第32話 最果ての魔法使い
「リンナ!そいつの心臓の機械を破壊しろ!」
「あぁ!」
俺がそう叫ぶと同時に鉄格子の外にいたリンナがのっそりとではあるが爪を手に持ち首が無くなっているクルティカの心臓に向けてそれを刺し始めた。
なぜここに殺人鬼がいるのかは分からないが、今はとりあえず目の前の理性を失った殺人鬼に負けないようにすることに全力を注ぐしかない。
リンナがクルティカの心臓についている機械を壊せば魔力も使えるようになる。
「ジル、様⋯⋯」
すると俺の麻袋の裾をカイナがつまんだ。その力は弱々しく、決していつものカイナでは無かった。
「カイナ待っていろ、すぐに終わらせっ!」
「殺す」
殺人鬼の横からの拳を爪を掲げることでなんとか止める。だが勢い自体は止まらず、爪はへし折れ、拳が俺の頬骨を砕いた。二転三転してから前を向く。くっそ、気を抜いた!視界の端で消えた殺人鬼に気づくことが出来なければ首が飛んでいた。
「殺す」
「それしか言えないのか貴様」
また消えた。だが今度はちゃんと見ている、直線的に打ってきた拳を首を逸らして避ける。
「っ!」
だがその拳の風圧が俺の腕をひしゃげさせる。骨は折れなかったが、ヒビは入っただろう。
「にゃろ!」
がら空きの胴体に牽制のための前蹴りを放つ。すると殺人鬼は身をひねらせその場で飛び跳ね、その蹴りを避けてから空中に浮かせた足で俺の頭に向けて蹴りを放ってきた。
綺麗な曲線を描くその蹴りは避けること自体は身をかがめば容易いことだった。だがその先にはへたりこんでいるカイナがいた。だめだ、このまま避ければカイナに当たってしまう、くっそ!
「がっ!」
カイナを守るように腕を十字にして蹴りを受け止める。まず最初に上に重ねていた腕がひしゃげてから異常な方向に折れ曲げ吹き飛ぶ。
その次に下の腕が見る影もなく爆散する。その瞬間俺の見ている景色がゆっくりと流れ、無くなった両腕と吹き出す血を認識しながら目の前に迫る拳に恐怖する。死ぬ、そう思った。
「ぶっ!」
「ジル様!」「ジル!」
瞬間凄まじい衝撃が俺の頬を襲い、体が宙に浮いているのを実感するのも間もなく鉄の壁にぶつかり、貫通した。途中リンナとカイナの心配する声が聞こえた、くっそ肋が何本か折れた、情けないところを見せてしまったな。
「クスリぃ、クスリぃクスリ!」
「あ、あ⋯⋯」
朦朧とする意識の中自分がまだ生きていることを理解した。よかったまだ生きている、体はボロボロで両腕が無くなってしまったが、まだ生きているんだ。
どうやら鉄の壁を貫通して隣の部屋に着いてしまったようだ。というかあいつ強くなりすぎていないか?前より躊躇いがないというか解放されているというか、とにかく膂力が全然違った。ただ弱点として行動が単純になっている、そこに付け入る隙があるはずだ。魔術さえ使えればの話だがな。
「クスリィ、クスリィ」
ヤク中になっている女性が俺の体に擦り寄ってくる。この人もあの男に弄ばれたのだろうか、可哀想に。
「はぁ、はぁ、はぁ」
手を使わず足だけで不格好に立ち上がる。足に縋り付く女性を振り払い殺人鬼を見る。
「殺す、殺す殺す殺す」
殺意を込めたその言葉は俺の心を震え上がらせた。というよりまだ魔術は使えないのか。
「おいリンナ!まだか!」
「くっそ!、まだ、だ」
「何!?」
「通ら、ないんだ、心臓に、爪が、通らない、他の、部位は、刺さるのに、心臓だけ、異様に、堅いんだ」
「なん、だと」
あまりの衝撃に立ちくらみが起こる。いやこれはその衝撃のせいじゃない、両腕から溢れ出ているこの大量の血のせいだろう。流れすぎて下で血溜まりを形成してしまっている。
「殺す、殺す殺す殺す」
「はぁ、ま、ず、い」
向かってくる殺人鬼に対応することすらできず、俺の意識はそこで途切れた。
・
十数秒前
「よし、これで」
のそりとした動きながらも力いっぱい加えたその爪はしかし心臓に届くことは無かった。
「えっ」
リンナは衝撃で目を丸くする。
「なんで、なんで、なんで」
何回も何回も、爪を突き立てる。その度に弾かれ、爪の方が削れていく。爪が通らないことに焦りが募る。
(やばい、やばいやばいやばい、このままじゃジルが!)
「がっ!」
「ジル様!」「ジル!」
ジルが鉄の壁を貫通して吹き飛ばされた。動揺がリンナを支配する。
「おいリンナ!まだか!」
「くっそ!、まだ、だ」
「何!?」
「通ら、ないんだ、心臓に、爪が、通らない、他の、部位は、刺さるのに、心臓だけ、異様に、堅いんだ」
「なん、だと」
もう何回も刺した。心臓のそばにある皮膚は簡単に貫通するからと心臓の外側からえぐりだそうとしたがやはり心臓自体が硬くそれも叶わなかった。
(ごめんごめんごめん、今やるからやってみせるから、あとちょっとだけ耐えたくれ!)
「殺す、殺す殺す殺す」
目の端で殺人鬼を捉える。どうやらやつはジルしか眼中にないようだった。対照的にジルは両腕を失い満身創痍の状態であった。
(ダメだ、このままじゃジルが死んでしまう、何か、何か案はないか!?)
「やる、しか、ない!」
リンナが腕を振り上げ下ろした時にはもうジルの首は吹き飛んでいた、赤い鮮血が宙に舞う。
「あ、あ、あぁ!!!!」
カイナがジルに向けて手を差し伸べる。だが足を鎖で繋がれているため近づくことが叶わない。
「あ!ジル、様ぁぁぁ」
カイナは叫び、涙を流した。まるで赤子のように周りを気にすることなく延々に叫んでいた。
だがリンナは至って冷静だった。表面上だけではあるが。
(ジルが、死んだ、私のせいでか?どうして、嫌だ、本当に死んだのか?信じられない)
いや冷静というより呆然としているといった方が正しい。リンナの目ははるか遠くを眺めていて焦点があっていなかった。手に力が入らなくなり持っていた爪を地面に落とす。
「殺す」
この空間において最も狂気を纏った
「にげ、ろ!」
それに一番早く気づいたのはリンナだった。だがジルを失い正気が保てなくなったカイナにそれを強いるのは無理があるというものだ。
「ダメ、か」
無慈悲に殺人鬼の拳がカイナの首を飛ばそうとしたその時、カイナも、カイナから流れる涙も空中で停止し、殺人鬼の体も同様に止まった。文字通り全てが止まっていた。
「え?」
正確に言えばリンナ以外の、だが。その突然止まった時によって困惑したリンナは周りを見渡す。
するとすぐ後ろに顔がないローブを着た何かが立っていることに気がついた。
「誰?」
「マーリン、ただの魔法使いさ」
「え、マーリン、とは、あの、有名な」
「ほぉ私の名前を知っているか、それは嬉しいことだ」
「ではこの状況は」
リンナがそう聞くとマーリンは少し昂った声でいった。
「いやなに、ここで物語を終わらせてもらっては困るんでな、少し手助けをさせて貰うことにしたよ」
「は?」
そう言うマーリンにリンナの思考はまるで追いついていなかった。
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