてしまった。


そんな時その怪物がこちらを見た。不気味で奇妙で怖い雰囲気を感じた。

「何を⋯⋯」

ジンが思わずそう言葉を漏らす。


そして怪物はゆっくりとこちらへと向かってくる。ただひたすらまっすぐに⋯⋯

すると怪物は森の籠の前で止まった、少し笑っているようにさえ見えた。


なんか嫌だ⋯⋯


次の瞬間、怪物は腕を振りかぶりそして下ろした。


その凄まじい衝撃は森の籠を一瞬にして消し去ってしまった。

「「っ!」」

衝撃による突風から身を守るために腕を交差させる。


「あ、あ、あぁぁ」

ジンの顔は最初見た時より老けているように見えた。

「もう、ダメだ」

ジンは膝をつき、地べたを見る。だけど僕のボスや他の奴らの顔つきはジンとは違った。むしろ笑ってさえいた。


「よし、お前ら!ビビってねぇよな!ジルはもう居ねぇ、ならこの街を守るのは俺らしかいねぇよな!」

ボスのでかいその叫び声に周りにいた全員がボスに注目する。

「「おう!」」

そして大きな声で周りの連中は返事する。いつもの仕事の始まりみたいに元気だった。


「ちょっと待って下さい!この森の籠から出ては危険です」

金髪オールバックの人がボスを筆頭とした集団を必死で止めようとする。


「危険?そんなもんはもう知ってる、たがここで何もしなきゃジリ貧なんだろ?実際にお前さんの魔術はあいつらに効いてないみたいだしな」

「そ、それは」

「まぁ後は俺らに任せてくれや、よし行くぞてめぇら!」

「「おう!」」

そしてボスたちは走り始めた。迷いなく化け物に突っ込んでいく。


だけどそこに前のネズミの時のような何も考えないような突っ込み方ではなくて、ちゃんと背に周りこんだり、相手を倒そうとしている。


でも僕は何をしている?ここに突っ立っているだけて何も出来ず、僕は⋯⋯守られているだけでいいのか?


『メル、君の名前はメルだ』

思い出すのはノアの元気な笑顔⋯⋯それを守るために僕は強くならなくちゃならない、だから、だから⋯⋯


「⋯⋯言いわけがっ、あるかァァァァァ!」

重たくてとても大切な一歩を踏み込んだ。


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