ブースト会議

「このプロダクトを皆が当たり前のように使う世界が実現すれば……」


 大きなスクリーンで威勢のいいことを言うプレゼンを、朝からずっと聞いている。夕方には私も同じようなプレゼンをすることになっている。


 ブースト会議。未踏の始まりに開催される会議であり、9ヶ月の未踏のスタート地点。


 他の人がどんなことをするのかを知る機会はこれが最初で、だから内容には興味があるし、それなりに真面目に聞いている。


 内部チャットなんてものもあって、同期のクリエータやOBを始めとするゲストがリアルタイムで感想を言っている。おもしろそうだとか、ポジティブな話題で結構盛り上がっている。


 これからすべてが始まるのだという期待。それぞれの抱く夢。全員が、希望に満ちた未来を見ている。同じ方向、明るい方向を向いている。


 私はその光景をどこか自分事ではないように客観視していて、なんとなく気味の悪さを感じてしまう。


 本当にプレゼンしていることを実現できると信じているのだろうか。見ている人たちは、それが成功すると思っているのだろうか。


 未踏の過去の実績を見ればわかる。ほとんどはプロトタイプをつくっただけで終わっている。実際に製品化したり、プロジェクトが続いたりしているものなどごく一部でしかない。成功したものとなれば数えるほどしかないだろう。あのプロダクトは未踏から生まれたなんて話は強調されるけど、未踏クリエータは1000人以上いるのだから、そりゃいくつかは成功するだろう。逆に言えば、それ以外は消えたのだ。


 だからダメだとかそれが悪いなんて思わない。未踏とは文字通り未踏のことをやるものだから、ほとんどがうまく行かないのは当たり前。人材育成発掘事業とついている通り、未踏は人材育成のためのもので、そこで育った人材が様々な場所で活躍しているのは間違いない。


 しかし皆が揃って、成功する、希望のある方向だけを見ているのは、やっぱり気味が悪いなと思ってしまう。


 ゲストは皆実績のある人ばかりだから、プレゼンしているもののほとんどが結果的にはうまく行かないのはわかっているはず。始まりからそんなことを言って水を指すのを控えているのか、ポジティブな意見や盛り上げるコメントばかりが並ぶ。私には全員が現実から目を背けて、集団で自己洗脳しているようにしか見えなくて、カルト教団に迷い込んだような気持ちにさせられる。


 凝ったPVを作っているプロジェクトもあった。できてもいないもののPVなんて作ってどうするんだろう。宣伝でもするならともかく、これはあくまで内部的なプレゼンだ。それに結果的に作るものは大きく変わるかもしれない。PVなんてつくる暇があるなら、さっさとモノを作り始めればいい。


 そんなことを考えていると、私の番が近づいていた。


 私のプレゼンは、結局威勢のいいことは言わなかった。何を作るのかを淡々と解説するだけのつまらないプレゼン。でも、これはVCに出資してもらうためのプレゼンじゃない。プロジェクトに対する意見をもらうのに、信じてもいない威勢のいいことを言う必要はない。


 私は淡々と話し、参考になる意見もいくつか得ることができた。


 ブースト会議の最後には、熱烈な締めのあいさつがあり、全員でよくわからない手拍子のようなものをする。正直カルトじみていると思うけど、世間一般的にも一本締めなんてものもあるし、別に普通のことなのかもしれない。皆が熱気に湧く中で、私はそれほど盛り上がれずにいた。


 未踏という特別な人達が集まる場所でも、案外こういう普通のことをするのだなと拍子抜けだった。


 案外普通。それが未踏におけるもっとも印象的な感情だったかもしれない。

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