第24話:問題問題また問題

 何かうまくいった時ほど、兜の緒なのか、ふんどしなのか、パンツのゴムなのか、気持ちなのか、分からないけれど、締めておく必要がある。


 まだ痛み止めを飲み続ける生活で、もらった抗生物質もあと2日分ある。特に、抗生物質は飲み切ってください、と言われた。どれほど重要かは分からないけれど、言われたら守ってしまうのは俺の性格でもある。


 綾は守れたけれど、腕に名誉の傷が残ってしまった。抜糸はまだなので、ガーゼを交換するときに剥がすと黒い糸が見える。


 見た目的には結び目は10個くらいしか見えない。ブラックジャックにでも傷を目立たないようにしてもらわないと、後々面倒なことになりそうだ。


 そっちの方は良いとして、猿谷のその後の情報が入ってこない。「殺意はなかった」と言われたら、そうかもしれないし、未成年だから、そんなに重たい罪にはならないだろう。


 当然、また綾を狙ってくる可能性がある。そんなのあいつに何とか出来る訳がない。なんか変なことを叫んでいたし、ちょっと危ない系のストーカーの可能性だってある。


 とりあえず、登下校くらいは一緒に行動して守ってやらないと、何かあった時に俺の方が気持ち悪い。


 問題は、美紀ちゃんと付き合い始めてしまったこと。迂闊だったかなぁ。気持ち的に抑えられなかったというのもある。踏みとどまることは無理だっただろう。


 変に綾と仲良くしていると、いくら美紀ちゃんといえど嫉妬してくるかもしれない。病まれてしまったら困るので、事前に相談しておくかぁ。



「悠斗? 大丈夫? ぼんやりしてるよ?」



 いつもの緑道を綾と歩いている時に考え事をしていたら、綾に心配されてしまった。


 ふと気づけば、猿谷が登場した場所当たりだった。地面には多少なりとも血が垂れていたみたいで、誰かが砂をまいてくれていた。


 地面を見て表情を暗くする綾。



「お前も大丈夫か?」


「……うん、大丈夫」


「お前が悪いんじゃないから、気に病むな」


「うん……」



 猿谷のことも心配しているのかもしれない。こいつはそういうやつだ。


 ゲンの悪い場所は早々に立ち去るとしよう。


 地下鉄に乗り、学校の最寄り駅まで行くと、改札口のところに今日も美紀ちゃんがいた。



「おはよ」


「おはようございます」



 俺の方から美紀ちゃんにあいさつしたのは初めてかもしれない。



「付き合い始めた次の日に可愛い女の子と一緒に登校してくるとか、悠斗くん中々鬼畜ですね~」



 ホントに鬼畜だとは思うけど、美紀ちゃんは笑っているからある程度は理解してくれているのかもしれない。



「あとでゆっくり話すよ」


「なんか、訳ありみたいですね」



 察してくれて助かるよ。

 その後、いつものように学校まで3人で行き、下駄箱で美紀ちゃんが一旦分れた。綾も から元気なのか、美紀ちゃんがいるからか元気に見えた。



「おーし、ホームルーム始めっぞ! 席につけー!」


 教室ではいつも通りの時間に担任が来て、威勢のいい声をあげた。みんな急いで席につく。そこで聞いたのは割と衝撃的なことだった。



「あー、停学中の猿谷だけどな、その後事件を起こして退学になった。残念だ。みんなも動揺すると思うけど、何かあったら俺に相談しろ」



 事件というのは、猿谷が俺を刺したことだろうか。綾をストーキングしていたことだろうか。昨日は日曜日。月曜の朝からこんな発表があるという事は、昨日緊急職員会議とかあったのかな?


 当事者の俺や綾には事情を聞いてもないのに処分が決まるなんて、ちょっと気になるところもある。


 俺としては、これでまた怒りの矛先が綾に向くのを注意しないといけなくなった気がした。


 その後、いつもの様に授業が始まり、俺に彼女ができたと言うことと猿谷が退学になったこと以外、変わりなく時間は進んでいると思っていた。


 ただ、それは気のせいだった。

 きっかけは、授業中だった。



「悠斗くん、教科書見せてくれる?」



 授業中、美紀ちゃんが声をひそめて聞いてきた。



「いいけど、忘れたの?」


「…うん。ごめんね」



 それまでしっかり者に見えていた美紀ちゃんに教科書を見せるのはこれで何度目だろう。やっとここで違和感に気づいた。


 その後、俺が消しゴムを落としたから拾ったとき気づいたけど、美紀ちゃんは上履きではなく、スリッパを履いていた。


 授業後、気になって聞いてみた。



「美紀ちゃん、机の中見せてくれる?」


「え……?」



 有無を言わせず、机の中の物を引っ張り出した。チラッと見えたから確信もしてもいた。



「これは……」



 机から出てきたのは、グシャグシャになった教科書やノート。



「グルチャ見せて」


「……」



 美紀ちゃんが観念したようにスマホを操作して、机の上にコトリと置いた。



『羽島くんって小林さん狙いじゃなかったの!?』

『カラオケんときお持ち帰りしてたしな!』

『猿谷に刺されそうになった小林さんを身を挺して助けたらしいぜ!直接見たやつから聞いた』

『マジ、ヒーロー!』

『羽島くんと小林さん……美男美女で神組合せ』

『じゃあ、水守さんが邪魔してるってこと!?』

『あいつ、悪じゃね?』



 何も事情を知らないヤツらの勝手な想像がそこにはあった。なまじ事実が含まれているから余計に質が悪い。


 誤解から美紀ちゃんが悪者になってしまっている。元々嫉妬とかもあったみたいだから、この誤解が嫉妬を助長させている。


 この誤解を一刻も早く解きたいけれど、俺はクラスメイトに話していないことが多すぎた。


 それらの情報を一度に全て与えたとしても信じてもらえるほどの信頼関係を築けていない。ここは俺の不徳の部分だろう。


 今できることは……綾と仲良くしつつ、美紀ちゃんとも仲良くする。二股とか、どっち付かずとかの不満が出るとしたら、対象は俺だ。それなら対処法もある。


 いつもそうだ。美紀ちゃんとか綾とか自分以外を庇うことでおかしなことになってくるのだ。


 本当は悲しくて、辛かった。今すぐみんなの前で誤解を解いてあげたい。


 でも、それは無理だと俺の心が言っている。これまで対人関係でうまくいかなかったことが多い俺だからかもしれない。


 人は飛べると思わないから通常ビルの上から飛び降りたりしないだろう。そんなことをしたいやつは落ちたいやつだけ。落ちると分かっているから。俺も同じ。


 今、誤解を解こうと動くことは、落ちると分かっていて飛ぶためにビルから飛び降りるのと同じ。ダメだと分かっているのだから、俺にはできなかったのだ。

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