8合目会議
夏は嫌いだ。汗をかくのは不快だし、日光が眩しくて目を開けられないときもある。冷房の部屋に籠もって、外に出なくなる。
そんな季節を乗り切れば、過ごしやすい季節がやってくる。冬生まれだからか私は冬が好きで、だから夏が終わればほっとする。
今年の秋は、いつもより気分がいい。未踏は文字通り未踏のことをするから、思いもよらない壁にぶつかるのが普通。私のプロジェクトでもいくつかの技術的な問題が発生したけれど、うまく乗り越えられていた。開発は順調で、それに私は満足していた。
コートが必要になってくるそんな時期、私は8合目会議に来ている。
8合目会議とは、その名の通り、登山で言う8合目にさしかかった時期に行われる会議だ。
それなりの期間を経て、うまく行っているものもそうでないものもある。残りの期間も少なくなっているから、高い目標を諦めるという判断をせざるをえないプロジェクトも出てくる時期だろう。
受付を済ませて会場に入れば、大きなホールだ。すでにそれなりに人が来ていて、雑談なんかをしている。OBやOGも来ていて、久しぶりに合うからだろうか、「お久しぶりです」なんて声も聞こえてくる。
同期たちは一見して雰囲気が2色に分かれている。楽しく盛り上がっているグループとやや沈んで見えるグループだ。後者はあまり進捗が芳しくないのかもしれない。私はどちらでもない。プロジェクトは順調に進んでいるので沈んではいないが、だからといって盛り上がっている人たちのところに入っていくこともない。担当PMのところに行って軽く挨拶と雑談をしたら、自席で周りを眺めている。
人が集まるイベントの自由時間というのは、人間観察が楽しい時間だ。注意深く見渡していれば、頭には人間同士のグラフ構造が浮かぶ。どんな人が集まってどんな雰囲気で話していて、集まりの間を移動していたり、私のように一人だったりする。時間変化するそのグラフのデータは、その場の人間関係を表すデータ。社交的な人、一人でいるのが好きな人、話に入りたいけどうまく入っていけない人。色んな人がいる。
未踏のイベントの特殊性に、色々な分野で活躍している人があつまるというものがある。そんな人達の雑談には公開されていない内部事情なんかも多く出てくるし、最先端の技術の話も漏れてきて、貴重な話が聞ける。皆未踏関係者という仲間意識があるからか、聞けば気軽に色々教えてもらえたりする。そんな中には”こっそり”教えてくれるようなものもあって、それは未踏で得られる貴重なものの1つだろう。
そうしていると、開始の時間になる。私の発表は明日だから、今日は聴くことに集中できる。
偉い人が簡単な挨拶をしたら、早速最初の発表が始まる。まだそれほど盛り上がりもなく、トップバッターというのはやりづらいだろうなと内心で少し同情した。
その発表は、一言で言えば普通。順調に進んでいるのだけど、最初に言っていた壮大な目標を達成するのは難しそう。それは本人も認識しているようで、大きな目標はそのまま掲げているけど、現実的なゴールも新しく設定している。
私から見ても妥当なその目標設定は、達成できれば十分な成果だと思うのだけど、本人からは妥協したゴールで終わらせたくないようだった。
発表は続く。うまくいっているプロジェクトもあれば、思うように進んでいないものもある。印象的なのは、みな私が思っていたのとは全く違う経過をたどっていることだ。私が冷めた目で見ていたプロジェクトがうまくいっていたり、私が期待していたプロジェクトがうまく進んでいなかったりする。ある程度進んだものを見せられて、初めてその意味が理解で得来たものもある。
思っていた以上にうまくいっているプロジェクトの発表を見て、自分の考えの浅さを反省した。それを私は内心で夢物語だと切って捨てていたが、今やその夢物語はもはや現実的だと思わせるだけの成果を出している。たぶん彼らにはそれが最初から見えていて、私には見えていなかった。
その日の最後は、OBの発表もあった。その中で、未踏での失敗について語った人がいた。彼は今、大きな企業の中で未踏でやりたかったテーマに違う方法で取り組んでいて、それは確かな結果を残している。それは確かに個人でやるには壮大すぎるテーマで、だけど今は確かな結果を残している。そしてそれは未踏で取り組んだからこそある結果だ。非現実的に思えるようなことでも、取り組むことには意味があるのかもしれない。
その翌日。私の発表はやはり無難なもので、有意義なフィードバックももらう。いろいろ考えたけれど、私にはこれがあっていると思う。大きな目標を掲げて進んでいく人がいるからといって、そうしないといけないわけじゃない。私がそれをしても、それこそ夢物語のまま終わってしまうだろう。
8合目会議では、多くのことに気づかされた。バラバラの人たちが集まって、私一人ではわからないことを教えてくれた。
ブースト会議と同じ締めをした。ふと思う。あまりにもバラバラの人たちが集まるこの場所で、未踏を1つのコミュニティとして成立させるためには、なにか同じものが必要なのかもしれない。私達は、やっていることも、向かう先もバラバラだ。だから未踏は、それだけで全体をまとめられる、強力なシンボルでないといけない。
私はやっぱりそれほど馴染めなくて、それでも以前ほどの気味の悪さは感じなかった。視野が狭かったな、と思う。私は客観視しているようで、実際は自分の考え方だけで物事を見ていたのだろう。
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