第15話

「あぁジル様ぁ、好きですぅ」

赤く染った頬を押さえつけ、荒く息をする。

カイナはグレイスにある一軒家の屋根のうえにてクサナギとジルとの一部始終を見ていた。


「クサナギの前から逃げようとした時はどうなるかと思いましたが、結果としては上々で安心しました」

カイナの橙色の髪が風になびく。目にかかった髪を掻き分けるカイナの姿はどこか様になっていた。


「いつ成るんでしょうね、成長が楽しみです」

おもちゃを貰った子供のように嬉しそうな表情でボロボロのジルを魔術・ジルの花言葉を通して見る。そのために距離は遠く、およそ三キロはあるだろう。


「ん?」

そこでカイナは違和感に気づく。ジルの元を離れたときクサナギがこちらを見たような気がしたのだ。

「⋯⋯気のせい?」

その違和感を残しながらもジルを迎えに行くために立ち上がった瞬間⋯⋯

「っ!」

ドオォォォンという何かが破裂したような音と共に、気づけばカイナの目の前にクサナギがいた。クサナギは一瞬で距離を詰め、カイナに拳を突き出していた。

カイナはその強烈な一撃を両手で必死に受け止める。


「ほぅ、やっぱやるなお前、武装使えんのか、はっ飛んできた甲斐があったわ」

クサナギは少し意外そうに目を開いてから白髪をなびかせながら屋根に降り立つ。

「クサナギですね」

「あぁそうだクサナギだ、様をつけろよ」

クサナギは相手を煽るような口調で喋る。この横柄な態度はクサナギだから許されるのだ。クサナギ以外のそこらの魔獣がこんな態度をカイナにとれば一瞬にして灰燼に帰していたであろう。


「私はあなたを許していませんよ」

カイナは現れたクサナギに対して戦闘の構えをとる。

「ん?それはまたなんで」

「ジル様を傷つけたからに決まってる、そしてよくもジル様の唇に!」

「はっ!お前、そんな嬉しそうな笑顔を浮かべて言えたことかよ」

「っ」

思わず、自分の口を押さえつける。


「お前も大分イカレてんなぁ」

「私はイカレてなどいない」

「はんっよく言えたもんだなぁ」

「⋯⋯お前の目的はなんだ」

鋭い眼光を向けるとクサナギは頭にはてなマークを浮かべ腕を組んで考える。


「うーん、俺が地上に来た時目的は人を殺すことだった、けどそれはすぐに飽きた、次に英雄を探そうとした、数百年前のあいつらみたいな勇敢なやつを⋯⋯だがそうそう見つかるもんでもなくてよぉ、諦めようとした時にあの小僧に出会った。」

「そして俺は決めたよ、あの小僧を英雄にすると」

「⋯⋯⋯⋯その考えには賛成です、私は私の主人であるジル様が世界中のどんな人間よりもかっこいいんだよって証明したいから」

「くっくっくっなら利害は一致する、俺と手を組もう」

クサナギはカイナの前にその細く白い手を差し出す。その手を意外なことにカイナは振り払った。


「手は組みません、ですが邪魔もしません」

「それでいい、邪魔したな」

にかっと白い歯を見せてからクサナギは屋根から降りてどこかへと消えていった。

「はぁ、はっはっはっ」

クサナギが消えた途端糸が切れたかのようにカイナはその場に崩れ落ちる。

(別格だった、あれには勝てない、私じゃ絶対に⋯⋯)

「全く、激動の時代に生まれたものです」

カイナはこれから起こるであろう激的な時代の変換と社会の動揺を予想し、大きくため息をついた。



「生きて、る?」

俺は確かに心臓を刺されたはずだ。その痛みも口から吐き出された血も見たはずなのになぜ何事も無かったかのように俺は生きているんだ?

「違う、俺が生きてたのなんてどうでもいい⋯⋯」

クソ⋯⋯

「負けた⋯⋯また」

夕暮れに染った天を仰ぐ。

「何が四大魔獣の討伐だ、あんなの倒せるはずがないだろう⋯⋯」

「メルにあんなこと言ったくせに俺は弱いままだった」

腑抜けていたのだろう。リートンに啖呵をきったはいいものの、案外酷いものではなかったグレイスの現状にあぐらをかいていた。緩んでしまっていたんだ。

⋯⋯だから負けたんだ。

「俺は、どうすれば」

目を自分の手で覆い隠す。


『ジル様は私にとって100点満点の王子様なんですから』


「っ、そうだな思い出したよ」

俺はあいつにとっての王子様になれればそれでいい、それ以外はいらない。あいつはクサナギに負けた俺になんて言うだろうか、決して良い印象ではないことだけは確かだ。


「いつか必ず、お前に勝つぞクサナギ」

生きていたのは幸運だった。きっとこの命はクサナギとそしてヴィルにリベンジするためのものだ。

「絶対に強くなってやる」








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