第7話 カイナ

黄金によって光り輝く廊下を疾走する一人のメイドがいた。カイナである。彼女は必死に走り回り近くにいた他のメイドの肩を掴む。

「ジル様はどこにいるの!」

「えっと私はその⋯⋯知りません」

目を泳がせながらそう言う彼女は明らかに何かを知っていた。

「言いなさい」

カイナはそのメイドの腹に隠し持っていたナイフを当てる。

「で、ですから私は何も!」

「じゃあ死ね⋯⋯」

「ひっ!言います、言いますから!」

それに怯え、そのメイドはジルに何があったのかを伝えた。


「っ!ジル様!」

「ちょっ!カイナさん、仕事は!?」

「やめる!」

「えーーーー!」

すぐさま身を翻しその場を後にしたカイナの心がメイドには分からなかった。

この世界は格差が激しい。奴隷は言うまでもなく、普通の市民さえ貴族達と比べたら余りにも質素な食事をしている。そんな格差社会の中でメイドという役職はかなり高位にあるものだ。数々の美人の中の美人だけが選ばれる少数精鋭のメイドという役職はちょっとやそっとで投げ出していいものでは無い。


だが、カイナはそれを捨てた。それも没落した王族のために。これは狂気の沙汰と言ってもいい。だからこそそのメイドはカイナの行動が理解できなかったのだ。



「という感じで私はジル様を探す旅に出たのです」

「⋯⋯改めて思うがすごいなお前」

家にいた時より少し雑に紅茶を啜る。


「いえいえ、そんなことは⋯⋯」

「いや、褒めては⋯⋯ふん、違うな、カイナよ、よくやった褒めて遣わす」

紅茶をテーブルの上に置いて、足を組み胸を張る。こんなものは見栄だ。今の俺はただのジル、権力も何も無い弱者だ。だからこそより気丈に振る舞わなければならない。カイナの前で情けない俺は見せたくないからな。


「ありがたきお言葉、ところで」

「ん?」薄茶色の服の裾を持ち上げ、一級品のお辞儀をした後に、体を持ち直しテーブルを挟んだ向こう側の椅子に座る。


「ジル様はこれからどうするおつもりなのですか?ちなみに私はジル様の選択に従うつもりでいます、ジル様がやろうとしていることを私が今まで溜め込んだ資金が尽きるまで全力でサポートします、なので教えて欲しいのです、ジル様が今一番やりたいことを」

「俺がやりたいこと⋯⋯俺は、強くなりたい、強くなるための何かをしたい、けどそのためにどうすればいいのか、何をすればいいのか分からない」

家にいた時は父上にやれと言われたことをやっていただけだった。それだけで強くなれたから、だけどそれじゃダメなんだ⋯⋯それじゃあいつは抜かせない、それは分かっている。

「では私から提案があります!」

するとカイナが待ってましたと言わんばかりに胸を張って答える。


「なんだ?」

「未討伐魔獣達を倒しましょう!」

「なっ!?本気で言っているのか?だとしたら世迷言だぞ」

未討伐魔獣、それは過去の英雄や豪傑達が束になって挑んでも勝てなかった化け物達だ。その数は五体であり、封印されているもの、戦いにより傷を負って身を隠しているもの、自由に人を殺しながら生きているもの、と色々だ。

だが、その実力は本物で奴らがその気になればいつでも世界は滅びるであろうと言われている。

いくら実践が大事だど言ってもそんな奴らを相手にしていれば死ぬ確率が格段に跳ね上がる。


「もちろん、すぐにとは言いません、奴らは化け物ですから、なので私がジル様を強くするための修行をつけたいと思います」

「お前がか?」

「はい、私こう見えて結構強いんです」

大きな胸を張って自信満々に答える。

「ふっ、そうだったなそう言えばお前は随分特殊な魔術を使っていたな」

「はい!ですから修行を⋯⋯」

「⋯⋯それはダメだ」

カイナの顔が見えないように俯く。

俺のプライドが許さないから、もうカイナにかっこ悪いところは見せたくないから、そんな気持ちが俺の中を渦巻く。

もうカイナに失望されたくないんだ。弱い俺を見せたくない。


「ジル様、この花の首飾りを覚えていますか?」

そんなカイナの優しい声と共に俺は再び前を向く。カイナの綺麗な青色の瞳と目が合う。

「あぁ、最近思い出したよ」

「これは私にとってとても大事なものなのです」

「俺にとってはそうでもないがな」

「ジル様はそうかも知れませんが私は違います、この花の首飾りは墓場まで持っていこうと思っているほどですから」

「バカか、そんなもの早く捨てればいいものを」

「最初、ジル様に会った時、すごく嫌な奴だなって思いました」

「貴様、随分正直に言うな」

「だって本当に嫌な奴だったんですもん、けど関わっていく時間が増えていくと気づきました、あぁ、この人可愛いなって」

「き、貴様、俺を舐めているのか?」

なんなんだ、今日のこいつは少し様子が変だぞ。

「舐めていませんよ、あまりにも私の表情を崩そうとしてくるジル様が可愛くってたまらないって話です、そんなジル様を見てたら私まで絶対に表情を崩さないようにしてましたもん」

「そうまさに、ジル様と私の戦いだったんです、ですがあの花の首飾りは予想外でした、流石の私もお手上げでしたよ」

やれやれと言った感じで両手をあげる。

「ジル様はもしかしたら私に失望されるんじゃないかって思っているかもしれませんがそんな心配はいりません、だってあの日からずっと、ジル様は私の100点満点の王子様ですから」

そう言ってカイナは満面の笑みを見せる。あの時、花の首飾りをあげた時みたいな綺麗な笑顔だった。こいつは本当に⋯⋯


「⋯⋯未討伐魔獣の討伐など俺にできると思っているのか?」

「あなた様にしか出来ない偉業だと思っています」

カイナはなんの躊躇いもなくそう言いきった。

「ふっ、貴様がそこまで言うのならやってやる、俺を強くして見せろカイナ」

答えよう、カイナの期待に。


「はい!そしてあの農夫の息子を見返してやりましょう」

「そうだな、あいつにも借りを返さないとな」

ふむ、随分やることが増えてしまったな。だがやはり最初にするべきことは⋯⋯


「金を貯めるか」

「ですね!」

実際この問題はかなり深刻だ。ちゃんとした服、ちゃんとした剣、それらが完璧じゃないと未討伐魔獣など到底倒せない。こんなボロボロの布程度では相手にもされないだろう。それにこの宿に泊まれているのもカイナの金のおかげである、それは俺にとって屈辱なものだ。まさか俺が養われるようになってしまうとはな。


「だが、どうするか、、俺は指名手配をされている、普通の仕事には就けない⋯⋯」

「そんなこともあろうかと、町に貼ってあった違う国の広告を全てとってきました!」

「おぉ!よくやったぞカイナ」

「うへへ〜」

するとカイナは見せびらかすように多くのチラシを広げる。

中には”葉っぱを渡すだけで100万ノルト”、手袋を落とすだけで50万ノルトや”弱〜い魔獣を倒すだけで2000万ノルト”など余りにも怪しい広告もあった。

そんな違法の匂いがする広告に顔をしかめながらいい仕事は無いかを探す。すると視界の端に”一緒に家を作ろうぜ!!犯罪者でも指名手配犯でも脱走奴隷誰でも大歓迎だ!俺たちと一緒に働かないか?”と書かれたチラシを見つける。

俺はそのチラシを無意識に手に取っていた。


「あ、それはやめといた方がいいと思いますよ」

「なぜだ?」

「その働き場はスラム街にあるそうです、あなた様が行くような場所ではありません」

「なるほどな」

スラム街、それはゴミの掃き溜めと言われている所だ。奴隷、犯罪者、そのような憎悪の塊が集まる場所、それがスラム街だ。

絶対に行きたくはない。だが不思議とこのチラシを手放せないでいた。


「いや、ここを受けよう」

「!、それは!⋯⋯っジル様の決定ならば私は何も言いません」

そうカイナは言うものの、明らかに納得出来ていないようだった。

「不服か?」

「いえ、そんなことは⋯⋯あります⋯⋯」

苦し紛れに小さな声でそうつぶやく。

「ふっ、正直だな、理由は無いが何となくここを受けてみたかったのだ、許せ」

「⋯⋯はい」

苦し紛れにカイナは引き下がった。そして俺達はスラム街”グレイス”に向かって動き出した。









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