第33話 才能
「何を、する、つもり、なんだ?」
「こいつの心臓を壊す」
そう言うとマーリンは手をクルティカの胸の上に掲げた。その後すぐにクルティカの胸を中心に次元がゆがみ始め弾け飛んだ。
「な!?」
リンナは自分の爪でも壊せなかった胸をいとも容易く壊したマーリンに驚愕する。
「ふっ、これでいいだろう、あとはそこの嬢ちゃんが何とかしてくれるだろうな」
「ちょっと、待って、くれ」
リンナは服を翻し今にも立ち去ろうとしたマーリンの裾をつまむ。
「どうした?」
「ジルを、ジルを、助けて、くれないだろうか、その不思議な、力で」
必死だった。どうしてもジルを助けたいと思ったんだ。あんなにも一途であんなにも一生懸命な人間を殺したくない、そうリンナは思った。
「ふっ、私の手助けなど要らんよ、あそこにいる嬢ちゃんがなんとかしてくれる」
「カイナの事か?カイナが本当にジルを生き返らせてくれるのか?」
「あぁ、あの嬢ちゃんは紛い物の魔法使いだからな」
「は?よく、分から、ないんだが·····」
「何すぐ分かるさ、お前だって最果ての影響を受けているのだから」
「?、??」
リンナの疑問は増殖していく。分からないことだらけのせいで頭が混乱し始めてしまった。
「とりあえず私の手助けはここまでだ、あとは頑張って物語を紡いでくれ」
「ちょっ、まっ」
リンナの静止の声を聞かずにマーリンはフードを深く被ってから闇に消えていった。そしてすぐに時は動き出した。
「殺す」
「カイナ!魔術が使えるぞ!」
「!、リンナ!」
カイナの首に
「っ!?」
閃光のように放たれたカイナの拳は突進してきた殺人鬼のそれよりも早く殺人鬼の鬼の仮面を壊しながらさらに鼻をもへし折った。
殺人鬼は瞬時に体を後ろに引いて威力を軽減させたものの衝撃は凄まじく数メートルほど吹き飛んだ。
「ジル、様っ!」
それを機にカイナは足の鎖を引きちぎり首だけになったジルの元へと駆けつけ英称を唱え始めた。
「固有魔術・系統・花・ジルのゆりかご」
そう唱えると同時にカイナの下から多くの花が舞い上がりジルを囲っていく。するとジルの体はみるみる再生していき、無くなった両腕から首まで全て元通りに治っていく。ジル限定の蘇生魔術、ジルのゆりかご。
この世の理を超越したその魔術はもはや魔術の範囲で説明できるものではなかった。そうそれはまるで奇跡のようで·····
「カイナ、か?」
目を恐る恐る開けたジルが最初に見たのは青色の瞳を持った美女だった。ジルは朧気になる頭を手で抱えながら起き上がる。
「ジル、様、心配しました、本当に良かったっ!」
「ど、どうしたカイナ、というよりなぜ俺は·····」
ジルは急に泣き出しながら抱きついてきたカイナに対し動揺する。そして気づく、なぜ自分は生きているのかと
(?、俺は確か殺人鬼によって殺さ、れ·····)
「そうだ!殺人鬼は!?」
見渡すように首を動かす。そして見つけた、仮面が外れた殺人鬼の素顔を、それはあまりにも綺麗で、黒紫色の綺麗な髪がなびいている、赤色の殺意が込められた瞳は今にも首が取られそうになるほど鋭いものだった。
「殺す、殺すしか私にはできない」
「!」
(泣いた?なんで、どうして、あいつの中で一体何が変わったというんだ)
ジルの中で思考が加速する。だがどんなに考えてもその答えが出てくる訳が無かった。
「ジル様·····」
するとカイナが青色の瞳に涙を浮かべて心配そうに俺の麻袋の裾をつまんだ。
「カイナ、行ってくる」
「ダメです、私がやります、ジル様はもう無理をしないでください」
さらにいっそう強くジルを抱きしめてきた。
「ふっ確かにお前は強いな、俺が何故か生きているのもお前のおかげなのだろう?」
これだけは本能的に理解していた。
「はい·····」
「ありがとう礼を言う、だけどな俺にもプライドがある、ほこりまみれだけどな」
そう言ってジルは笑った、少し儚く悲しそうな顔だった。
「はい·····」
その顔に見蕩れカイナは口を開けながら呆然として答えた。
「強く在る、そう決めたからな、さぁ最終ラウンドだ殺人鬼」
今度は不敵にどこかたくましい笑みを見せた。
「··········」
二人は互いに向かい合い、そして火花は切って落とされた。
「殺すっ」
「見えてるぞ」
ジルは一直線に突き出された拳を首を横に逸らすだけで躱し、お返しと言わんばかりに仮面が無くなったことで狙いやすくなった両目に向け人差し指と中指を差し出した。
「··········」
殺人鬼はその目潰しを難なく体を逸らして避けてから体をひねり回転蹴りを放った。
「は?」
そのあまりにも常人離れした動きについていけず、顔にモロに食らってしまった。
「ぐっ!」
ジルは壁に背中から激突し、胃から胃液が飛び出る。
「?」
だが不思議とそこまで痛くはなかった。頬がジンジンとするだけで最初ほどの衝撃は無かった。
「何が起こっている?」
ジルの体に何かしらの異変が起きているのは確かだった。
(まぁいい、この戦いにおいてメリットとなるならばたとえ毒だとしても飲み込んでやる)
そう結論づけてジルはもう一度前を向く。
「死ねっ」
(見える)
さっきまでついていけなかった殺人鬼の攻撃がまるで遅くなったように感じた。どこからどう攻撃してくるのかが全て分かる。
「··········」
(次左フック、そしたら一旦地面について右アッパー、流れるようにバク転しながら蹴りを放つ、それを横に避けたら、隙ができるっ)
「そこ」
「くっ」
全てを理解した今のジルにとって隙を見て殴ることぐらいは造作もないことだった。ジルの拳を片手で地面を弾きながら飛ぶことでかわす。だが着実にジルは殺人鬼の動きについて行けるようになっていた。
「··········」
ジルのこの動きの正体は極限の集中によるものであった。そしてその集中力はさらに研ぎ澄まされていき、周りの音すら消していき、しまいには殺人鬼以外の全ての物体を己の視界から排除した。
「武装·····」
カイナはジルの戦いを見てそう呟いた。
「あの歳であそこまで洗礼された武装を、自覚もなしに·····」
カイナはジルの圧倒的な才覚に驚嘆の意を示していた。
「ジル、様、好きです」
高鳴る胸の鼓動を抑えてそう言った。
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