第23話:綾の告白
デートは大成功だった。気持ち的にはスキップしながら帰ってきた感じ。一度美紀ちゃんを家まで送り届けて、それから自分のうちに帰ってきた。それでも時間は18時過ぎ。
土曜だし、両親もうちにいる。気軽に帰ってきて、部屋のドアを開けた。
そこにはネガティブが服を着た存在が俺のベッドの上で体操座りして待ってやがった。
……俺はそっとドアを閉めた。
「もー!なーん!? そんな閉めんでいいやんっ!」
扉のむこうでお冠なのが分かる。
俺は再びドアを開けて自分の部屋に入った。
「なんだよ、暗いな。そんなに猿谷のことショックだったか?」
「猿谷くんのことはどうでもよくて、悠斗が刺されちゃったことが……」
猿谷、ナイフまで持ち出したが、綾には全く響かなかったみたいだぞ。残念だったな。
俺は、椅子代わりにベッドの空いたところに座った。俺のベッドなのだが、中心部に綾が座っているので、俺の方が脇に座ってるし。
「まぁ、俺の方は気にしなくていいよ。見えないところだし、男だし ちょっとの傷くらいなんでもない。傷も3日くらいでくっつくらしいから、無理はしないし」
「……そうなんや」
「傷もそんなに大きくないし」
「……そうなんや」
「そうそう。あんまり気にすんな。お前が暗いとこっちまで調子狂うわ」
「だって……」
体操座りのまま自分の爪先ばかり見ていた綾がこちらに視線を移した。やっとこっちを見た。
「お前はいっぱいガツガツ飯食って、いつもみたいに にこにこしてろ」
「女の子にガツガツとか言わないでもらえるかな!」
そんくらい元気でいてくれないと俺が困る。
「……ねえ」
綾は体操座りのまま、こちらを見ている。俺も「どうした?」なんて聞き返さない。いつも通り、同じく視線を返すだけだ。
「この間、美紀ちゃんを部屋に連れ込んでたたやん?」
「言い方!」
遊びに来たのだから、連れ込んだといえばそうかもしれないけど……
「悠斗が美紀ちゃんを押し倒したのを見ちゃって……」
「あれはパフォーマンスって言うか、そんないやらしい意味じゃなかったからな!」
「……うん、そうなんやけど」
「どうしたどうした。珍しく歯切れが悪いな。思ってることズバッと言ってみ?」
少しキョドった後、意を決したかのように俺の方を見て言った。
「私、悠斗のことが好きになったみたい」
「はあ⁉ お前、今まで俺のこと嫌いだったんかい!」
「違うと!そうじゃなくて、男の子としてって言うか……」
まあ、茶化してみたものの、なんとなくそういう意味だと思ったよ。いつもだ。俺は彼女ができると急に更にモテるようになる。例えは違うかもしれないけれど、コンビニで1人レジに行ったら、他の客も次々レジに行って急に列ができるみたいなあれを感じていた。
最近はそれも無いように、ほとんどの女の子に対してもう一段階近づかないようにしてたつもりなのに。よりによって綾が来るとか予想外にも程がある。
なんでなんだろう。彼女ができたらモテ始める、ってのは俺的には「あるある」なんだけど、この現象に名前を付けたい!
「俺も当然、綾の事は好きだから、あんまり変なこと考えるな」
「変なことって?」
「お前、俺にケガさせたから一生面倒見ようとか思ってるだろ! こんくらいのケガで一生面倒見られたら重すぎるわっ」
「うー、だってぇ」
否定しない辺り当たりだったらしい。ビンゴまでなくても当たらずとも遠からずといったところか。俺がケガしたことで なんか感情が変なところをグルグル回って変な結論にたどり着いてしまいそうだ。
「しかも、お前に刺されたんじゃねえし。美少女を命がけで守ったという俺の伝説を増やす
「またモテるね」
少しだけ綾がニヤリとした。
「そうだな。あ、もう、モテなくてもいいかな」
「え?どういう風の吹き回し?」
「あぁ、俺 美紀ちゃんと付き合うようにした」
「え!? あー…そうなの!? へー、おめでと」
「おう!サンキュ」
一旦、持ち直したように思えた綾は再び暗かった。よっぽど、ショックだったみたいだな。今回のは「猿谷ナイフ事件」とでも名付けるか。綾のトラウマにならないことを祈るばかりだ。
「美紀ちゃんと付き合うんやー」
綾はベッドの上で座ったままだった。考えてみれば、こいつがうちにいる時は何かしていることが多い。ゲームしてたり、ラノベ読んでだり、話をする時や相談ごとの時もゲームをしながらが多い。目を見て、顔を合わせて話すことはない。
それは、一人で考え事をする時に何もせず考えるのではなく、ゲームをしながらとか、走りながらとか、泳ぎながらとか、何かをしながら考えるのに似ている。
「あ、悠斗、今日の昼間に猿谷くんの両親が謝りに来とったよ?」
まあ、意図しなくてもクラスメイトを刺してしまったのだから、親が謝りに来たのだろう。きっとうちの両親が対応してくれたはずだ。
「そか。なんか良いもの持ってきてた?」
「『通りもん』やったよ?」
元気はないけど ちゃっかりチェックしてたんだな。さすが綾。俺は少し安心した。
ちなみに、「通りもん」とは、「博多通りもん」のこと。福岡を代表するお菓子で、博多西洋和菓子というコンセプトで作られたらしく味も触感も普通の饅頭とは違う。たしか、22年連続モンドセレクションとか取ってなかったっけ?何年か前は、年間最も売れたあん饅頭としてギネスにも載ったとか新聞で見た。
博多のおみやげなので、自分で買うことがほとんどない。買うものっていうより、もらうものって感じだろうか。ただ、美味しいからな。俺は好き。見かけたら俺なら買うかも。
「綾の方には?」
「うちにも謝りに来た」
「猿谷本人は来たのか?」
「んーん」
そうか。俺たちの家が隣り合わせだと知られたら、また猿谷が逆上しそうだよな。もう一段階 警戒レベルを上げないとまずそうだ。
「通りもん食べる?」
「んーん、いい」
「じゃあ……ラーメン食いに行くか!」
「はぁ? いま!?」
綾はクラスではキラキラ女子を装っているから、いつもスイーツやパンケーキを食べているような雰囲気を醸し出している。でも、綾とは調子のいい時にチョイチョイ ラーメンを食べに行っている。
福岡におけるラーメンの立ち位置は、もしかしたら他県とは違うかもしれない。もちろん、ラーメンを食事と捉えることもある。だけど、学校帰りとか、部活終わってからとか、おやつ感覚で食べることもある。価格的にも350円とかなので、下手にファミレスに行くより安い店だってある。
確かに、話し込むタイプの店じゃないけど、言葉は要らない時だってある。例えば、今みたいな時。一緒にラーメンを食べて元気になって欲しい時。
俺はいつでも一緒にいるって伝えたいとき。
特別な物じゃなくて、いつも食べてるものをいつもの感覚で食べに行きたいのだ。
「私は、小林綾なんだから、もうちょっと
綾が少し調子を戻したように表情を曇らせていった。
「小林綾だからラーメンだろ! 特別に奢ってやるから」
「んー、歩くのめんどくさい」
ベッドの上で大の字になって寝転んだ。
「チャリの後ろ乗っけてやるから」
「帰りにコンビニ寄ってくれる?」
「スイーツだろ? 分かってるよ。ったく、俺はタクシーかよ」
「じゃあ、行く」
猿谷のことはどうでもよかった。クラスメイトのことをどうでもいいと思うことはなかったけれど、それだけ俺には余裕がなかったらしい。綾のことが気になってしょうがなかった。このまま放っておいたら何かとんでもないことになってしまう予感がしたのだ。
すぐに解決できないことは分かってる。だけど、ここで少しでも立て直ししておかないと、二度と綾に会えなくなるような、そんな危機感を持っていた。
少し乱暴だったけど、綾をチャリンコの後ろにのっけて、近所のラーメン屋に走った。食券を2人分買って、カウンターに仲良く並んでラーメンを食べた。俺も綾も一言もしゃべらずにラーメンを食べ、最後に水を飲んだ。なんで、ラーメンの後の水ってこんなにうまいんだろうな。
「じゃあ、帰るか」
「コ・ン・ビ・ニ!」
「わーってるって。ちゃんと覚えてるよ」
綾はラーメンとコンビニスイーツで少しだけ調子を取り戻した。
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