成果報告会

 天気予報だと、数日後は大雪らしい。


 そんな冬の日、私は東京の路上を歩いている。普段なら冬は好きだけど、その日はちょっと別だ。だって成果報告会の日だから。ついに来た、いや来てしまった日。できれば永遠に来ないでほしかった。


 成果報告会とは名前の通り、成果の一般向けお披露目会だ。私達は、各々の成果をここで発表しなければならない。厳密には未踏の期間はまだ少し残っているが、それらは書類づくりのための期間だから、ここで発表することがイコール未踏でやったことだ。できていないことは言えないのだから、誤魔化しは効かない。正真正銘、自分の成果をそのまま披露する。


 せっかくタダで東京に来れる機会だけど、楽しんでいる余裕なんてない。昨日は夕食なんて喉を通らず、結局2時間位しか眠れなかった。


 ポジティブに考えよう。このイベントさえ乗り切れば、一ヶ月以上心に重くのしかかっていた原因が取り除かれ、自由な精神が戻ってくる。


 そんなことを考えていると会場にたどり着いた。受付を済ませて、会場へ。大学の大講堂くらいのそのホールには、もうかなりの人が集まっている。


 PMや同期たちに声をかけてあいさつくらいはしたけれど、やっぱりみんな少し緊張していそうだった。


 PMからは、「みんな練習の通りにやれれば大丈夫。そこは保証するから、楽しんで発表しましょう」なんていってもらったけど、楽しむのはちょっと無理だと思う。後から振り返ったら楽しかったと思うのかもしれないけど。


 そのあともみんなは雑談に花を咲かせていたりするけれど、私にはちょっとできそうにないから、早々に自分の席に座って開始を待っていた。


 アナウンスがあって、PMから挨拶があって、発表が始まる。


 この発表は、インターネットで公開されている。うまくいったものも、そうでないものも。結果を突きつけられるのは冷酷で残酷だ。でも、それは受け止めなければならないものだ。


 午前中の発表が終われば昼食休憩。用意されていた昼食は木の箱に入った見るからに高そうなお弁当だけど、味なんてわかるわけがない。インスタにはアップした。


 私の発表は一番最後。つまり、全員の中で一番緊張する時間が長い。午前中に終わった人が心底羨ましい。


 他の人の発表を聞く余裕はほとんどなくて、内容も全然覚えていない。それでも、いくつか目をみはる発表があった。


 あるプロジェクトでは、クラウドファンディングで1000万円単位のお金を集めたのに、後日中止したらしい。やりたいことと期待されていることが違うからだというが、やりたいことの方にはあまり共感できなくて、期待されていることの方が向いていると、私には感じられた。だけど、彼らにとってはそれでもやりたいことを優先したいのだろう。それは確かに1つの決断だ。話題性でお金を集めても、製品として売れるとは限らない。成功しても失敗しても、自分の決断の結果だ。


 別のプロジェクトでは、目に見えてわかりやすいデモを行うのに成功していた。それは概念の拡張であり、そもそものコンセプトを理解してもらうのが難しいように感じたが、目を引くデモによって難なくクリアしていた。視覚的に示せればわかりやすいから、会場も盛り上がる。


 さて、私の番だ。私の発表はやっぱりこれまで通り。目を引くようなわかりやすいデモも、驚きの開発ストーリーもない。淡々とできたものを説明し、実際に使っている様子を見せる。色々考えたけれど、私には皆を引き込むプレゼンはできない。奇をてらってうまく行かないよりは、普通にやるのが一番いい。


 壇上に上がる。まだ思ったほどは緊張してない。


 プレゼンの準備をしている間に、PMから簡単に紹介が行われる。それはすべてを説明するものではないけれど、重要なポイントが適切に述べられていて、先にその説明をしてもらえただけでも随分と理解されやすくなるような、ありがたいアシストだった。


 マイクを持つ。


「『S-Formula、形式手法によるストーリーと設定の機械的検証と視覚化ソフトウェア』のタイトルで発表します――」


 さっきまでなんともなかったのに、手が震えて、声も震えている。でも、このまま乗り切るしかない。


 震える声に影響されずに平常心を意識して、用意してきた原稿を読み上げるだけのプレゼンのようななにかを進める。ちゃんと話せているかなんて気にしている余裕はないけれど、時間通り進められているから多分大丈夫。


 終盤になっても緊張は変わらなくて、気がついたときには終わりに差し掛かっていた。


「以上で発表を終わります。ありがとうございました」


 ようやく第1段階が終了だ。そう、第1段階だ。ここからは質疑応答時間。当然内容の予測はできないから、想定問答以外からきたらぶっつけ本番。


「会場、オンラインでご参加の方で質問がある方はいらっしゃいますか」


 少し間をおいて、手が挙がる。私でも知っているような、その分野では有名な人だった。


「……と言われましたが、そのようなケースでこのモデルを適用するといくつか問題が出ると思いますが、それらはどのように対応していますか」


 流石というべきか、実に的確な質問だった。開発する中で避けられない比較的難易度の高い問題だったから、当然答えられる。


「ご指摘の問題は普通に適用した場合には発生しますが、前後でいくつかのアドホックな対応を挟むことで、概ね解決しています。ただ、100%ではないので、アドホックではない手法への置き換えが今後の課題です」


「あと別のところで、これは直感だからうまくいくかはわかりませんが、パラメータNの値はもうちょっと上げたほうが安定するように感じます」


「ありがとうございます。試してみます」


「質問はそれだけです。良いものができていると思うので、ぜひこれからも頑張ってください」


 ただ質問するだけでなく、アドバイスまでもらえ、応援の言葉ももらえる。これほどの人にそこまでしてもらう機会なんてとても貴重なことで、それだけ真剣に聞いてもらえていたのが純粋にうれしい。


 その後もいくつかの質問をもらい、参考になるアドバイスをもらうこともできた。そうしているうちに時間はやってきて、私の発表はこれで終わり。確かに、楽しかったかも。


 最後に、これまでと同じお決まりの締めをする。最初はカルトじみていると思ったその中に今の私は馴染んでいて、間違いなく未踏の一員になれていたと思う。

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