第22話 気になる人

「私の名前はダルクだ、次間違えたらただじゃ済まないぞ、はぁたくっ、ついてこいリートンお前に聞きたいことがある」

そう言った幼女は無理やりにリートンの手を引っ張る。すると手と手で繋がれたリートン達をキンタの手刀がぶった斬った。

「ダルクちゃん、俺の恋文は見た?あの返事はさ、いつでもいいから、けど俺期待して待ってるね」

あいつの気になっていた女っていうのはあの幼女だったのか。

「まさかあんな幼女が好きとは·····」

「ん?なんだジル、知らないのかあの人を」

とため息をついていると後ろから同僚の男に声をかけられた。

「知らないな、誰なんだ?」

「あの人はこの街の聖女って呼ばれてる人なんだ、特異体質”慈愛の加護”彼女が触れたものは全て綺麗になり、軽い擦り傷から骨折くらいまでなら一瞬で治しちまうんだ、元は他の国の住人だったらしいんだが、この街のことを憂いてここに引っ越して来たんだとさ、ほんとよくできた人だよな」

「そんなすごいやつだったのか」

特異体質、それは魔力を持たない人間が稀に発言する能力のことだ。例えば身体能力が格段に向上したり、ダルクのように人を癒す力って言うのもある。

と感心しながらダルクのことを見ているといきなりキンタのことを殴り飛ばした。

「お前かァァァ!私の家にあの怪文書送り付けたのは!」

「けばぁぁぁぁ!」

キンタは体を二回転ほど回してからレンガの壁にぶつかった。激しい音と共にレンガの壁が崩れ去っていった。

「な、何を·····」

状況が飲み込めず、殴られた頬を撫でるキンタにダルクは呆れたような顔で近づき、胸ぐらを掴んだ。

「あのなぁ!よく知りもしないやつからあんな熱烈な愛を伝えられてもただ気持ち悪いだけなんだよ!もし私に恋愛感情があるのなら直接来い!」

ごもっともだ。確かによく知りもしない相手からそんな手紙が来たとしたら背筋が凍るな。


「ご、ごめんよぉダルクちゃん、けど俺君のことが好きで·····毎日後ろをつけて守ってきてたんだよぉ」

「あれもお前かァァァ!」

「いでっ」

ダルクはもう一度強くキンタの頭を叩いた。

「けど、けど俺本当にダルクちゃんのことが·····」

「ごめん私気になる人がいるから」

「·····あがっ」

キンタは空いた口が塞がらず、その場で呆然とした。さすがに残酷だ。直接言わせといてノータイムでキッパリ断りやがった、あれが本当に聖女なのか?

「ん?なにか用か?怪我なら申し訳ないが後にしてくれ」

すると俺の方を見て首を傾げてそう言った。

「あ、いや違う、少しお前に興味があっただけだ」

「そっ」

ダルクはすぐに視線を外し、リートンの元に歩いていった。そして何やらリートンと話し込んでいるようだった。特に気にするようなものでもないかと思い、俺もダルクから視線を外しキンタに移した。驚くことに先程まで仕事をしていて泥だらけだったキンタの体が風呂上がりのように綺麗になっていた。凄まじいな、これが聖女の特異体質か。


「あ、あぁ」

こいつまだダルクに未練を残しているのか、すがりつくように手を伸ばしている。あまりに見ていられなかったため、俺はしゃがみこみキンタの背をさすった。

「触るな!」

「なっ」

だがキンタは両目から涙を零しながらも俺のその手を振り払った。

「おい貴様、せっかく俺が慰めようと·····」

「ダルクちゃんが言ってた気になる人って言うのはお前の事だよジル、だからその慰めは俺への辱めでしかない」

「···············」

そういえばそんなこと言ってたっけな、すーっとその場から影を限界まで薄くしてフェードアウトしていく。

「君だったのかジルは!」

ダルクの活き活きとした声が背後から聞こえた。

「·····」

·····バレた。そうかダルクがリートンに聞きたがっていたのは俺の情報だったのか。よしこうなったら静かにこの場を·····

「どうして背を向けるんだい?こっちを見ておくれよ」

右手を掴まれた。逃げられない。ギチギチと硬い動きで振り返る。と同時にキンタの絶望した顔が目に入る。さすがに少し心が痛むな。

「お前、俺に何の用だ?」

「私は君に会いたかったんだジル」

「俺に?」

「そう、君に伝えたかったことがあるんだ」

なんだと思っていると突然ダルクは頭を下げ始めた。深々とどこまでも綺麗なお辞儀だった。


「この街の馬鹿共を助けてくれてありがとう、こんなもんじゃ足りないかもしれない、自己満足だと思われるかもしれない、だけど伝えたかった、本当にありがとう」

あぁこの人はこういう性格だから聖女と呼ばれるのだろう。それがよく分かった。この人は正真正銘聖女だ。


「礼などするな、助けられなかった奴らもいるのだから」

「だがそれでは·····」

うーむと唸り声をあげて悩む。眉間に皺を寄せて精一杯何かを考えているようだった。

「そうだジル!私の家に来なよ!私の精一杯の手料理を振る舞うよ!」

「えっいやだが仕事が·····」

「いいだろ?リートン」

ダルクがそう聞くとリートンは深いため息をつく。

「まぁいいだろう、この街の聖女様きってのお願いだら断ることなどできん、行ってこいジル」

「···············」

リートンって俺に甘すぎないか?なんかやたら休みが取れやすいのだが、本当にこれでいいのだろうか?

「ほらな!さぁ行こうジル!」

まぁこんな無邪気で幼女らしい笑顔を向けられてしまえば断ることなどできないか·····


俺はダルクに手を掴まれたままその場をあとにした。

「あぁーーーーーーー!ダルクちゃーーーん!」

後ろから聞こえたキンタの声に多少罪悪感を感じたが、まぁキンタだしかいっかと自分を納得させ歩を進めた。


「·····ジル様なんでっジル様なんで!他の女と!」

それを見ていたカイナは歯茎から血がにじみ出るほど歯を食いしばっていた。異常な程のジルへの執着である。

「今回はただの子供だから我慢できたが、あれが大の大人だったらと思うと自分でも何をしでかすか分からない!」

「んもぉーーー、ジル様ーーーー!私だけを見てくださーーい」

大きく叫んだ声はジルには届かず、虚しく宙に散っていった。

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