第4話 プライド

太陽がてっぺんに昇る正午頃、城下町はその日一番の賑わいを見せる。人は大通りを歩き、出店の商品に手をつける。大道芸をするものもおり、多くの人が拍手をおくっている。そんな最中一つの果物屋の前に黒の布を顔にまきつけた男が現れる。

「なんだい兄ちゃん、こんな暑い日にそんな布を被って暑くねーのかい?」

気前の良さそうな快活なおっちゃんが笑いながらその男の突飛な格好に意見する。


「魔術・系統・雷・微雷」

男がそう口走ると細い糸のような電波がおっちゃんの頭を突き抜ける、瞬間おっちゃんは気を失い力なく後ろにあった木製の椅子に背中をぶつけながら荒々しく座る。


おっちゃんが気を失ったことを確認した黒の布を巻き付けた男はりんごを二個とオレンジを一個持ち、その場を去った。


そして数分後、おっちゃんは目を覚まし自分がさっきまで誰と話していたのかを完全に忘れており、辺りを見渡して状況を確認しようとする。そんなおっちゃんの元に先程の黒の布を被った男とは別の普通の男が「りんごを一つ」と注文したところでおっちゃんは(なんだったんだ?)と思いながらもりんご一つをその普通の男に手渡した。



「くそっ!くそっ!くそっ!」

黒い布をはぎ取り、人目につかない路地裏で奪ったりんこにかぶりつく。

「⋯⋯なんで俺がこんな盗人のようなことをっ!」

バンッと壁を殴る。殴ったことで拳から血が出るが気にかけない。


このような生活を初めて二週間が経った。俺を探している暗殺者に何度か遭遇しそうになっては逃げ回り、このような人気のない路地裏で夜を過ごしてきた。こんな薄暗くて陰気臭い場所の吐き気がするような異臭の中で毎日毎日、飯を食っていたのだ。この俺がだっ!


「なめやがって、俺は第二王子のジル・グルーカス、だ、ぞ⋯⋯」

そして今日も同じように壁にもたれかかり、沈むように眠った。



「ようやく見つけたぞ、手配書の通りだ」「あぁ、これがジル・グルーカスか、ふん随分可愛い顔してんじゃねーか」「どうする、誰が首を切る?」「お前がやれよ」「いやお前が⋯⋯」

気持ちよさそうに眠っているジル・グルーカスを数人の男達が囲っていた。男達はここら辺で出没する怪しい黒い布の男を追っていた人間達であった。


「仕方ねーな、んじゃあ縛って突き出すだけにしとくか」「ああ」「そうだな」「うっひょ、これだけで1000万ノイトかよ」

すると男達は持参した縄でジルのことを巻き始める。だが、だいぶ乱暴にされてもジルが目を覚ますことは無かった。それだけ疲れていたということだろう。


「これでよし」

集団の一人が縄で縛られたジルを担ぎあげる。

「ん、なんだ貴様ら!」

すると爆睡していたジルが目を覚まし、縄を解こうともがく。

「やべっ!起きちまったぞ!」「だからあの時首を切っていれば!」


(こいつら俺の首目当ての奴らか!クソ、油断した!)

「魔術・系統・雷・雷電風」

瞬間、ジルから四本の雷が飛び出ることで縄は焼ききれた。


「やばい、逃げろ!」

「逃がすものか、全員殺してやる」

縄が一瞬で破られたことに驚愕を隠しきれなかった男たちは背を見せて一目散に逃げ始めたがそんな男達の首はジルの鉄製の剣によってもれなく全員飛んでいき、血の円を描いた。


ジルの紅蓮に染まった瞳と青色の髪に飛び散った血がつく。

「はァ、はァ⋯⋯寝るか」

どっと疲れたからか、再び壁にもたれかかる。

「見つけたぞ、ジル・グルーカス」

「っ!?」

その余りにも高圧的な声が聞こえたと同時にジルは目を覚まし、鉄の剣を持つ。


「やはり生きていたか、安心したぞ」

ジルの前に現れた男は黒いターバンに、タイトなスーツを着込んだ動きやすそうな服装をしていた。

「はァ、くそまたか⋯⋯」

「ふっ、じゃあなジル・グルーカス、魔術・系統・風・狂風」

ジルの体を強烈な衝撃が襲う。その衝撃によってジルは路地裏を抜け大通りに出る。


「ほう、風が出る前にその剣で抑えたか」

したり顔で路地裏から顔を出した黒づくめの男にジルはしかめっ面を示す。

「なめやがって、魔術・系統・雷・雷電風」

四本の雷が黒づくめの男を襲う。だが、黒づくめの男は「魔術・系統・風・柔風じゅうふう」と呟き、四本の雷は全て黒づくめの男を避けた。

「魔術・系統・草・森の家」

立て続けに同じ黒づくめの男がそう唱えるとその男を中心としてジルを取り囲むように森が形成され始める。


「くっ、魔術・系統・雷・雷光」

野太い光が閉じ始めた森の出口に向かって突き進む。そしてその光は閉じ始めた森に当たった瞬間、弾けとんだ。辺りには霧散した光が散らばる。


「もう逃げられないぞ」「やっとだ、やっとあの方の命令を果たすことができる」

黒づくめの男達はこの状況に楽観的思考を持ち込む。絶対に勝った。やっと目的を果たせる。そんな考えだけが彼らを支配していた。だからこそ不意打ちが通用する。

「魔術・系統・雷・神雷」

先程の一筋の雷の完全な上位互換とも言えるその巨大な光は一瞬にして黒づくめの男達を飲み込んだ。


「なっ!」「やばい!」「逃げっ!」

男達の断末魔は最後まで聞こえなかった。そしてその余りにも強大な威力からか、作られた森は燃やし尽くされた。

「はァ!はァ!はァ!」

(危なかった、この技が決まっていなければ、確実に負けていた)

「はァ、はァ!」

ジルは動悸が止まらず、肺から湧き出る息を止めることができない。体全体から汗が吹き出て、あまりの疲れから地面に膝をつく。

「⋯⋯帰ろう」

四つん這いになりながらもジルは動き出す。だが絶望はまだ終わっていなかった。

「絶対に逃がさんぞジル・グルーカス」

「⋯⋯な、ん、で」

焼け落ちた森から現れたのは新たな黒づくめの男達だった。

「お前を殺す」

「くっ!?」

ジルから遠くにいたはずの黒づくめの男の一人はジルに一瞬にして近づき、剣を振る。その剣をジルは己の剣で受け止めるが、ジルの剣はそこまで高価なものではなく、対して黒づくめの男の剣は上等なものだったためジルの剣は粉々に破壊された。


「魔術・系統・雷・爆雷!」

黒づくめの男の切返しによってジルの首に迫った刃はジルの魔術によって防がれた。

「やるな、では!」

すると近づいた男は一旦後退し、仲間がいる方へと戻る。

「合成魔術・系統・水・炎・草・奥義鳳凰の舞」

(大人数での合成魔術か!)

三人の黒づくめの男達から出現したのは巨大な炎の鳥であった。炎の鳥はその場で踊るようにして炎を撒き散らす。

(これは防げん!)

ジルは目の前まで迫っていた炎の玉を両手を交差させて防御する。炎の玉がジルに直撃したことで腕は爛れ、全身に火傷を負い、意識を保つのがやっとであった。

「はぁ、はぁ、もう、やめてくれ、頼む、命だけは助けてくれ」

ジルは最後の力を使い、その場で土下座をする。

「はっ、珍しいな、プライドが高いことで有名なジル・グルーカスさんが俺らみたいなならず者に頭を下げるとは⋯⋯」

無論、ジルは死ぬまで徹底抗戦をするつもりだった。だが最後の最後でジルが大事にしたのは自分の命だった。

「無様だな」

黒づくめの男によって頭を踏みつけられる。それでもジルは抵抗などしない、いや、出来ないのだ。もう何をする力も彼には残っていない。

「だが、ごめんなぁ、お前の首を取ることが命令なんでねえ」

「⋯⋯そんな⋯⋯なんで、こんな酷い⋯⋯」

ジルの瞳からは涙が溢れ、死の恐怖から尿も漏らす。大切にしていたプライドを捨ててまで行った土下座は一蹴されたのだ、無理もない。

「ギャハハハハハハッ!」「ダッセー!」「これが本当に王子かよwww」

ジルには泣き続けることしか出来なかった。

「じゃあな、ジル・グルーカス」

「あ、あ、あぁ」

黒づくめの男の横凪の剣はジルの首を刈り取る筈だった。


だが、実際は唐突に現れた花の防護によってジルの首は守られていた。

「あァ!?なんだこりゃ!」

「おい貴様ら、私の主に何をしている」

「あァ!?」

男達は一斉に声が聞こえてきた方をむく。メイド姿のシルエットに光が指す。そう、そこに居たのは⋯⋯

「⋯⋯カイナ」

「お迎えにあがりましたジル様」

その声が今の俺にとって何よりも嬉しかった。









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