第3話 指名手配

「ジル、お前を勘当とする二度とこの家の敷居をまたぐな、たくっこの役立たずが」

「⋯⋯はい」

父上の私室に呼ばれた俺はたった今、グルーカス家の息子では無くなった。

辛く、苦しい、初めてだこんな気持ちは。


力なく父上の、いやフィルマンテ国王の私室のドアを開ける。

「よぉジル!」

「がっ!」

私室から出た瞬間、横から強い衝撃が加わる。


「なんでしょうか、ヴィンセント様」

膝まづき、ヴィンセント次期国王に頭を下げる。悔しくないわけがない、だが、グルーカス家の人間では無くなった俺がここで食ってかかってしまうと首を飛ばされるだろう。それだけは避けなければならない。


「かっかっかっ、無様だなジル、まぁ安心しろよ次期国王には俺がなるからよ」

「⋯⋯⋯⋯っ」

ヴィンセントは笑いながら、俺の肩に手を置く。ふざけるな、本当なら俺がっ!


「失礼します、ヴィンセント様」

⋯⋯くそ。情けない背中をヴィンセントに向け、その場を立つ。

「あーそうだ、背中には気をつけろよ」

「ご配慮ありがとうございます」

貴族の中の隠語、”背中には気をつけろよ”その真意は暗殺者を送るから気をつけろよという意味、クソ兄貴め俺に怯えた夜を過ごせとでも言いたいのか?どいつもこいつもなめやがって⋯⋯。


「ジル様ー、紅茶入れましたけどーどこにいるんですかー?」

「!」

カイナの声が聞こえると咄嗟に物陰に身を隠す。ん?なぜ俺は身を隠した?なぜかは分からないが、カイナにだけは今の俺の姿を見られたくなかったのだ。


まぁいい、適当に自室から旅に必要なものだけ見繕って、冒険者にでもなるか。


そう思い立ち、カイナに見つからないように自分の部屋へと戻る。するとその前にはカイナ以外のメイドが集合していた。


「なんだ、お前らそこをどいてくれ」

「いいえ出来ません、ここは元第二王子の私室です、平民となったあなたに入らせる訳にはいきません」

おそらくあのクソ兄貴の仕業だろうな、なら一回外に出て回り込むか。


だが、回り込んで俺の部屋の窓から部屋の中を除くとその部屋の中では撤収作業が行われていた。

ここまでするかあのクソ兄貴。


持って行ける物が無いとわかると、急に足に力が入らなくなり、その場にへたり込む。この家は高い山の上にある、普段は家にいる転移が使える魔術師に王立学園まで運んでもらっていたが、今はそうも行かない。とすると走ってこの山を降りていかなければならない。ともすれば魔力が切れた時の対策も必須ださてどうする⋯⋯すると手に硬い何かが当たった。

「ん?これは⋯⋯剣か?」

見るとそれは隣にあった鉄鎧が持っていた剣だった。よし、これなら何とかなりそうだ。


俺はその剣を持って立ちあがる。もう覚悟は決めた。俺は英雄になってこの家に戻ってくる。待ってろよくそ兄貴、農夫の息子、絶対に見返してやる。俺を舐めすぎたことを後悔させてやる。

そうして俺は立ち上がる。ほんの少しの希望を携えて⋯⋯。



「はァ!はァ!はァ!」

息が切れる、動悸が止まらない。足が、動かない⋯⋯。

家から出てどれくらい走った?分からない、だけど日が暮れると暗殺者が襲ってきたのは覚えてる。それで何人かを殺しながら必死に山を駆け下りてきたんだ。

どこまで降りてきたのだろう。走っても走っても木だけしか見えなかったからそれも分からない。

分かるのは、俺がピンチなことだけだ⋯⋯


「どこに行った」「分からない、だが遠くには行っていないはずだ」「絶対に探し出せ

!ヴィンセント様からのご依頼だぞ!」


行ったか?木の影から顔を出して様子を伺う。が、そこには既に人はいなかった。


「はァ、はァ、はァ!」

止めていた息を一気に吐き出す。やばい、ボロボロだ。暗殺者との戦闘で魔力はからっきしだし、持ってきた剣は刃こぼれが酷い。普段ならカイナの紅茶や眠ることで魔術がまともに使えるくらいまで魔力が回復するのだが、俺には暗殺者という不安要素がある、今現在俺にかけている己の存在を薄める月系統の魔術を解いてしまうと確実に見つかってしまうだろう。だが、解かないことには魔力は一向に回復しない。


一体どうすれば⋯⋯

「あ?やばい、視界が⋯⋯」

などと考えていると急に視界がぼやけ始める。そして俺の必死の抵抗虚しく、俺はそのまま目を閉じた。



「なん、だよ、これ」

朝が来てすぐに動き出すと、案外すぐに城下町があったことに気づいた。

だが、その城下町には俺が指名手配として町中の建物に紙が貼られていた。その内容は”逃亡者ジル・グルーカスを見つけたものには1000万ノイト、首を持ってきたものには1億ノルトを与える”という文言と共に俺の顔が描かれていた。


まだ早朝ということもあり、まだ人は出払っておらず、閑散とする石造りの公道に寂しく花がなびいているだけだったことが幸いだった。


あの野郎ここまでするか、どうしても俺を殺したいようだな。

「⋯⋯絶対に死んでなるものか」

とは言ったが、これでは冒険者になることもできないだろうな。


絶対に生きてやる、何を捨てでも⋯⋯。
















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