第2話 没落

瞬く間に俺が負けたという話は学園内に広まっていった。しまいには家族である俺の父上フィルマンテ・グルーカスにまで同じ学校に通っている兄づたいに話が行き渡ってしまった。


「おいジルよ、平民に負けたというのは本当なのか?」

「⋯⋯はい」

呼び出された父上の部屋で俺は悔しさを噛み締めながら父上の質問に答える。

「なぜ平民なぞに負けた、負ける要素などなかった筈だろう」

「分かりません、ですがあの平民はとても強かったのです」

「そうだなお前が言うように強かったのかもしれない、だがお前が弱くもあった、負けは負けだ」

「っ⋯⋯はい」

唇を噛み締める。父上の言葉が一つ残らず俺の心に突き刺さる。


「これでは王族としての示しがつかん、今度その平民との決闘の場を用意する、そこでその平民に絶対に勝て、よいな?」

「⋯⋯はい、必ず」

「行け」

父上の威圧的な瞳に萎縮しながら、父上の部屋をよそよそしく後にする。


「よぉ随分と怒られたみたいだな、ジル」

「なんだいたのかクズ兄貴」

部屋を出てすぐにある廊下の壁に背中を預けながら俺に話しかけてきたのは背が高いだけの木偶の坊であり、俺の実の兄であるヴィンセント・グルーカスだった。


「おいおいクズはどっちだァ?平民なんかに負けやがって俺の家に泥を塗るなよ」

「くっ!黙っていろ木偶の坊」

クズ兄貴の横をわざと足を踏むようにして通る。

「おいジル、次の決闘に負けたら分かってんだろうな?」

「無論だ」

そうだ、前のはあいつのまぐれで魔術が逸れただけだ。大丈夫だ次は絶対に勝てる、俺は貴族なんだ。


「大丈夫ですか?」

「何がだ」

「あなたの心がです」

俺はいつも通り広場の椅子でカイナの作った紅茶を呑むのでは無く剣を降っていた。

魔力とは鍛錬によって鍛えることができるからだ、もう二度と負けないために、そんな思いから俺はいつもより鍛錬に身を入れていた。


「俺は大丈夫だ、だからあっち行ってろ」

「⋯⋯私は心配なのですあなた様が」

「うるさい!俺は貴族だぞ、貴様は万が一でも俺が負けるということを心配してるというのか?⋯⋯貴族を舐めるなよ」

「っ、⋯⋯すいません、出過ぎた真似を」

カイナの顔を見ずに、また剣を振り始める。憤る感情を剣に込める。すると剣を振る毎に強い衝撃波が地面に伝わる。

「あの紅茶を⋯⋯」

「黙れ、消えろ」

俺が強くそう言うと、カイナは震えそうな声で「はい」と言ってその場を去った。

今の俺には余裕が無い。もし次もあの平民に負けてしまうと俺は家を勘当されてしまうだろう。くっ!負けた時の想像をしてしまうなんて!許さない、絶対に殺してやる、貴族に刃向かったことを後悔させてやる。


そして俺の想像より早く3日は過ぎていき、決闘の日になってしまった。平民と噂の王族との決闘ともあって観客は満員だった。

ここでこいつに勝てば、学園内に出回っている俺が負けたという噂も消えるだろう。

「こんな大層な場所を用意するなんて、汚名返上のためか?貴族ってのは随分プライドが高いんだな」

「⋯⋯貴様、図に乗るなよ」

なんなんだこいつ、頭の後ろで腕を組みやがって、余裕だとでも言いたいのか?ふざけるなよ、俺との決闘を軽く見ているのか?

決闘とは命と命の張り合いだ。どちらかが降参するか死ぬかまで闘いは続く。だと言うのに、この男はっ!


「右に成り上がりの農夫の息子ヴェル、左に我が王国の第二王子、ジル・グルーカス、それでは、始め!」

審判が振り上げた手を下ろした瞬間、素早く足を踏み込み、男との距離を詰める。

「魔術・系統・雷・重雷じゅうらい

やつの目の前を覆い尽くすような太い雷を発して、俺はやつの死角となるような位置に滑り込む。そして男の足元までついた後、脇腹に向かって剣を突き立てる。

もらった!

「見えてるよ」

「なっ!?」

やつは片手で俺の雷をもうひとつの手で俺の剣を握り潰して破壊した。


「くっ、なんで!」

反転してやつとの距離を離す。片手で剣を粉砕された!?

「僕はね、ある運命の人と出会ったんだ」

「あ!?」

急に話し出した男に身構える。男は余裕の笑みを持って俺に少しづつ近づいてきやがる。


「その人はお前に負けて泣きじゃくってた僕に手を差し出してくれた」

俺は砕かれた剣を捨て、もう一度男に立ち向かう。

「魔術・系統・雷・神雷しんらい

この闘技場全てを包み込むようなでかい雷を空から落とす。

「そして言ってくれたんだ”君は英雄になれる”って」

!、今の俺が使える最高難度の魔術を簡単にあしらいやがった。


「はァ!はァ!」

「そしてその人は僕に力をくれたんだ、こうやって君を倒せる力をね」

まずい神雷を使ったから体が重い。動悸が止まらない。足も手も上がらない。


「僕はその人のおかげで生まれ変わることが出来た、だから僕はあの人が言ってくれたように英雄を目指すよ」

そして軽く微笑む男は、頬を赤らめている。こいつ、今は俺と決闘をしているんだぞ、ふざけるなよ⋯⋯。


「ふざけるなァァァッ!俺は貴族だぞ!魔術・系統・雷・雷電風!」

四本の雷の矢がうねりながら男に向けて飛び出す。

「だからどうした?貴族だからなんだ、平民だからなんだ、人は生まれながらにして平等なんだよ!」

だが、そんな泣け無しの魔力で放った魔術は男が手を振り払うだけでかき消された。


「な、なんで⋯⋯」

俺は絶望して、手を地面につけるしか無かった。無駄だった、全部。俺の魔術も剣術もこいつの前ではゴミ同然だったのだ。


「君はもっと人に平等に接するべきだ」

そう言って男は俺に背を向けて闘技場から降りようとしていた。

「おい、なぜトドメを刺さない」

「はあ?俺は人殺しにはなりたくないの、それに君魔力使いすぎてもうへとへとでしょ?いいから早く降参して欲しいんだけど⋯⋯まぁしないだろうね君はプライドが高いから、仕方ないじゃあ僕がするか、審判さん僕の負けで⋯⋯」

「待て!」

さも当然のことかのようにそう言い放とうする男を止める。明らかに勝っているあいつから負けを宣言するだと、そんなのただの恥の上塗りだ。こいつはどれだけ俺のプライドを傷つければ気が済むんだ。くそ、俺はなんて情けないんだ⋯⋯。


「審判、俺の負けだ」

審判に向け両手をあげて降参を宣言する。

「ジル・グルーカス、降参により勝者ヴェル!」

審判が赤の旗を男の方にあげた瞬間、会場が沸き立った。今まで俺が奴隷扱いしてきた低級貴族達は歓喜の涙を流し、それ以外の者も俺を嘲笑うかのように笑みを浮かべていた。それ以外も俺の敗北に意外の声をあげる者、だが、俺を慰める声はひとつも無かった⋯⋯。

終わったな、俺はこの瞬間から貴族じゃなくなった。ただのプライドの塊になっただけだ。俺にはもう何も残っていない⋯⋯












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