第35話 私の名前はジャンヌ・ダルク
「まずいな·····これは·····」
どうしようもない、腕も、足も、上手く機能しない。できるのは口を動かすことだけだ。こういう時、自分にとって都合がいいように物語の主人公様は中にいるダルクに問いかけるのだろう。”戻ってこい”、”俺はお前を待っている”などと気前のいい言葉を並べ立てるのだろう。
だがそんなことは俺のプライドが許さない、この俺がそんなことをした時俺は俺を一生許さない。
だからこそ·····
「戦うんだ·····最後まで」
震える足を叩き起こし、ガタが来た体を奮い立たせる。目の前がぼぅっとする、体中から力が抜けるような感覚に襲われる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
なんだこいつも重症じゃないか、右腕を抑えながら荒い呼吸をしている。決して万全とは言えぬ状態だった。
「お互い満身創痍だな!」
千鳥足で腕を振りかぶり、ダルクに近づく。それはあまりに鈍足で子供のパンチと大差は無かった。
「はぁ、ふんっ」
「がっ!」
俺のパンチは無惨にもダルクの手にとめられ、腹にグーパンを入れられる。内蔵が揺さぶられ、気持ちの悪い感覚が俺を襲った。
「なんの!」
負けじとみぞおちに入れてきたダルクの拳を受け止めお返しに頭突きを食らわせる。俺にも若干の鈍痛が走るがこんなものないのと同じだ。
「っ!」
大分効いたのかダルクは頭を抑えふらつく。俺を睨む目は今にも殺しされそうなほど殺気に溢れていた。
「おら!」
「がっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
続けざまに損傷しているであろう右腕を思いっきり蹴った。
そのあまりにも鋭い痛みにさしものダルクも顔を大きく歪める。
「もっと行くぞ」
「くっ!殺すっ」
「なっ!」
さらに続けて殴りかかろうとした瞬間、ダルクは俺の腕を自分の右脇に入れ止める。そしてそのまま使える左腕を振りかぶり俺に向かって放ってきた。それを避けきれずモロに頬に食らう。
「がっ、あっ、ぬっ」
何回も何回も右左、真ん中と顔に拳を入れられる。鈍い痛みと鋭い痛みが交互に迫ってくる。何も出来ない何もさせて貰えない、ただ痛い。
「あっぐ」
脇に挟まれていない方の手を伸ばしてダルクに向かって放つ。だがそれも足で踏みつけられ、俺は地面に倒れる。
「がっ、あうっ!」
そこでダルクが俺の体の上に馬乗りになり、さらに激しく俺の顔をタコ殴りにしてくる。
「あ、あ、あ!」
負けたくない、もう負けたく·····ない、のに·····ダメだ、意識がっ
「ぐっ、まげで、やるがよ!」
ボロボロになった歯で舌で、言葉にもならない言葉を発する。もう負けたくない、だから意識なんか飛んでいられるか。カイナに失望されないように、カイナにとって100点満点の王子様であれるように!
「ふんっがっ!」
両足を強く地面につけ、足裏に力を込め太ももの筋肉を爆発させる。次に押さえつけられている両腕を最後の力を振り絞り振りほどく。そしてダルクの股の下から勢いよく抜ける。
「これが、俺の、最後の力だぁ!」
虚をついた完璧な攻撃、背中ががら空きだぞ、拳に思いっきり力を込める、これこそ今ある全ての力を振り絞った最後の力。
「はっ」
先程までの連打のせいで疲れきったダルクは息切れして火照った状態で目を見開き振り返る。だがもう遅い。
「これで、おわりだぁぁぁぁ!」
俺の拳がダルクに重く、深く、一直線に入った。ダルクの頬骨が折れる音と鼻は完璧にへし折れていた。
「!」
その時何故か分からないがダルクは笑っていた。
・
「ジャンヌ·····」
暗闇、何も見えないその場所で私はジルとジャンヌの戦いを見ていた。結果は接戦の末ジルの勝利、相手がジャンヌでなければ手放しでおめでとうと言えたのだけれど·····
「ダルク」
ジャンヌが黒紫色にひかる綺麗な髪をなびかせて歩いてきた。私よりもずっと大人で、ずっと綺麗で、かっこいいジャンヌ。
ジルとの戦いで気を失ってしまったせいでこの精神世界に戻って来たのだろう。
「負けちゃったね」
「うん負けた、あいつは強かったからね、けど楽しかったよあんなに骨のあるやつと戦うのは久しぶりだった」
ジャンヌはジルに負けたことを案外素直に認めた。そして外にいた時のあの狂気に染ったジャンヌでもなかった。きっとジルとの戦いで毒素を全て抜かれたのだろう。
「ねぇジャンヌ、私をここから出してくれないか?」
「!、それはダメだ、また外に出たら君が傷ついちゃうじゃないか」
焦った表情で腕を左右に振る。ふふっジャンヌは優しいな。
「そうだね、傷ついてしまうかもしれないけど人は傷つくものだと思うから、傷ついて傷ついて、それでも諦めなかった先に答えはあるものだと思うから·····」
ジルは傷ついていた。多分ジルの家族、城下町の人々、その他大勢の人に命を狙われて信じられる人がいなくて傷ついて、絶対的に不利な戦いにも挑んで体にも傷がついて、ボロボロになってしまってもジルは諦めなかった。諦めなかったから彼は勝つことができたんだ。
けど私はどうだ?ただ周りの人からのちょっとした小言にも耐えられず、一回人の悪意を見たからといってどうしようもなく泣きじゃくって、傷ついて·····
弱い、私はどうしようもなく弱い。
「だから私は強く在りたい、自分で答えを掴み取れる存在になりたいんだ」
「けど、君は·····」
「大丈夫、私はもう大丈夫だよジャンヌ」
「ダルク·····」
ジャンヌが傷ついている、それは何よりも私がわかっている。下唇を噛んで、眉をひそめる、あまりにも分かりやすい傷つき方、けどねジャンヌ、会えるのは入れ替わる時のほんの一瞬だけだったけど、いつもクールなあなたがそんな顔をするのが私は結構好きだったんだよ。
「ねぇジャンヌ、あなた可愛いんだから、殺人鬼なんて止めて私と一緒に世界を見ようよ、私も聖女を辞めるからさ」
そう言って笑う。そうこれでいい、これが一番のハッピーエンドなんだ。私が聖女を辞めれば全部·····
「それはできない、ごめんダルク」
「え」
予想外の返答にうわずった声をあげる。
「ど、どうしてよ·····」
何故か、その答えを聞くのがすごく怖かった。
「私は殺人鬼だから、だね」
「だからもう殺人鬼なんて!」
「ダメなんだ!私は今まで君の命令のもと人を殺してきた、けど本当は違うんだ、私はただ人を殺すことが好きだから、その命令を建前にしてきただけなんだよっ!このままだと今から旅立つ君の邪魔をしてしまう、だからダメだ·····ダメなんだ」
「っ!」
殺人鬼、それは私の命令という免罪符があったから背負えた業、それがもし無くなれば·····いや違う、最初から私がジャンヌに悪意を押し付けたりしなければ·····
「ダルク、君はまさか私に申し訳ないとでも思っているの?」
「··········」
図星だった。なんの言葉も返すことができない。
「違うよ、私は君がいてくれたから生まれたんだ、君がいてくれたから私には自我が芽生えた、君がいてくれなくちゃダメだったんだ、だからごめんなんて言わないで」
今にも泣きそうな声でジャンヌは言った。あぁもう、なんでこんなに優しいんだ。私よりもずっと聖女らしいじゃないか。
「ねぇ、絶対に着いてきて·····いや、私は強くなるんだ、もう呼び止めたらなんかしない、悲しむ覚悟はできた」
「ふふっ、私がいなくなって悲しむのはきっと世界中探しても君だけだろうね」
そう言ってジャンヌは笑った。それは私が初めて見るジャンヌの顔だった、屈託がなく、迷いが吹っ切れたようなその笑顔に涙が溢れてきそうになる。けど我慢する、きっと今泣き出してしまえば私は一生この暗闇から抜け出せなくなってしまうから。
「ねぇジャンヌ、私強くなる、今よりもっと、だから心配しないでね」
「心配なんかしていないよ、君はもう私の助けが必要だったあの時の弱い君じゃない、君はもう強い人間だ」
「っ!·····」
ダメだダルク、泣くな、ここで泣いてしまったらジャンヌを手放せなくなってしまう。
「ジャンヌ、今までありがとうございました!」
ダメだなぁ私は、結局泣いてしまったらじゃないか、ジャンヌと離れたくない、その気持ちが別れが近づく事に強くなってくる。
「頑張ってね、ダルク、いやジャンヌ・ダルク」
「·····っ、うん!」
もう振り返らない、まっすぐ進んでいく。これは私が決めた道だから、これからはジャンヌに頼らない道を辿ることになる。それは多分痛くて傷だらけになる道なんだと思うけど·····
『君はもう強いよ』
ジャンヌのその言葉が背中を押してくれた。もう大丈夫だ。
前を向く、光に向かってただ歩く。そして一層光が強くなった所で
私は目を覚ました。
「やっと目を覚ましたか、このお騒がせ聖女め」
「ははっ本当迷惑をかけたようだね、くそ女たらし野郎」
愛しき人の声と共に目を覚ました私は彼の膝の上で目覚め早々悪態を吐く。
「あ?言ってくれるな、俺を誰だと·····むっ!」
さらに続けて生意気なことを言おうとした所を私の唇で塞いだ。彼の柔らかい唇の感覚が気持ちいい。
「おまっ、何を!」
うぶなのか顔を赤く染める彼は唇に手を当てて私と目を合わせる。
「何って治療だよっ、ほらお前いたる所傷だらけじゃないか」
「治療で口付けをする必要があるのか?」
「ふふっなんだジル、もっとしたいのか?」
未だに口を隠しているジルに向かって、そうイタズラっ子っぽく微笑む。
もう受け身になるのは止める。今日からは彼の中から今の好きな人を忘れさせるくらい猛烈にアタックしてやる。
「覚悟してろよ?」
「な、何をだよ」
彼はそう震えた声で言った。
・
所変わってジルとジャンヌがキスをしたシーンを目撃したカイナが今にもジャンヌに襲いかかろうとしていた。
「ゆるざんっ!絶対にごろしてやる!」
「ちょっと、待て、落ち着け、カイナ」
そんな暴走するカイナをリンナが必死に引き止める。
「ジル様ァァァァァ!」
その声はまるで人の声とは思えぬほど野太かった。
第3章腐った街の聖女~完~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます