ほこりまみれのプライド

紅の熊

一章 没落

第1話 汚されたプライド

貴族とは絶対的な存在だ。強く、たくましく、民の支えでなければならない。決して庶民にましてやただの農夫の息子なんぞに負けてはならぬのだ。


だと言うのに、俺は今、その農夫の息子に頭を地につけられている。

「僕の勝ちだ、ジル!」

なぜ俺がなぜ俺がなぜ俺がこんな奴にっ!

「貴様ァァァ舐めるなよォ!」

立ち上がり、奮起するが目の前には忌々しい黒髪の男はいなかった。

「遅い」

「があっっ!?」

いつの間にか後ろに回っていた農夫の息子に無様に蹴られる。

「もう諦めなよ、君に勝ち目はない」

「嘘でしょ、あのジルが負けたの⋯⋯」「信じられない」「見損なったわ」

その農夫の息子の言葉通り、俺とこいつとの戦いを見ていた奴らの中にある俺の評価がどんどん落ちていくのがわかる。

なんでこんなことに、なんで⋯⋯。

時は数週間前に遡る。



「弱い、弱すぎる!そんな力でこの学園にのさばるんじゃない!」

「がっ!」

うす汚い庶民出の男に制裁の蹴りを腹に与える。

「ここは王立学園だぞ、なぜ貴様のようなクズがここにいる」

「努力したんだよ、頑張って頑張って頑張って何とかここに入ったんだ、お前に踏みにじられていいはずがないんだ!」

そう言って掴みかかってくるうす汚い手を払い、唾をはきかける。

「触るな下郎が」

「くっそぉぉぉぉぉぉっ!」

「無駄だと言っただろう」

汚らしい人間のみぞおちを蹴りあげる。人間はその衝撃と痛みで気絶をした。


「ふんっ、足が汚れたな」

「あ!ただいま」

俺が足を差し出すと、俺の取り巻きである低級貴族達がいっせいに俺の足をハンカチで拭き始めた。こいつらにプライドは無いのか?貴族のくせにへりくだりやがって、まぁ仕方ないか、何せ俺はこの国の王、フィアマンテ・グルーカスの実の息子だからな。


「行くぞ、帰る」

「へい!」

俺は数人いる取り巻きの一人に通学カバンを持たしてから、帰路に着いた。


「今帰った」

「お帰りなさいませ我が主」

俺を迎えたのはメイド服を着た橙色のツインテールの少女だった。

「紅茶は入れてあるか?」

「もちろんです、どうぞこちらへ」

決して俺と同じ目線にならないように深々と頭を下げながら手で広場へと誘導する。

高い天井に吊り下げられた黄金のシャンデリア、派手なステンドグラス、壁一面に貼られた金、無限に続くかのように思われる廊下を守るように鎧が設置してある。

そしてその廊下の横を見ると綺麗な花が一面に広がっている広場があった。その真ん中に白色の椅子とテーブルがある。そこに腰を乗せる。


「どうぞ、紅茶です」

するとツインテールメイドのカイナがテーブルの上に湯気がたっている紅茶を置いた。

こいつは紅茶を入れるのだけは上手い。他は全てゴミ以下だがな。

「あぁ、いただこう」

優雅に所作通りに紅茶を口に運ぶ。俺は王の息子として恥は晒さないようにしないとならない。

「ところでいつまでその花飾りをつけているのだ?」

「これのことですか?」

「あぁそうだ」

カイナは大事そうに首にかけてあるホルマリン漬けにされている花飾りを触る。

「私のとても大事なものだからです」

「そうか」

俺はその時のカイナの顔を見なかった。そういえば久しくカイナの顔を見ていない気がする。⋯⋯まぁ小事か。


「ふっ!すっ!」

紅茶を飲んだあとは剣を振り続ける。何があっても誰にも負けないように、絶対的強者であるために剣を素早く振り続ける。

今日のあの農夫の息子は一体どうやって王立学園に入ったのか、たとえ完全実力主義だとしても平民が入れるような場所では無い筈なのだが⋯⋯。


平民と貴族の差、それは魔力量の圧倒的違いにある。

人間が使うことが出来る魔術という超常的な力、ある呪文を唱え、魔術を発動させれば雷や炎、水、風、あらやる自然現象を人為的に起こすことが可能である。まさに神のごとき御業である。だが、魔術を使う人によってその威力は変わっていく。

そしてその威力は魔力量に依存する。魔力量は血によって受け継がれ、その魔力量が多い血筋が貴族と呼ばれるようになったのである。

だが中には魔力が全くない人間も存在するそれが”奴隷”だ。この魔力社会において魔術使えないということはその人間の下の子にも魔術が使えないということだ。だから重労働や、性処理係などを無理やりやらされるという訳だ。貴族はそんな奴隷を侮辱し、差別してきた。

しかし、そんな貴族にも役目がある。それはこの世界に存在する貴族も平民も奴隷も共通の敵である”魔獣”の討伐だ。

魔獣とはその名の通り魔力を持った獣のことで、やつらは人間に害をなすことを目的としている。


だからこそ、貴族は絶対的な存在でなくてはならないと言うのになぜあんな平民が⋯⋯。

「今日はこの辺にしとくか」

腕が悲鳴をあげ始めている。このまま続ければ腕が壊れてしまう。

汗を拭き、水を浴びる。その後浴場に行き、風呂に入りベッドに入る。これが俺の一日のルーティンだ。

明日もあの平民を見なければならないのか、そう考えると気が重くなってくるな。

そして俺は目を閉じた。


「まだいたのかお前」

「あぁ今日はお前にリベンジしに来た」

俺が取り巻きを連れていつも通り登校しているとその道を塞ぐように汚らしい平民の人間が現れた。


「リベンジだと?」

「そうだ、俺はもう昨日までの俺じゃないぞ」

「おい!そこのお前!ジル様に失礼なことを言うなよ!」

と取り巻きの一人が前に出て叫ぶ。俺はそいつを静止させてさらに前に出る。

「貴様、不敬な言葉を使うなよ、焼き殺すぞ」

「できるもんならやってみろ」

「っ!」

自信満々に眉毛を吊り上げる目の前の男に俺の琴線はブチ切れた。

「魔術・系統・雷・雷電風」

俺がそう発すると俺の手から数本の雷が飛び出て、男に向かっていく。一本でも当たれば確実に死ぬ。

ふん、せいぜい後悔するといい、貴族を侮辱したことをな。


「おい、こんなもんか?」

「⋯⋯なんだと」

ありえない、目の前で全ての雷がかき消された。ただの平民が俺の魔術をかき消しただと?


「くっ!ふざけるなよ!」

「魔術・系統・雷・雷光」

今度は一筋の光が野太く進んでいく。だがこの光も男によって打ち消されてしまった。


「あ、あぁ」

「もう君に勝ち目はないよ」

「がはっ!?」

男に一瞬にして頭を掴まれ、地面に叩きつけられた。土が俺の口の中に入る。くそっくそっくそ!


「なぜ!なぜそんな力をっ!」

「君なんかには教えてやらない」

「くっ、俺をそんな目で見るなァ!」

俺を見下すような目で見る男に殴りかかる。が、そんな攻撃が通る訳が無く、力一杯に振るったその拳は目の前の男の人差し指一本で止められてしまった。


「俺の勝ちだ、ジル」

「貴様ァァァ!舐めるなよォ!」

「遅い」

再び腕を横凪に振るが、一瞬にして背後にまわられ逆に背中を蹴り飛ばされる。


俺が負けた?この俺が?貴族である俺が?くそっくそっ!

「うそ、ジル様が負けた?」「あのジル様が⋯⋯」「見損なったわ」

俺の価値がどんどん下がっていくのが分かる。

なんでなんで俺がっ!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!


「諦めろよ、クズ野郎」

「クソがーーーーーッ!!!」

大きく咆哮を上げる。が、その咆哮は俺の評価を下げるだけになってしまった。





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