第19話 ほこりまみれのプライド

「なんだ、この魔力は」

”ゲート”と呼ばれる移動魔術によってヴィルはグールカス国からここグレイスに来ていた。

「すごい気迫なのぉ、今にも倒れちゃいそうなのぉ」

「全く、こんな程度でビビってるわけ?(わーやばいよこれ、絶対に強いやつだよー、怖いよー)」

「私はずっとヴィルのそばにいる、それ以外のことはどうでもいい」


全くまた来たぜこのクソ男、女を侍らせやがって!なぁんでお前の周りにはそんな可愛い子が集まるんだよ!ジルを見なられよ!あいつ周りに男しかいねーぞ!ふざけやがって!


「急ごう、被害が広がる前に」

「「了解!」」

ヴィルに続いて女の子達が動こうとした瞬間、空から桃色の花びらが優雅に落ちてきた。


「ん、花?」

ヴィルが舞い降りたその花を手のひらに乗せた途端、ヴィル達一行の周囲を大量の花が舞い踊りヴィルたちの視界を塞いだ。

「なんだ!?」

「きゃぁ!なに!」

「ヴィル私の後ろに隠れて」

「み、みんな焦りすぎじゃない?(もー!なんなのよこれ!怖すぎるわ!)」

そしてその花がヴィルたちの周りから散り始めると、ヴィルは目の前に少し茶色に汚れた服を着た少女を見た。


「君は⋯⋯?」

「私の名前はカイナと言います、どうかお見知り置きを」

薄汚く、茶色い服を着た少女はあまりにも完璧な所作で頭を下げた。その背景にはまるでメイドでもしていたかのような雰囲気を感じた。

「君は一体何を⋯⋯もしかしてさっきの花は君のかい?」

ヴィルが馴れ馴れしくカイナちゃんに近づこうとする。はなれて!カイナちゃん!

「⋯⋯はぁ、近寄るな愚図が」

カイナちゃんはドスの効いた声でヴィルを睨む。


「ちょっとあなた!ヴィルになんて口の聞き方を⋯⋯」

「魔術・系統・花・眠り花」

「「あへ〜」」

カイナちゃんに向かってきた三人を魔術を使い眠らせる。三人は膝をおり気持ちよさそうに眠っている。


「ラキ達に何をした」

ヴィルが威圧を込めた声色で問いただす。

「眠ってもらっただけ、10分もすれば起きるわ」

「何がしたいんだお前は⋯⋯」

「聞きたいことは一つ、あなた達はこの強大な魔力の元凶を倒すつもりでいる?」

「当たり前だ、それがフィルマンテ王から託された依頼なのだから」

「じゃあここは通さない」

「なぜ!そんなことをすれば犠牲が増えるだけだ!俺ならすぐに退治できる!」

ヴィルが強気に出て、自分の胸に手を当てそう豪語する。だが悔しいことにヴィルが言っていることは本当である。ヴィルならばもうこれ以上の犠牲を出さずに全てを解決することが出来る。なぜならヴィルは強いから。その圧倒的強さはいつの間にか学園の頂点に至るまでになっており、全生徒から崇拝される存在となっていた。もう学園の生徒達はジルの事など誰も覚えていないのだ。


「はぁ、調子に乗るなよ愚図」

「なっ⋯⋯」

久々に感じる敵意の視線、その視線にヴィルはうろたえる。

「私はこの街の人間がどれほど死のうが関係ない、私はただジル様の成長の手助けをしたい、泥臭いジル様もかっこ悪いジル様もかっこいいジル様も全部全部全部のジル様を見たいだけだ、、、ついてこいお前にジル様の素晴らしさを伝えてやる」

髪をなびかせ、ヴィルに背を向けて歩を進める。


ここにジルがいるのか!?君はジルのなんなんだ?ジルは今何している?そんな疑問がヴィルの頭をよぎった、だがそれら全てを消してしまうくらいにカイナの話しかけるなオーラが凄かった。


仕方なく、ヴィルは眠った三人の女子を担いで、残りの一人の女子もヴィルに続くように歩き出した。


「あれは⋯⋯」

ジルとネズミの戦い、それを遠くから見守るように応援する男達の頭上にある屋根の上で女の子三人を抱えたヴィルとカイナ、そして銀髪の綺麗な女子は血だらけになりながらネズミに必死に抗うジルを見下ろす。


「くっ、魔術・系統炎・延焼っ!」

「きしきしきしゃ!」

ジルの魔術がネズミの皮を燃やした順にネズミは皮を回復していく。

「ハァハァ⋯⋯ぐはっ!」

一瞬で間合いを詰めたネズミの蹴りがジルのみぞおちを突く。

みぞおちをつかれ、ジルは腹から胃液のようなものを吐き出しその場で腹を抱えてうずくまる。

「きしきしきしゃきしゃ!」

その隙を逃すまいとネズミは強烈な体当たりをジルにぶちかまし、ジルの体を優に10メートルは吹っ飛ばした。

「がっ!」

ジルは地面に仰向けで寝そべりながら血反吐を遠方まで吐く。


「きしぃ!」

追い打ちをかけるようにネズミが動き出した瞬間

「くっ、見てられない俺がいく!」

ヴィルが身を乗り出した。それをカイナは手で制す。

「何をするんだ!」

「邪魔をしないで」

「邪魔!?俺はジルを助けようと!」

カイナの言葉がまるで理解出来ず声を荒らげる。それを見たカイナが大きくため息をこぼす。


「ジル様を舐めるないでください」

カイナがジルの方向を指さす。それに従いヴィルもジルがいる方向に視線を飛ばす。


「ハァハァ」

高速で頭を蹴られたジルは意識が朦朧となり、視界は揺らいでいた。

「きしきしきしきし」

ネズミは血が滴る口を醜く大きく開け鋭利な牙を見せる。

「ハァハァ、ハァハァ」

ジルは明らかに弱っておりもう既に立つことすら出来ず作りかけの壁にもたれかかっていた。


「きしきしきし!!!!」

ネズミは笑いながらジルに近づき、そしてジルの前に立った。

「ハァハァ」

「きしゃぁ!」

ネズミはここぞとばかりに前足を出してジルの体を掴み捕食しようと口を大きく開けジルの頭に向かって頭を突き出した。


「ハァ、待ってたぞこの瞬間を、ふん!」

ジルは近くに落ちていたレンガを拾い、腕にくい込んだネズミの手を傷も厭わず振るいあげそしてネズミの右目を潰した。

「きしゃぁ!」

そして間髪入れずにもう片方の目も潰した。その痛みからか掴んでいた前足をとき地面にのたうち回り始めた。


「きしゃぁ!きしゃあ!」

ジルはネズミが苦しみ悶えている隙に大きく空いた口の中に手を当て

「魔術・系統・炎・延焼」

「きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

そう詠唱した。炎はネズミの中を駆け巡り中から燃やしていった。サソリと戦った時と同じような戦法だ。


「ハァハァ、俺の勝ちだ」

ジルは疲れからネズミが燃えている横で大の字に横になった。


「きしゃ、きしゃぁきしゃぁぁぁぁぁ!」

「なっ」

だがジルの思惑は外れネズミは体内の損傷さえも直し再び立ち上がった。

体内の炎は完全に消え、潰した両目も治っていた。


「まずっ」

そして横になっていたジルがそんな異常事態に対応できる訳もなく再び蹴り飛ばされた。

「がはっ」



「ジル⋯⋯」

ヴィルはジルが必死に戦う姿に見入ってしまっていた。

「あれがジル様です、かっこいいでしょう?」

そう言ったカイナの顔は子供が親に自分のおもちゃを自慢するような可愛らしい笑顔だった。


「ジル様はあなたに負けて、そしてさらにクサナギから逃げてしまった、この二つの出来事はジル様のプライドを深く傷つけた」

カイナは喋りだし、ヴィルは黙り込んでカイナの話を聞く。

「ジル様は悩んで葛藤して、そしてジル様はきっとお決めになったのでしょう、強くなると、たとえそのプライドが自身の体が埃まみれになったとしも」

「私はそんなジル様が大好きです、負けず嫌いのジル様も人間味溢れるジル様もたまに優しいジル様も、全部全部大好きです」

「だからどうか、負けないで⋯⋯」

カイナは最後にはヴィル達がいないかのように自分の世界に入り、両手を合わせそう願った。


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