第20話 そして彼は英雄となる
強くなりたかった。その願いは俺が子供の時から変わらなかった。
「固有魔術・系統・雷・炎⋯⋯」
「また固有魔術の練習してんのか、しかも二系統の」
「ヴィン兄ちゃんか」
まだ年端も行かぬ頃、俺はいつも庭で魔術の練習をしていた。それも固有魔術のものだ。
そんな俺を嘲笑うかのようにいつもヴィンは邪魔をしてきた。
「また忘れちまったみたいだから言うが人は二系統同時に魔術を使えない、それができるのはほんのひと握りの才能溢れた貴族だけだ、凡な貴族であるお前が二系統同時に扱うなんて不可能なんだよ!」
そう言ってヴィンは持っていた卵を俺に向かって投げた。
「そうだとしても、俺はこの固有魔術を完成させる」
割れた卵の黄身と白身を手で取り除いてからヴィンを睨む。
「はっ勝手にしろ」
そうは言ったが、それから5年、その固有魔術の開発に挑み続けたがついぞそれが完成されることはなく、いつの間にか俺もそれを作ることを諦めていた。
「⋯⋯⋯⋯」
昔のことを思い出した。走馬灯という奴だろか。ということは俺は今、死の瀬戸際に立たされている。
「⋯⋯やるか」
ならやるしかない、残りの全魔力を使って、あの時思い描いていた最強の固有魔術を体現してやる。
「きしキシキシ」
カチカチとネズミが歯を鳴らしている。ついに俺を餌ではなく敵として見始めたか。
「キシシャア!」
「固有魔術・系統・雷・炎⋯⋯」
ネズミが足を踏み出した瞬間と俺が詠唱を唱え始めたのは同時だった。
俺はもっと強くなりたい、強くありたい、カイナを守れるような、カイナに見限られないような強さが欲しい。カイナだけの英雄になりたい。それが俺の理想、左手に炎が灯る。
俺は強い。絶対に誰にも負けない。きっとヴィルにもクサナギにももう負けない。俺は貴族なのだから、もう誰にも負けちゃいけない。それが俺のプライド、右手に雷が宿る。
彼、ジル・グルーカスは元々天才であった。幼い頃から固有魔術に着手し、着々とそれを完成に近づけていた。だが、そこにあるノイズ混ざってしまった。それは兄・ヴィン・グルーカスの存在である。
彼はジルの修行の邪魔をし続けることで少しずつではあるもののジルの自信とやる気を失わせていった。
そのほこりは徐々にジルの才能をサビつかせていき、ついにその才能を完全に閉ざしてしまった。そこに追い討ちをかけるようにヴィルとの件があり、ジルの実力は上昇するどころかどんどん落ちていった。
だがジルはカイナの存在、クサナギとの出会い、その全てをへてそのプライドのほこりを受け入れることに成功した。
そしてほこりを受け入れ、強くなった彼の魔術は高みへと⋯⋯
プライドと理想、二つ合わせて剣と成す。
「炎雷剣」
合わさった炎と雷は爆発的な風を巻き起こしながら形を作っていく。棒状のものからだんだんと刃のようなものが作られる。そしてそれは完全な剣となった。固有魔術の完成だ。
「キシャア!」
刀状の炎を中心に雷が鳴っている、そんな危険物を持った俺に対してネズミは迷うことなく、突っ込んでくる。はっ、ちょっと前まではこいつの動きが見えなかったのにいつの間にか見えるようになっている。成長しているのか⋯⋯
「こい」
「キシャアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
ネズミはヨダレを垂らした口を大きく開け俺に襲いかかる。
そのネズミを一刀両断した。その両断したネズミの体の間をくぐり抜けて、俺は下に向けていた顔を上げる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
後ろから歓声が聞こえた、きっとあいつらのものだろう。たくっ気が早い奴らだ、あのネズミはまだ⋯⋯
そして俺は振り返る。
予想通りネズミの体の両断された片方の断面の赤い細胞のようなものから伸びた赤い触覚のがもう片方の体を吸い寄せ、くっつき始めた。ほんの数秒後には元の姿に再生していた。
「キシキシキシ」
「化け物だな⋯⋯たが体内の居心地はどうだ?」
「!、キシャァァァァァァァ!」
ネズミは自分の体を苦しそうに掻きむしる。まるで体内に入った異物を取り除くようにずっと叫び続ける。
固有魔術・炎雷剣は魔力消費の少ない炎系統で体を切り、その断面に少量の雷を流す。強力で魔力消費も少ない魔術だ。雷系統は確かに強力だがその効果が体内まで届かせるのにはかなりの魔力が必要だ。だからまず炎で体を切るんだ。さぞ苦しいだろうな、雷が体を駆け巡るのは。
「がはっ」
口から溢れ出た血を手に吐き出す。
「ハァハァ」
俺にも限界は近い、くそっ体中の痛みが全く引かない。早く決着をつけないとネズミの体を流れる雷が無くなっていく。それに使った魔力がすくなったからか、炎雷剣の炎も弱まってきている。
「キシ、キシ、キシィ」
ネズミは歯を食いしばり俺を睨む。
「お前も覚悟が決まったみたいだな⋯⋯決着をつけよう」
ネズミは足に血管が浮き出るほど、俺は実際に血管がはち切れる程足に力を入れる。
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺が初めて上げた雄叫びだった。
「「いっけぇぇぇぇっ!ジル!」」
とグレイスの男たちが叫び
「ジル⋯⋯」
とヴィルが羨望の眼差しを向ける。
「はっ!やっぱりお前は世界一熱い男だジル!」
とクサナギが高笑いする。
「ジル様⋯⋯勝って!」
カイナが喉の奥から絞り出した声はか細くも芯のあるものだった。
皆がそれぞれ別の仕方でジルを鼓舞する。
その声はジルの前に出す足を加速させた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「キシャァァァァァァァァ!」
そして、ジルの剣とネズミの歯が交差した。
途端ジルの体とネズミの体を巨大な白い煙が覆い隠した。
「くそっどうなった!?ジルはっ!?ジルは勝ったんだよな!?」「当たり前だろ!ジルが負けるわけがねぇ!⋯⋯負けるわけがないんだ」「ジル⋯⋯」「ジルさん⋯⋯」
グレイスの男たちは全員ジルを信じている。だがそれと同時に一抹の不安を抱えている。そんな最悪なことが起こらないように男たちは両手を合わせ天に願う。
「ジル様っどうか⋯⋯」
カイナもまた男達と同じように手を合わせていた。
そして煙は晴れていきだんだんと輪郭が見えてくる。だがその輪郭は一個だけだった。それもかなりの巨躯、絶対人間では考えられないような影をしていた。
「あれは⋯⋯まさか⋯⋯」
男たちの不安が加速していく。
煙は晴れていき、その正体が明らかになった。立っていたのはネズミ、一匹だけだったのだ。
「ジル、ジルぅ!そんなジル⋯⋯」「やだ!そんなの認めない!ジル!お前生きてんだろ!早く、早く姿を⋯⋯!」「ジル!」「ジルゥ!」「ジル!」
絶望が男たちを襲った。泣き崩れるものまでいた。
「ジル⋯⋯様」
カイナも悲しみから膝を折ってしまう。
だが一人の目がいい男が異変に気づく。
「ん、ネズミの足元にある影みたいなのなんか動いてないか?」
言われ皆がいっせいに目を凝らして見ると確かに影のようなものがもぞもぞと動いていた。
「ジルだ!きっとジルだ!」「やっぱり生きていたんだ!」「ジル!やっちまえお前ならできるさ!」「勝ったら一緒に新鮮な水飲もうぜ仕方ねぇから奢ってやるよ!」
男たちは一斉に歓声を上げた。
「「ジル!」」
「たくっうるさい奴らだ、ハァ、ハァ、ハァ、」
そう言ってジルはほくそ笑む。滴った血を手で拭い、産まれたての子鹿のように震えながら立ち上がる。
「キシィ」
見上げるとネズミが笑顔を浮かべていた。
「ハァ、俺の勝ちだなくそネズミ、だがいい戦いだったよ、ハァ、俺は神様を信じちゃいないが、ハァ、もし生まれ変わりというものがあるのなら今度は友達としてお前会いたいよ」
ジルもまた笑って答える。
「キシィ」
ネズミの体内を巡り破壊していた雷はついに再生能力を上回ってしまった。その瞬間ネズミは再生能力を停止させた。
そうネズミは自分が苦痛に悶えながら死ぬのを嫌がったのだ。
ジルの言葉を理解しているのかは分からない。だが、きっと届いているはずだ。だってネズミの表情は満ち足りた、満面の笑みだったのだから。
機能を停止させたネズミはその場で倒れ込んだ。グレイスの人間約百数人を殺したネズミは今ここで倒れた。
ジルの大勝利である。そしてその瞬間、彼はジル・グルーカスはここグレイスの英雄となった。
「よっしゃ」
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
男たちは大歓声をあげた。その声は地面が揺れるのではないかと思うほど大きいものだった。
「ジル様っ⋯⋯やった!」
無邪気な少女のようにその場で跳ねて喜ぶ。ここばかりは気丈に振る舞うことが出来なかったのだろう。
だがジルの勝利を喜ぶものばかりではなかった。
「僕は、僕は、僕はっ」
メルは赤い髪を翻して路地裏へ逃げ込む。おそらく自分だけ逃げてしまったことへの情けなさが込み上げてきたのだろう。
「ジル⋯⋯⋯⋯俺はもっと強くなるよ、魔術の技術も心も⋯⋯」
ヴィルは未だ眠っている女の子三人を担いでから白髪の少女を連れて密かに姿を消した。ヴィルは悔しかった。自分はいつも他人から貰った系統で絶対に安全な戦いをしている、自分は系統を貰って以降一度も傷を負っていない。そんな自分が情けなかった。
「強くなる、もっと、もっと、空が使えなくてもいいくらいもっと強く⋯⋯」
ヴィルはそう硬い決意をした。
「とりあえずは第一段階クリアおめでとう、次会う時までにもっと、もっと強くなれよ、お前にはその素質がある、⋯⋯また会おうぜ、俺の愛しき人よ⋯⋯」
クサナギは少し寂しげな表情を浮かべてから影となってどこかへと消え去った。
さて、ここに記しておこう。英雄ジル・グルーカスの英雄譚、その始まりの物語を⋯⋯
〜二章未討伐魔獣クサナギ〜完
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