第5話 欲

 新居入居とともに勤め始めた職場は、歴史のある会社ながら、新たなことを躊躇なくすぐに取り入れどんどんやってみる革新的な会社だった。とにかく始めてみて、不具合は都度修正していけばよいという考えで、やるべきことはしっかりと、だが、ずっとやってきたことも必要でないことは、そんなの無駄じゃんとあっさり止める潔さもあった。トップの考え方がとても合理的で、わたしにとっては、非常に共感できて勉強にもなる良い職場だった。

 わたしは、職場で無駄話をするのが苦手というか、疲れてしまうのだけど、そこは、忙しすぎて、無駄話をする暇もないというのも、とても性に合っていた。

 ただ、とにかく忙しい会社で、忙しすぎて、自分がやりたい仕事にたどり着けない。片付けなきゃいけない雑務が終わらない。それが、仕事時間中ずっと続き、毎日つづく。だいたい、忙しい時間と落ち着く時間、忙しい曜日と落ち着いた曜日などあるものだが、そんなのはなく、ずっと忙しい。

 それが、ナマケモノの体にはこたえたらしい。転職して間もなく新しい仕事を任せてもらったりもしたのだけど、期待に応えて自分の納得いく程度にきちんと仕事をしたいが、それをする時間が足りない。残業も認めてくれるのだけど、それをしていたら毎日時間が延びてしまうので、極力定時で帰ることにしていた。そこで長年働く人たちは、上手く諦めて、こなせる仕事をこなせるだけしている。それで、上から注意も文句もないのだが、わたしは、ナマケモノのくせに、少し欲が出たようだ。高めのお給料を頂いている以上、最低限ちゃんとしたいし、更に会社のプラスになることを少しでもしたいと思ってしまった。それをするには全時間全力集中で仕事しないと終わらない。全時間全力集中でやっても終わらないのだ。全力集中時間が長すぎて、その疲労が体の不調として現れてしまったようだ。更に、思うようにしたい仕事ができないことがストレスにもなり、それも日々積み重なっていった。頭から、体の隙間から、煙が出始めてる気さえした。

 ナマケモノが欲を出すとこうなるのか、と思った。ナマケモノたるもの、ナマケた自分を認めなければ、真のナマケモノにはなれないのだ。なんだ真のナマケモノって。

 とにかく諦めきれず欲を出して頑張り過ぎたのだ。

 新卒で入った会社の上司から、この仕事の基礎を学んだのを思い出す。

 とても慎重でかつ明るく元気な女性の上司だった。家庭もありながら、フルで働く、その上司の教えは、

 仕事は家に持ち帰らない。

 今できても、部署として、この先ずっと続けられない仕事は引き受けない。

 自分の印鑑は、自分で責任がとれると思う事だけに押す。

 若くやる気に満ちていたわたしは、今できる仕事もやらないというのは、少し不満にも感じたが、オーバーワークにならないようにペースを作って長く続けることの大切さを学んだことを思い出した。

 それが全てではないけれど、その生活を長く続けるためには、ペースを掴んでセーブしながら働かないと、と改めて感じた。

 それはそうと、稼ぎ頭が仕事を辞めた我が家は、どうなっていくのでしょう。

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