第13話 圧倒的強者
日がてっぺんにのぼり、ジリジリとした暑さが増した時間帯の路地裏、汗を顎に貯めながらメルを追っていた所、メルはいきなり振り返り俺の方を見た。
「おい、なぜついてきている」
「バレていたか」
やはり尾行というのは難しいな。仕方なく、物陰から姿を現す。
「当たり前だ、僕がそんなバレバレの尾行に気づかないはずないだろう、で?なぜついてきた」
「俺はお前に興味なんて無いがリートンから頼まれたもんでな」
「⋯⋯ボスが⋯⋯ボスはなんて言っていた」
メルは眉をへの字に曲げて少し悲しそうな表情を見せる。信用してくれなかったことがショックなのだろう。
「お前のことが心配、だと言っていたぞ」
「⋯⋯なんで、僕はただボスの役に立ちたくて」
メルは言葉も途切れ途切れに下唇を噛んだ。
「そのボスに心配をかけてるんじゃ世話ないな」
煽るように罵るように、相手の神経を逆撫でするような言葉を浴びせた。
「くっ!貴様!」
がっと胸ぐらを捕まれ、鋭い赤い瞳を向けられる。
「なんだよ、文句でもあんのか?」
我ながら子供っぽいとは思う、だけどあれだけバカにされると黙っちゃいられないからな。
「舐めやがっ⋯⋯」
「いやぁぁぁぁぁァァァッ!」
メルが拳を振り上げた瞬間、近くで女性の金切り声が聞こえた。メルは拳を下ろして身を翻し、声の元へと一直線に走っていった。俺もメルに続いてその声の元へと足早に向かった。
「これは⋯⋯」
だが、そこには既に誰もいなかった。あったのは地面に染みたまだ真新しい血だまりだけだった。
「食われたか」
とメルが口にする。
「食われただと?」
「あぁ、この街グレイスの地下には大量の魔獣が存在すると言われている、そいつらはたまに地上に出てきて俺ら人間を喰らうんだ」
「なぜ、そんな危険な存在を今まで無視してきたんだ」
「んなもんお前もわかんだろ、俺ら奴隷やちょっと魔術が使える程度の人間じゃ何も変えられねーんだよ」
「諦めるのか?」
「あ?」
「そうやって何もせず諦めるのかと聞いているんだ」
「てめぇはいちいちムカつく奴だなぁ!」
メルは勇ましい顔つきで再び俺に詰め寄る。その顔はどこか悔しそうだった。自分が無力だとわかっていながら、いつかこんな自分にも貴族みたいな力がでてくれるんじゃないかとなにかに期待しているそんな顔。俺はグルーカス家にいた頃こんな顔をした奴らをなぶって、貶して、唾を吐きかけていた。まるで人間を扱うような態度では無かったと思う。実際あの時の俺は人間だとは思っていなかった。だからこそ平民であるヴィルに負けた時⋯⋯悔しかった。
「俺はお前みたいな人間が嫌いだ」
「僕もお前みたいな人のことを考えない人間は嫌いだ」
「⋯⋯だからお前はダメなんだ、メル。お前は弱い、それを認めろ、でなくては強くはなれない。他者に期待するな、自分だけを見ろ自分が一番だという自負を持て、お前は今どん底の環境にいる、ならどんな泥水でもすすって見せろ、そうしなければノアにも会えないぞ」
「!、何故それを!」
メルは驚愕したように目を見開いた。
メル、こいつについてはカイナに調べてもらっていた。そして調べていくうちにこいつが失われた都市アルカディア出身だということが分かった。アルカディアは10年前までこの大陸で栄華を誇っていた史上最大の国であった。だがアルカディアはある一人の魔女によって滅ぼされてしまった。その魔女の名前はノア、そしてアルカディアの全てを燃やし尽くした彼女はその強さから人の身でありながら未討伐魔獣の称号を手に入れた。
「お前もノアを悪いやつだと思っているのか?」
メルは試すように俺の顔を覗き込む。この反応からしてやはりノアと何らかの関係があったようだな。
「思っている、なにせあのアルカディアを一人で滅ぼしたのだそんな奴が悪いやつ以外の何者なのだ?」
「⋯⋯何も知らねぇ屑野郎が」
軽蔑したように冷たい瞳を俺に向けてからメルは路地裏に消えていった。おそらく先にリートンの頼み事であるリドの安否確認に行ったのだろう。
「やはり何かあるな⋯⋯」
一人残った俺は血溜まりを見る。もう時間が経っていたこともあり血は乾燥していた。おかしい、なぜここだけに血溜まりが⋯⋯。
「お前さんは誰だい?」
瞬間、全身の身の毛が逆立った。圧倒的強者が持つその雰囲気に冷や汗が止まらなかった。突如止まらなくなった動悸と荒くなった呼吸をしながらゆっくりと後ろを振り向く。
「!お前、それは⋯⋯」
「ん、これか?お前さんの知り合いだったか?そりゃすまんなぁ、楯突いてきたから殺しちまったよ」
驚くほどに綺麗な白髪が薄暗い路地裏に輝く。人目見れば誰でも惚れるようなその青色の瞳、綺麗な鼻筋、そして凹凸がはっきりとした美しいスタイル、その完璧な容姿はこの場所において圧倒的に輝いていた。もれなく俺も一瞬気を持っていかれそうになった。だがその女が手に持っている首がリドのものだと分かった瞬間、そんな思いは一瞬で吹き飛んだ。まだ生々しくリドの首から血が滴る。リドの目は殺されたときのまま膠着しておりその視線はこちらを見抜かれているようだった。
「そんな、理由で⋯⋯」
「なんだぁ?俺が気に食わねぇのか?ならかかってこい」
「⋯⋯っ」
今すぐにでもこいつを殺してやりたい、だけど俺の足は言うことを聞いてくれなかった。
「なんだ?怖いのか?」
あぁ怖いよ。そんな気持ちが俺の心の中を渦巻く。クソ、情けない。成長したはずなのに俺はまだ負けるのが怖い。こいつには絶対に勝てない、それが分かってしまったから⋯⋯⋯俺は俺のプライドを傷つけるのが怖い。
「随分と弱腰だなぁ、あいつらみたいに勇敢にかかってこいよ」
そいつはリドの首を投げ捨て少し不満気に眉をひそめた。
「誰なんだ、お前は⋯⋯」
「あー?俺を知らねぇのか?いいだろう名乗ってやる、俺の名前はクサナギだ。様をつけろよ雑魚」
クサナギ!?クサナギと言えば未討伐魔獣の一体じゃないか。けどあいつはどこかで傷を癒していたはず、そうかその場所がここだった訳か。地下の悪魔という噂もおそらくこいつのことだろう。刻刻と傷を癒していたのか。まさかこんな所でお会いするとは。
「俺の名前はグルトンだ」
「あっそ、もうお前に興味ねーからすぐに忘れるわ」
逃げよう、死ぬよりはいいはずだ。そうだ、これは戦略的撤退だ。ビビってるわけじゃない。
「お前の目的はなんだ?」
少しずつ後ずさり、大通りを目指す。
「んーそうだな、あの時の英雄はいなくなったようだし、適当に人を殺していくとしようか、そうすりゃこの時代の英雄も現れるだろうよ、知ってるか?英雄との戦いってなチョーアガるんだぜっておい逃げんなよ」
逃げろ逃げろ逃げろ。全力で足を動かせ、情けなくていい、カッコ悪くていい。大丈夫だ、あいつはいつか殺せる。それまでの辛抱だ。そう自分に暗示をかける。だが⋯⋯
「がっ」
「だせぇなお前、まぁいいやお前も私の糧となってくれ」
俺の心臓は完全に貫かれた。激しい痛みが俺の体を走り回る。口から血が溢れ出て鉄臭い匂いが口を覆う。
なぜだ⋯⋯かなり距離はあった、なにか行動を起こせばすぐに気づく自信もあった。だがクサナギはノータイムで近づいてきたのだ。一瞬であの50メートルはあった距離を縮めてきたのだ。
「がはっ」
クソ、意識が朦朧としてきた。このまま死ぬのか俺は⋯⋯
「安心しろよ、お前みたいな雑魚の体でも沢山集まればその分英雄が現れる確率は上がる。チリツモだチリツモ」
「クソ⋯⋯」
「じゃあな」
また俺は負けた。メルにあんなことを言っておいて、最後は敵に背中を向けて死ぬとはな⋯⋯⋯⋯納得いくかよ、こんな、こんな情けない⋯⋯カイナ。
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