第34話 君のために

あぁここはどこだろう·····暗くて何も見えない、何も聞こえない、寂しい、誰か、私を助けて·····


「このシチュー本当に美味いな」


思い出すのはジルの記憶、あぁほんと私は何をやっているのだろう、勝手に好きになって、好きになってもらいたくて頑張って、それでダメだったからって、嫉妬して恨んだ。なんとも幼い考えだろう。自分でも笑ってしまう。


「ジャンヌ、聞こえる?」

「殺す殺す殺す」

「···············」

やっぱり答えてくれないか、全部私のせいだ、私がジャンヌに嫌なことを全部押し付けちゃったから。


ごめん


「殺す、殺す、殺す」

ジャンヌが画面の外で意識を失って戦っている、私が押し付けてしまった負の感情を抱えて、ただ必死に腕を振るっている。


私はこの暗闇の中そんなジャンヌを見ていることしかできない、ジャンヌもこんな気持ちだったのだろうか、こんな暗闇にたった一人で·····寂しかったはずなのに·····。


ごめん


今更後悔してしまっている、この世は汚いこともあるって分かっていたのに我慢できなかった、あいつの悪に耐えることが出来なかった。


全部弱い私の心のせいだ。


ごめん、ジャンヌ、ごめん、ジル。私が強かったなら·····



「つ!」

なんだ今のは、ダルクの声?そういえばダルクはどこにいる!?音が無い世界からダルクの声によって戻ってきた。


「カイナ、ダルクがどこにいるか分かるか?」

「ダルクって金髪の少女のことですか?、だとしたらその·····」

カイナは目の前にいる殺人鬼を指さした。


「なっ」

絶句した。だがそうか·····殺人鬼の正体はお前だったのかダルク、信じられん、だが信じるしかない、確かにあの殺人鬼からはダルクの声が聞こえた気がしたのだから·····たくっお前は·····。


「何があったか知らないが、目ェ覚まさせてやる、そして死ぬほど謝ってもらうぞダルク」

「殺すっ」


ダルクが足を曲げたかと思えば急激に近づいてきた。ダルクが振りかざした拳をしゃがんで躱し、返しのアッパーを繰り出す。


「隙だらけだぞ」

「かはっ」

さらに追撃で腹に蹴りを食らわせる。その強い衝撃によってダルクの体は空中に投げ出され鉄の天井を突き破った。


「··········カイナ、行ってくる、ここの人達をよろしく頼む」

「はい、いってらっしゃいませ」

「ジル、これを」

「ん、これは、助かるよリンナ」

「やっちまえ、ジル」

「あぁ、期待して待っているといい」

リンナから投げ渡されたのは爪だった。俺はそれを強く握りしめ、そしてダルクを追いかけ高く跳躍した。


天井を飛び越えた先には赤いカーペットが敷かれた何やらオシャレな部屋にたどり着いた。あのクソ男、こんな無駄に洒落てる部屋を牢獄の上に作っていたのか。さてダルクはどこに·····


「殺す」

「っ!」

横か!あと少し反応が遅れていたらあの強烈な拳をモロに脇腹に食らっていた!


「くそっ舐めるなよ、魔術・系統!」

「っ!」

俺が魔術の詠唱を始めた途端ダルクは血の気が引いたように焦り、無理な体勢から攻撃したことで大きな隙ができた。


「意識は無くても魔術は怖いんだな」

「ぐっ!」

そこを見逃さず、詠唱を中止して腹に思いっきり拳を入れる。その衝撃波によってダルクの後ろの壁にヒビが入る。代わりに俺の顔にも拳が入ったがダメージは俺の方が軽い。


「っ!」

引き際と感じたのか、ダルクは二三歩バックステップで後ろに下がった。

「下がったな、固有魔術・系統・雷・炎・炎雷剣」

リンナからもらった爪に雷と炎を纏わせ剣とする。丈夫だぞこれは。


「死ねっ」

ダルクは羽織っていた黒マントの中に装着させていた小型ナイフを飛ばす。それらを全て炎雷剣で焼き落とす。すると目の前からダルクが消えていた。


しまった、一瞬目を離してしまった。どこに!

「上か!」

大きく跳躍した状態からダルクがかかとを落としてきた。それを紙一重で顔を逸らして避ける。だが完全には避け切れず俺の鼻を掠め、少量の血が飛び散る。ダルクのかかと落としの威力によって床にヒビが入った。おぼつかない足でなんとかその場から逃げ出す。


「すっ」

「かはっ」

だがそれを許すダルクでは無い、容赦なく俺との距離を縮め、的確にみぞおちを貫いてきた。

骨が軋む音と、強い痛み、気持ちの悪い感触がごちゃまぜになって俺の体を襲う。炎雷剣は弾き飛び、リンナからもらった爪も割れてしまった。


「がっ!」

強い衝撃によって吹き飛ばされた俺の体は壁にぶつかり、その壁も半壊させた。


「もっと早く、もっと強く」

腕を壊れた瓦礫に力なくかけ、ただひたすらに勝つ方法を考える。ドクン、ドクン、高鳴る心臓の音がよく聞こえる、逆に周りの音が遠のいていく、外の喧騒もダルクが床を踏み抜いた音もとても小さく聞こえる。そして心臓の音もだんだんと聞こえなくなってくる、今度は周りが黒に染まって来た、あぁこれはさっきの·····



「··········」

ジルが瓦礫を跳ね除け、ダルクを見据える。呆然と佇むその姿は謎の恐怖をダルクに与え、その瞳はどこか希薄していて、感情が混在していなかった。


「にい」

ダルクは好戦的に笑みを浮かべた。好敵手を見つけて喜んでいるのだろうか、意識はなくともこの戦いに楽しみを見出したのだろう。


「··········」

そしてジルは音もなく消えた。シルが元々いた場所には砂埃が薄く立ち上っているだけであった。


ダルクは消えたジルを探して辺りを探す。首を動かし、体を回転させその場にとどまってジルを探した、それが行けなかった。


その場にとどまっていてはダメだったのだ、それは隙でしか無いのだから。


「·····神雷」

「っ!」

瓦礫の裏から野太い一本の雷が現れた。そう、ジルは瓦礫の裏に隠れて密かに詠唱を唱えていたのだ。


その場にとどまっていただけのダルクに対処できる訳がなく、腕を交差させ神雷を受け切る体勢に入った。


「がっ!」

皮膚がただれ、電流がダルクの体を走る。だがダルクの強靭な体を持ってすれば我慢できないこともない、しばらく神雷をその身に受けていると攻撃は止んだ。


結果として皮膚は火傷したりただれたりしたが、逆に言えばそれだけの怪我で済んでいた。


「··········」

瓦礫の裏から出てきたジルは顔の表情すら変えずダルクに飛びつく。空中に飛んでからの回し蹴り、ダルクとジルには距離があったためダルクがその回し蹴りを避けることは容易だった。


「すっ、死ね!」

服の裏から取り出したナイフを無防備の右足の健に向かってきり放つ。だがジルは回し蹴りをした右足を武装によって強化された強靭な筋肉を使って無理やり引き戻し、ナイフを破壊した。その勢いのまま、かかとをダルクの頬にぶつけ吹き飛ばした。バキッと鈍い音がダルクの頬からした。


きりもみ回転しながら吹き飛んだダルクは空中で体勢を立て直し、床に足を擦りながらもなんとか着地する。

「··········」

ダルクは痛む頬を抑えつつ、未だピンピンしているジルを見抜く。


張り詰めた空気が二人の間に作られる。息が詰まりそうな程緊張感を持ったその空間の中で一つの瓦礫が壁から剥がれ、そしておちた。


瞬間、両者は拳を交える。ジルの右ストレートのパンチを左手の甲でいなしてからお返しに右アッパーを決め込む、それをジルは顔を上に向けて避ける。


アッパーしたことによってがら空きの右手の関節に向かって左手ストレートを放ち、ダルクの右手を完全に折った。


「ぐっ」

右手を後ろにダルクは左足で上段蹴りをジルの顔に向けて放つ。だがそれはジルの右手によって阻まれ、最悪なことにそのまま足を掴まれた。


そしてその足を持ってジルはダルクの体を持ち上げと遠くの壁に向かって投げた。


この間、ほんの1秒程の出来事である。


「かはっ!?」

空中上に投げ出したはずのジルがダルクの上にいた。同じスピードで跳躍したのだ。


その有り得ない身体能力に流石のダルクも目を見開く。空中上に飛び出したジルは拳を振りかぶっていた。対処はむずかいと感じたのかダルクは損傷した右手を差し出して、凌ごうとする。


そしてジルが拳を振り下ろす、はずだった·····


「かはっ」

瞬間、ジルの穴という穴から血が溢れ出る。それを機にジルは空中上で力なく腕を垂らし、その勢いのままダルクと一緒に壁にぶつかった。


壁は半壊し、見事に二人を分断した。


「あ、あ、何が·····起きた」

状況が理解出来ず、溢れ出る血を止めるのに躍起になる。ジルには分からなかった、なぜこんなにも血を流しているのかが、あらゆる所が痛い、だからこそ頭をフル回転させる。


(腕が上がらない、足も、身体中が悲鳴をあげている、この原因は一体·····)


あらゆる可能性を模索し、考える。そしてジルは一つの回答にたどり着いた。


(もしかして武装か?·····確かカイナが言っていた、武装は体に大きな負担をかけると、しかし代わりに身体能力を大幅に上げてくれると、俺の今までの異常な身体能力の上昇は武装が原因だったということか、ならば全ての辻褄が合う)


ジルの中でひとつの解答がまとまった所でドォォォンとジルの目の前の瓦礫が吹き飛ばされる。裏から出てきたのは無論ダルクである、綺麗な黒紫色の髪はほこりまりになっていて、戦闘の激しさを物語っていた。


「殺す」

「まずいな、これは·····」


ダルクは腕に損傷を、ジルは身体中が悲鳴をあげる程の疲れ、お互いに満身創痍、決着はすぐにつこうとしていた。








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