第14話 英雄への一歩

「おいヴィン」

「なんでしょうか父上」

豪華で輝かしいシャンデリアが吊るされた一室。その中心にフィルマンテ・グルーカスは座っていた。その彼の前にはヴィンセント・グルーカスが立っている。

「ジルに暗殺者を送ったのか?」

「⋯⋯はい、送りました。なにか不満なことが?」

「いや、不満なのではない不安なのだ」

「と言うと⋯⋯」

するとフィルマンテはおもむろに立ち上がり窓際に佇む。遠くを見るその顔はどこか怯えていた。


「魔術師の心臓を刺してはならない、この言葉は知ってるな」

「?、はい皆が学校て習う迷信ですよね」

「ふむ、今の時代ではそうなっているのか、この言葉には続きがあってな魔術師の心臓を刺してはならない、人では無くなってしまうから、魔術師の心臓を潰してはならない、損をするのはきっと心臓を潰した君だから⋯⋯」

「なかなかユーモアのある迷信ですね」

ヴィンセントは鼻で笑うように答える。


「⋯⋯そうか、時代は変わったのだな、行っていいぞ」

哀愁漂うもの悲しげな顔でフィルマンテはそう放った。

「はい、では失礼します」

「あ、いや少し待て」

部屋から出ようとするヴィンセントを引き止める。

「一つ聞こう、お前が送った暗殺者はジルを確実に殺したのだな?心臓を刺さずに」

「おそらく、父上の言葉を知らないわけがないので無意識的に心臓は刺さないはずです、ですが途中で邪魔者が入りどこかに逃げられてしまったようです」

「はぁ、もう良い行け」

「⋯⋯失礼します」

大きくため息を吐いてからフィルマンテはヴィンセントを追い出した。そして深く頭を下げてから部屋を出たヴィンセントを見てから落ちていく日を細い眼差しで見つめる。


「嫌な予感がする、原因はおそらく⋯⋯あいつだろうな」

ジル・グルーカスは優秀であった。兄であるヴィンセント・グルーカスよりも魔法の腕は上だったし、貴族としての誇り、そして何よりも鍛錬を怠らなかった。


普通なら兄の方を王にするのだがヴィンセントは面倒くさがりやで貴族としての誇りも欠片ほどしかない。自分の欲を満たすので精一杯になっている。だからこそジルを王にしたいとフィルマンテは考えていた。

あの事件が起きるまでは⋯⋯


「あんなでかい舞台を用意したのもヴィンセントだろうな⋯⋯はぁ予感が当たらなければいいが⋯⋯」

フィルマンテは心からジルの死を願っていた。あいつは危ないと体全体が警鐘を鳴らしていたのだ。

「成り上がりなどくだらないことをするなよジル」

ジルへの恐怖心からその言葉は驚くほどなめらかにフィルマンテの口から零れた。



「⋯⋯⋯⋯」

クサナギはジルから取り出した心臓を投げ捨て、しばらくジルの体を見る。

「うーん、やっぱダメか〜」

クサナギはまるで動かないジルの体を見て大きく肩を落とす。

「まぁ俺が求める英雄がそう簡単に見つかるわけないよな、次のやつ探そっと」

クサナギは見捨てたように冷たい表情を残して白く綺麗な髪を翻した。


「待てっ」

「ん?」

後ろから声がした。それはか細く今にも消え入りそうな声だった。しかしその声は不思議とクサナギの耳に確かに届いていた。

「俺はまだっ負けてない死ぬ訳にはいかない」

ジルは立っていた。鋭い眼差しをクサナギに向け、産まれたての小鹿のように震える足で必死にその場に立っていた。傍から見れば滑稽な姿だろう。だがクサナギの評価はまた別であった。

「⋯⋯⋯⋯」

(俺の剣は確かにこいつの心臓を貫いたはずであればなぜ⋯⋯)

「ふっ、やはり答えはひとつか」


人間の体を巡る魔力は心臓を中心にして流れている。ではその心臓を壊してしまったら?無論普通の人間は死ぬ。だが意志の強い者、やり遂げたい夢がまだ現世に残っている者に魔力は呼応する。心臓は再生され、人とという域を超え始める。


「お前は成ろうとしているのか英雄に」

クサナギは笑みを零す。クサナギはまるで数百年前に相対した英雄ともを見ているかのような錯覚に陥っていた。

「殺す、お前も、ヴィルも!」

「なるほど、相当な負けず嫌いみたいだな」

見ればジルの胸の辺りから、稲妻のようなものがほんの少し立ち上っていた。


「だが惜しいな、まだ成りきれていない、そして体もその変化についてきていない⋯⋯」

「がっ!」

突然糸が切れたかのようにジルはその場に倒れ込んだ。気持ちよさそうに息をしている。

「なんだいるじゃないかこの時代にも、俺を倒せるような人間が」

クサナギは濡れた自分の股を押さえつける。


「おっと流石に興奮しすぎたな、ふっ、待っているぞ負けず嫌いの英雄」

クサナギは邪悪に口角を上げてから、ジルの唇に熱いキスをして、自らの火照った体を抱きしめる。

「必ず俺を殺しに来い、その道は俺が作ってやる」

そしてクサナギは路地の闇に姿を消して行った。








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