第6話 沼

 仕事を辞めて、いつもどこか張り詰めていた気持ちから解放された。しかし、急に休むと逆に調子が悪くなるようだ。最初の1〜2週間は、働いていた時よりも体調が悪かった。そこで休んでもダメなのかと不安になるとよくない気がしたので、急に止まったせいで体が驚いているんだなぁぐらいに捉えて、とにかく休んだ。そうしているうちに、少しずつ、休む生活のペースが掴めたのか、体調も良くなってきた。

 夫の怪我から、土地探し、転居、転職、家の新築と、慌ただしく過ぎてきた何年かを思うと、心身共にまとまって休めるせっかくの機会なので、何をしようかと少し楽しみな気持ちはある。しかし家を建ててしまっているので、財政面の不安が入り混じる。まぁ賃貸住宅でも家賃は払わないと暮らせないので、逆にずっと居られる家があるところに安心感を持てるように気持ちをもっていくこととする。家のローンを組むときにお世話になった知り合いの銀行マンも返済とかで何かあればいつでも相談してね!と言ってくれるので心強い。

 安心材料を掘り出してかき集めたら、あとは、考えてもどうにもならないことは、とりあえず置いておくことにする。休むことに集中したほうがいいとの夫のアドバイスに、ここはすんなり乗っかって、休むこととする。ぼくが頑張って稼ぐからとはならないマイペースな夫に不安を感じるのだが、夫には、大丈夫と言われると、なんとかなるのかな〜と思える不思議な力がある。冷静なのか考えないだけなのか、鋭いのか偶然なのか、理屈っぽいのか情熱家なのか、10年一緒にいてもよくわからないところがある。もっとちゃんと考えないと!と思うこともあるが、わたしは根がナマケモノなので、ちゃんとしなきゃとまあいいかの間で揺れ動きながら最終的には、まあいいかに落ち着く。ナマケモノのわたしが元気に生きるには、それがいい気がしている。どうせ生きるなら元気に生きたい。ちょっと頑張って家を建てたので、ちょっと力を抜いて、せめて元気に暮らせるペースを探そうと思った。

 夫は、「頼りにするが、あてにはせず」が一番と思う。家族なので頼るけど、何でもなんとかしてもらおうと思うと、そうならなかったときにガッカリする。自分の人生をなんとかできるのは自分だけなのである。家族や友人と助け合い頼り合いはするけれど、全てを他人に預けても、なんとかはならないのだ。

 学生の間は、親の脛をかじりっぱなしで、楽しく学生生活を送らせてもらったが、働き始めてから少しして恋や人生につまづき体調を崩して親に養ってもらったことがある。最初の辛さが癒える頃、じわじわと、このままではいけないという不安と焦りが、日に日に大きくなっていった。外に出る不安よりもその不安のほうが、より体調に影響している気がして、家の中で普通に生活できるようになったら、無理をしてでも少しずつ少しずつ外へ出ることにチャレンジした。少しずつ大丈夫を増やしていって、再び自分の稼いだお金で生活ができるようになると、やはり、心の負荷がスッと軽くなった。

 その経験の時には、それほど自分の心の動きを整理はできていなかった。

 再度、出産後の不安定な時期に、頑張り過ぎて不調をきたしたときには、前の経験を活かして早い復活ができた気がする。産後の心の不安定さと、初めての子育ての大変さと、夫の収入の不安定さと、更に早期に仕事に復帰したのとで、不安の中に転げ落ちてしまった。そうなっても、もう1人ではないので、立ち止まることも休むこともできず、子供を抱えて涙した。自分を自分でどうにもできず、また実家の親を頼り、子供と2人で世話になった。仕事を一旦辞めて、とりあえず、子供と2人で実家に世話になった。夫は自宅で生活しながら、新規のビジネスは一旦諦め、定職に就き家計を立て直すことに。それでも、なかなか充分な安定収入は見込めず、不安が増す中、実家で子供と2人、寝る起きる食べることだけを考えて生活させてもらっているうちに、すぐに、最初のどうにもならない沼から顔半分が出た。普通に生活することで、ある程度自然浮上するのだろう。そうすると、このままではいけないという焦りが膨らんでくる。最初の突然やってくる落とし穴のような沼にハマって何も見えなくなってから、たいがい時間と共に自然浮上するのだけど、浮上してそこで見えたもののせいでできた焦りの沼に、気付かぬうちに片足を突っ込み、そっちの沼に知らず知らず沈んでしまうのだ。最初の沼からは抜けられているのに。以前のそんな経験があったせいか、実家での生活に慣れ、沼から自然浮上し、このままではダメだとの思いを感じ始めたころ、新たな沼にハマる前に、子供と共に自宅に帰り、自分達の生活を立て直すことにした。

 前には2年かかった復活が、2回目は2ヶ月で復活した。どんな痛い経験も無駄に思える時間も決して無駄ではないのだ。そして、わたしにとっては、子供がいたことも大きい気がする。どんな時もかぶりつきたいほどの愛おしさで、存在自体に助けられた。

 そんな経験から、ちょっとの立ち止まり中にイケナイ沼に沈み込まないよう注意しながら、体調や生活のペースの立て直しを目指して過ごすように気をつけた。

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