第30話 殺人鬼の正体

「かはっ」

だめだ、意識が飛ぶ。ジル様が来るまでは保っていなければいけない、でなければあいつに何をされるか分かったもんじゃない。


「⋯⋯はぁ、ジル様、早く来てください」

鉄格子の部屋の中に閉じ込められて何時間たったか分からない。分かるのは時々あいつがやってきては拷問部屋に連れていかれ、ボロポロにされるだけ、だけど収穫もあった、あのリンナという獣人の子に会えたことだ。


あとは賭けようあの子に、そしてジル様に。


「さむい」

無機質な部屋の凍えるような冷たさが私の心を蝕む。息を吐く度体の体温が下がっていくのが分かる。


「つらい」

身体中につけられた傷が痛む。爪を何枚か剥がされ指に力が入らない。

肋も数本折れていて動かす度に激しい痛みが襲う。


「はぁ、はぁ、はぁ」

そうして呼吸だけに集中して鉄の床の上で時間が経つのを待っていると鉄格子が開かれた。


「よぉカイナちゃーん、元気にしてたかーい?」

その寒気がする声が聞こえた瞬間ドスの効いた声で応える。

「元気なわけがないでしょ、早く消えて」

「くっ!まだ生意気な口が聞けるのか!」

「あがっ!」

やつが持っているリボルバーが肩を貫く。大量の血がその場に散らばる。


「もがぁ!もがあ!」

溢れ出る血を必死に手で抑えていると、やつとは違う声が聞こえてきた、霞む視界で前を見るとやつの腕には一人の金髪の少女が抱えられていた。少女は私を見るなり目に涙を浮かべた。やつめ、懲りずにまた新しく!


「死ねっカス野郎」

「ほんとっ君は強情だな!いい加減俺の奴隷になれよ!」

「がっ!」

もう一度、さっきとは逆の肩に打たれた。運良く弾は貫通したようだったが、血は同じように溢れ出した。


「⋯⋯っ」

少女はそれに恐怖しているように思えた。ごめんね、こんなに血を見せちゃって、怖いよね、そんなクソみたいな男にずっと触られたくないよね、大丈夫だよ、いつか絶対にジル様が助けに来てくれるからね、それまでの辛抱だよ。


「たくっ、ここはくせぇな、クスリの匂いがしやがるぜ」

「クルティカ様ー!クスリをクスリをください!」「お願い!お願い!」

始まった、こいつにクスリ漬けにされた女の人達がこいつに懇願し始めた。なんという悲劇なのだろう、なんの罪もない女の人がこいつの欲望によって染まっていく。


「あははははっ!気色悪い奴らばっかだぜ!皆ヤク中どもだ!俺がクスリを掲げれば、こいつら俺のどんなプレイでも受け入れてくれるんだぜ、笑えるだろ?」

「クソッタレが!」

このゲス野郎、絶対に、絶対に殺してやる!


足に繋がれた鎖を引きちぎらんばかりに暴れる。だがそんなものは全くの無駄で、むやみやたらにでかい音を出すだけに終わった。

「くははははっ!うるさいなぁカイナちゃん、もうちょっと静かに出来ないのかな」

「ゆるざない!絶対に!」

「そんな格好で言われてもねぇ」

「っ!⋯⋯くっそ」

煽るように言ったやつの言葉にキレながらも何も出来ないことに情けなさを覚え、暴れるのをやめた。


「⋯⋯⋯⋯」

「?」

すると金髪の少女がやけに静かになった。目を閉じやつの腕にかけていた手を下ろして、力なく垂らしている。


「あははははっ!ダルクちゃんも怖くて仕方ないか」

「⋯⋯⋯⋯」

やつがどんなに騒いでも少女は微動だにしなかった。さっきまで年相応に騒いでいたのにも関わらずだ。まさか気絶してしまったのだろうか?


「んん、どうしたんだいダルクちゃん、静かになっちゃって、たくっつまらないな!」

「おい!」

こいつ、まだ年端も行かない少女を投げ飛ばした。許せない、許せないけど、何も出来ない。


「くっそ」

初めてだ、自分がこんなに無力なのは、こんなにも何も出来ないのは、悔しい、何よりも血反吐を吐いたあの鍛錬が意味を成していないというのが悔しい。


「なぁどうしたんだよぉ、ダルクちゃぁん」

ねっとりとした気味の悪い声で少女に近づいていく。


「やめろ、その子に触るな」

「うーんもういいか、ここで手を出しちゃお、抵抗しないならなんでもできるしね」

やつがズボンのチャックに手をかけた。


「やめろ!」

「やめないよぉん」

「あぁ、もういい」

「「!!」」

やつが少女に触れようとした瞬間、少女の口からそんな言葉がこぼれた。奇しくも私とやつの反応は同じだった。


「もう全部どうでもいい、聖女だとかいう称号も、こんな忌々しい力も、全部全部どうでもいい、ジャンヌ後はもうあなたの好きにしていいよ」

少女がそう言い放つと、どす黒い渦が少女を中心に発生した。渦は次第に大きくなっていき、仕舞いには完全に少女が隠れてしまった。


「な、なんだ!」

やつは突然の出来事に腰を抜かして尻もちを着く、その後少女から遠ざかるように後退りをする。その姿は実に滑稽だった。


「⋯⋯⋯⋯」

渦は収まっていく、そして意外なことにその渦の中にいたのは先程までいた少女ではなく成人した男性程の背丈をした鬼の面を被った黒づくめの人間だった。


「だ、誰だ!お前は!ダルクちゃんはどこに!」

「殺す、全部殺す」

「ぎゃっ!」

失禁したクルティカを現れた黒づくめの人間はクルティカの体に張られている超合金の皮膚を貫いて、その手で首を飛ばした。


クルティカの生首は二三回転程転がってから私の方を見て止まった。


「殺す」

「あなたは、誰?」

私と黒づくめの人間はそう言って目を合わせた。





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