第23話 殺人鬼捜索作戦 1

「ここがお前の家か」

「そうだよ、結構立派でしょ?」

「あー、確かにこの街では立派な方かもしれない」

ダルクの家はきちんとした木造建築のものだった。丸太をつみ重ねて作られたその家は俺が住んでいる馬小屋の3倍ほどでかかった。

「さぁ入って入って」

ダルクの手招きによって俺は流れるようにその家に足を踏み入れた。

内装は案外シンプルなもので、ベッドとキッチンらしきもの、一つの棚、奥に通じているであろう扉、そして真ん中に丸テーブルが置いてあるだけだった。棚には何冊か本があるだけでほかは空っぽだった。少し寂しいなとは思った。

「さぁさぁ、ここに座って」

「あぁすまない、ありがとう」

ダルクが奥の部屋から椅子を一つ持ってきて、俺の前に置いた。

「少しそこで待っててね、すぐ料理を作るから!」

そしてダルクは活き活きとした笑みを見せてからキッチンに向かい、料理の準備をし始めた。

その間少し暇だったので、ダルクの許可を得てから棚に置いてあった本を取り出して読むことにした。

「大英雄シャルルの冒険譚」


シャルル、彼はある貴族の子供であった。子供時代はなんの変哲もないただの子供であった。だがそんな時彼にある事件が襲った。魔獣クサナギの襲来である。貴族としてシャルルの両親はクサナギに立ち向かったが、シャルルはまだ当時六歳、魔術もろくに扱えず両親の庇護の元その国から逃げ出した、だがその後両親は無惨に殺されてしまった。そしてシャルルの国は滅んでしまった。これがクサナギが初めて出現した事件である。少年は怒った、自分の弱さに、少年は嘆いた、自分の未熟さを、少年は誓った、必ず強くなると、そして少年は最果ての魔術師マーリンの元での修行によって力をつけた。数々の困難、強力な魔獣、その全てを打ち砕き、多くの人を救った。もう魔術を知らない少年では無い、強く、たくましくなった少年はクサナギを恐れなくなった。ついにクサナギとシャルルが相対することとなった。場所はある国の防壁門の前、クサナギがシャルルの国と同じように攻めようとした所にシャルルが降り立ったという構図、そして二人の拳は交わり、火花を散らした。結果は·····シャルルの敗北であった。クサナギは少し寂しげにシャルルの首を刈り取った。そしてクサナギは言った、「いい戦いだった、今回は流石に疲れた、ここで引かせてもらおう」クサナギはそう言って国は滅ぼさずどこかに消えていった。その場にはシャルルの胴体だけが残った。多くの人が悲しみ、嘆き、シャルルの死を悼んだ。


だがこの物語は終わらない、終わらせては行けない、いつかクサナギを倒すその日まで·····


「ここから先は空白のページになっているのか」

文字が書いてある所を読み終わると空白のページが数十枚続いていた。シャルルが負けたまま物語が終わるのを嫌ったのか。これはこの本を書いた人の願い、この先にある結末はクサナギが倒れた時に書くということか。

「随分と好かれていたみたいだな」

「そうなんだよ!」

丁度本を読み終わる頃にダルクが自慢げな表情でテーブルに美味しそうなシチューを置いた。


「·····美味しそうだ」

俺の目の前で白く輝くシチューが鼻腔をくすぐる。生唾を飲み込み、今にも手を出しそうな自分の本能を抑える。久しぶりだ、こんな立派な食べ物なんて·····くっそ、泣きそうだ。


「そんなに目を輝かしてくれるなんて、嬉しいな」

ダルクもまた俺の正面にある椅子に座り、頬を両手で支える。

「な、なぁ、食べてもいいのか?」

「当たり前だよ!どんどん食べておくれよ、おかわりもいっぱいあるよ!」

「い、いただこう!」

がっ!とスタートテープを切られたかのようにシチューに飛びつく。


「うまい、うまい、うまい!」

口の中で広がる牛乳の優しい風味、そしてでかく柔らかいじゃがいもが俺の舌を幸せにする。よく煮込まれた鶏肉は口の中でとろけるようだった。

「·····うまいよぉー」

つい情けない声を出してしまった。美味すぎて涙がこぼれそうになる。


「ちょ、そんなに喜んでくれるとは思ってなかった、て、照れるじゃないか」

ダルクは顔を赤らめて嬉しそうにはにかんだ。

「だって、本当に美味くて、美味くて·····」

最近はというより家を追放されてからはまともな食事をしていなかった。唯一まともだったのはカイナが出してくれていた紅茶だけだった。それ以外の食事はもう酷かった。ネズミの素揚げや、トカゲのしっぽ焼き、雑草の汁など、生きていく上で必要最低限なものしか口にしていなかった。


あぁ、今日は幸せな日だ。

「嬉しいなぁ」

「あぁ、もぐっ本当にありがとうダルク、もぐ、こんな美味い飯を、もぐっ、くれて」

「たくっ落ち着いて喋んなよ」

ダルクは呆れたような乾いた笑みをこぼした。

「了解した」


ダルクの言葉に従い、遠慮なくシチューを三杯ほどおかわりした後、俺は本題を切り出すことにした。

「なぁダルク、この街で最近噂になってる殺人鬼を知っているか?」

「あぁ知ってるよ、私の家にも殺人鬼に怪我を負わされたって患者が何人か来たから、まぁけど実際は殺人鬼にやられた訳じゃなく、殺人鬼を口実に私に会いにきただけだったけどね」

「俺はその殺人鬼を探し出したい、その手助けをして欲しい」

机に額をぶつけるほど頭を下げた。


「·····、理由を聞かせてくれないか?」

当然の質問だな、これはあまり言いたくなかったが、言うしかないか·····。

「カイナという俺の大事な人のためだ、俺はカイナを危険な目にあわせたくないんだ」

「俺はまだ弱い、カイナを守るなんて大それたことは出来ない、けどなるべくカイナを危険から遠ざけてあげたい。それくらいのことはしてあげたいんだ」

率直な俺の気持ちだった。少し恥ずかしかったけれど、まぁ仕方の無いことだ。


「··········やだ、協力なんかしない」

頬をぷぅーとふくらませたダルクはハリセンボンのようになっていた。

「!、な、なぜ!お金はもちろん払うぞ!」

しまった、ダルクが協力してくれないことを考えにいれていなかった。クソ、ダルク程の有名人が協力してくれないと殺人鬼探しに時間がかかってしまう。


「·····やなものはやだ!」

なんか急に子供っぽくなったな。いや元々子供だったのだが、言葉選びがなんかこう精神年齢が下がったような気がする。

「そんな·····、じゃあどうすれば·····」

「·····うぐっ」

俺があからさまに悲しそうに眉を下げると、ダルクは息をしずらそうに、眉をひそめた。これは、効果てきめんだな。


「あぁ、本当に俺はどうすればいいんだ、これじゃいつか街の人間が全員殺されてしまうのではないだろうか」

「うぐぐぐぐっ」

ふっ、効いているな、あと少しだ。


「あぁ、誰も助けてくれないのか、この街に聖女はいなかったのか」

「むっかー!!!!いいわよ!助けてやる、このグレイスの聖女ジャンヌ・ダルク様がね!」

何かが噴火したようにダルクは立ち上がり、テーブルの上に乗ってから見下ろすようにそう言った。·····ちょろすぎるだろ。



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