外伝 君と笑うための物語
第36話 厄災
「はぁ、はぁ、はぁ!」
暗い暗い路地裏に男がいた。男は走っていた。まるで何かから逃げるようにときおり後ろを振り返りながら必死に走っていた。
(ひひ、よかった、何かいやな予感がしていたからあの二人に会う前にクローンにしておいて、まぁ俺が築き上げてきた女どもの牢獄は消えてしまったが、俺の体はまだ残っている、あの方にまたお金を恵んでもらえれば再起しなおせるはずだ)
「ん?あぁお前か」
路地裏の先にいたのは絶世の美女であった、きらびやかで美しい白髪に青色の瞳、その美しさに男は息を漏らす。しかしすぐに正気に戻り口を開く。
「あ、あの場所から出てこれたんですね」
「そうかお前まだ知らなかったのか、そうだぜ、お前が定期的に運んできた人肉のおかげでちょっと早めに復活することができた、世話になったな」
「それはよかった、あのー、復活早々申し訳ないんですが、お金を恵んではもらえないでしょうか?」
「お金?あぁこれのことか、お前ら人間は本当にこの塊が好きだな、こんなもの秩序が保たれているから使えているだけに過ぎないというのに」
すると美女は手からコインにかたどられた金を作り出した。それを見て男はよだれを出して懇願する。
「そ、それをわたくし目に、お願いします!」
男は土下座をした、これがきっとお金にしか目がいかなくなってしまった人間の末路なのだろう。
「はっ醜いな、いいだろうくれてやる」
「あ、ありがっ」
赤い鮮血が宙に舞った。気づくと男の首は取れていて、美女の手には血がついていた。
「俺はなこんなものに気を取られて、自分を強くしようとしないやつが一番嫌いなんだ、それにお前にもう用はない死んどけ」
すると美女はむき出しになった、男の胸に手を突っ込み、大量に血を出しながらも心臓のみを取り出す。
「だがこれは使える、貰っておくぞ」
その心臓を握りしめ、ほくそ笑みながら美女、いやクサナギは路地裏の奥の闇に姿を消した。
・
数日後
腐った街グレイス近くの平原、時は月が頭上に昇る、そんな真夜中のこと、ある団体がある生物を見て絶句していた。
「なんなんだ、これは·····」
団体の1人である金髪オールバックの髪型の男はそのあまりにもでかい生物を見て足を震えさす。
距離は十分に取ってある、二キロはくだらないくらいに取ってあるはずなのに、その生物はあまりにもデカすぎた。
二キロ離れていたとしても月が隠れるくらいにはデカかった。
その生物の姿形はサソリのようなハサミを持ちながらもネズミのようなしっぽを携え、さらに、鳥のような頭をしていた。
あまりにも歪なその姿は歴戦の魔獣と戦ってきた彼でもたじろいでしまうほどだった。
「くっ、今の戦力では到底敵わん一旦引くぞ、この先にあるグレイスという都市を拠点にあの化け物についての対策を考える、いいな?」
「「は!」」
金髪オールバックの彼がそう言うと馬に乗っている他の団体の人が同時に声を上げた。
・
「ん、朝か」
重いまぶたをなんとか持ち上げ、藁のベッドから上半身を起こす。
「んぅ〜ジル様〜」
何やら重いと思ったらカイナが俺の膝の上に頭を乗せて気持ち良さそうに寝ていた。こいつ昨日忙しかったからって、気を抜きすぎだろ
「たくっ、無防備なやつだ」
「あ、ジル様·····すいません!寝坊してしまいました!あいた!」
俺の声によってか定かではないがカイナは慌てて起き上がり、辺りを見渡してから立ち上がる、だがすぐに天井に頭をぶつけ痛そうに声をあげた。
「忘れたのか?ここは馬車の中だぞ」
「·····あ、そうでした」
カイナは少し照れくさそうにしながらその場に座った。俺は馬車の外に意識を向けながら少し前のことに思いを馳せた。
「じゃあ、俺は行くそリートン」
「あ、あぁ、そうだな、いくといい」
ジャンヌの件が終わった後職場に赴いた俺は前々から決めていたクサナギを追いかけるという目的のもとここを離れるということをリートンに改めて伝えた。
「うぉぉぉーなんで行っちまうんだよジルぅー」
「うるさいひっつくな」
「俺は悲しいよぉー」
同僚どもが次々に引っ付いてきて大変だった。
ただリートンだけはいつも通りだった。
「もし辛くなったら帰ってこいよ」
「あぁもちろんだ」
「ほんと、いつでも帰ってきていいんだからな」
「あ、あぁ分かっているとも」
「ほんと、ほんと、行っちまうのか?」
「リートン·····」
初めてだった。リートンの涙を見たのは·····。
「聞けよジル、お頭ってばジルの前ではカッコつけたいからってずっと泣くの我慢してたんだぜ」
同僚からそう言われ少し嬉しく思った。リートンも俺の事を大切に思ってくれていたのかとほっとした。
「お前らが俺の事を大切に思うように、俺もお前らのことを大切に思っている、だから必ずここには帰ってくるさ」
「「ジルぅーーー!」」
「お、やめろお前ら暑苦しい!」
こんな感じで少し暑苦しい展開になりながらも清々しくグレイスを離れることとなった。
「でも良かったですね」
「何がだ?」
「クサナギの場所ですよ」
「あぁマーリンの事か」
「はい、あの方がいなければ方向性も分からない旅に出る所でした」
「確かにそうだな、それは感謝しないといけない」
マーリン、あいつは殺人鬼騒動が終わったあと突然俺の前に現れて言った。
『クサナギはアルカディアにいる』と
最初は信用出来なかったが、マーリンの未来視は信用できると同僚やリンナからも言われたため信じることにした。他に宛もなかったしな。
「そういえばジャンヌ達はどうしてるんだろうな·····」
「ジル様!私の前で他の女の名前を出さないでください!」
「別にいいだろそれぐらい·····」
「よくありません!ジル様には私以外の女を頭の中で想像しちゃいけないんです!」
「なんだそれは·····」
カイナからの言葉に呆れながら再び外の風景を眺める。
ジャンヌ、あいつの正体は殺人鬼だった。だけど殺人鬼になった理由はあいつ自身にも分かっていないようだった。仮の理由としては悪意の掃き溜めとされたジャンヌという人格が悪意の発散として殺人を行っていたということになったが、実際はよく分からない、体型まで変わってしまう二重人格など俺は知らないからな·····。
「だけど、腐った街グレイス、結構楽しかったな」
流れゆく景色を見てそう呟いた。
・
「あ、あれは·····」
「なんだ」
ここはグレイスの門、と言っても錆び付いていて門と言えるほど頑丈では無い仮初の扉、その前を一応の門番として立っていた二人の男が前方およそ10キロmほど先に巨大な影を発見する。
「早くリートンさんに知らせないと!」
「くそっ!なんでジルが行っちまった後にあんなんが現れんだよ!」
半ギレになりながら二人の門番は身を翻しリートンに会いに行った。
化け物の朱色の瞳が妖しく、しかし確かな殺意を持って蠢いていた。
今まさに厄災がグレイスに訪れようとしていた。
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