第22話:美紀ちゃんとデート
ケガをした翌日は、美紀ちゃんとのデートだった。当然行くよ? 痛み止めと、化膿止めの抗生物質は処方されていたけど、出かけたらいけないとか言われてないし。食べ物も別に制限はない。
美紀ちゃんちの最寄り駅まで迎えに行った。白のTシャツと薄手の上着、ダバーっと長いスカート。前回の可愛すぎる服装より少し落ち着いた感じ。前回がよそ行きなら、今回はカジュアルって感じ?
「おはよう、悠斗くん」
「おはよ、美紀ちゃん」
「どうかな?イケメン代表の王子様」
美紀ちゃんが手を肩の高さくらいまで上げてくるりと一回転回った。
「大変可愛らしいです。お姫様」
「気合入れてないって思われるかもって思ったけど、普段の自分も知ってもらいたいじゃない?」
本当に俺がそう思ったときの予防線だろうか。
「あと、『俺ならもっといい服選んでやる』って話題にもなるかも?」
どうやら、今日は洋服屋さんに行きたいらしい。変に遠慮して本当に行きたい場所を言わないより、よっぽと気持ちがいい。その案は、早速採用します。
「じゃあ、天神とか行ってみる?」
「いいね!ちょっと冒険して大名行ってみたい」
天神は福岡最大の繁華街。大名はそのすぐ隣の街で、福岡のファッションの最先端。東京で言えば、天神が渋谷ならば、大名は原宿といったところか。テレビで見たみたいに あんなにたくさんの人はいないけれど。
*
大名は面白い。通りごとに店の色が違う。通りごとに客となる年齢層もちょっとずつ違う。そもそも「大名」って名前がめずらしい。調べてみたら名前の由来は「大名行列」の大名だった。町全体が城下町だったのだ。通りは意図的に途中で90度曲げてあって見通しが悪くなっている。敵が攻めてきたときに、攻めにくいようになっているらしい。そして、死角から攻撃するように道が作られていた。
現代では敵も責めてこないし、攻撃も必要ないけど、通りの形には名残がある。遠くを見渡せない分、なにが飛び出すのか近くに行くまで分からないワクワクが楽しい街だ。歩いている人が多くて既に歩行者天国みたいになっている。街全体が歩行者天国。ガイドブックにも載ってない地元の人間だけが知っている街。ワクワクが止まらない。それが福岡の大名という街だ。
「古着屋さんの服って、これまでどんな人が着ていたか気にならない?」
「あ、そうか。これは誰か着ていた服か」
美紀ちゃんが古着屋でふいに言った。俺たちは適当に目にとまった店に入っていた。
「誰がどんな時に買った服で、誰と着て、どこに行ったのかな、とか」
美紀ちゃんが嬉しそうに言った。ホントに好きみたい。
「意外とロマンチストなんだね」
「意外とは余計じゃないかな? 女の子はみんなロマンチストなんだよ?」
思わず苦笑いがこぼれる。
「あ、これとか良くない? 悠斗くんに似合う!」
「俺のかよ!」
元々彼女の服を見るという話で服屋を見て回っていたつもりだけど。
「試着してみて」
「Tシャツなんだから、当ててみたらいいだろ」
「えー、着てるのが見たいー」
「分かった分かった」
わがままお姫様の仰せのままに、試着室で着替えた。今日はTシャツの上にもう一枚シャツを羽織っていたけど、Tシャツの試着だから、脱ぐしかないよなぁ。一応、余計な心配されない様に長めの袖で包帯は隠していた。
そう、昨日猿谷に刺されたケガ。病院に運ばれて大騒ぎになったあれだ。既に縫ってあるし、安静にしていれば大丈夫ということだから、今日は普通にデートに来たのだ。
(シャー)試着室のカーテンを開いた。
「どうかな?」
「あ!やっぱり似合う、色が似合うと思ったの! あれ? 包帯? ケガしたの?」
「ああ、これは……まあ、中二病的な……」
「なに? 左腕に封印した悪魔が解き放たれる的な?」
「ぶっ……そんな感じ」
つい、吹き出してしまった。この子ノリも面白い。
「よーし!今日の記念に私がプレゼントしちゃいます! 680円だけど」
「え?悪いよ」
「いーの! いーの! 賄賂的な!」
「なに、賄賂」
「悠斗くんはイケメンだから、私がなにを差し出してもあんまり響かないみたいだし、こうなったら賄賂でも渡さないと振られちゃうかと思って……」
「悪い大人か!」
美紀ちゃんは、いたずらっぽく微笑んでいる。いいな、こういうノリ。普段ずっと家にいるから、たまには外もいいかも。
「じゃー、俺もなんか美紀ちゃんに似合うやつプレゼントしようかな」
「そしたら、賄賂がチャラになっちゃう!」
「ははははは」
その後は、チーズハットグ屋に行ってそれぞれ好みのチーズハットグを買った。
「ポテトチェダーチーズ・ソーセージが最強だろ!」
「えー、プレーンともいえるモッツアレラでしょ!」
「いやいや、ソーセージは欲しいよ」
「そんなの食べたら、お腹いっぱいになっちゃう」
多分、東京の人が見たら、「今更チーズハットグ!?」って笑うだろう。福岡でだって、今更感はあるのだから。でも、いいんだ。すげえ楽しい。一緒の物を見て、一緒の物を食べて、一緒の場所で楽しむ。今まで女の子とは感じることができなかった楽しさだった。
俺はいつでもカッコよさと完璧さを求められるから、それに応えることばかり考えていた。遊びに行ってもいつも試験を受けているようなものだから、気が抜けないし、いつも楽しめないでいた。まあ、それだけカッコいいんだからしょうがない。
大名には公園が1個もない。だから、座って食べたりもできない。歩きながら食べ歩くあたり、テレビで見るイメージの原宿と似ている。何気なく、美紀ちゃんを見て、そしたら、美紀ちゃんが微笑む。メチャクチャ伸びるチーズを大笑いしながら食べて道を歩く。
「チーズハットグ食べたらのど乾かない?ジュースでも買う?」
美紀ちゃんの提案。実に女性らしい。
「そうだなぁ……あ、この近くに猫カフェがあるって!」
「うそ!行きたい! 高いかな!?」
「うーん……」
スマホでポチポチ調べてみる。
「30分1000円くらい?」
「行きたいっ! 何なら悠斗くんの分も払ってもいい!」
「そこまでかよ!」
ちゃんとそれぞれワリカンで払って猫に会いに行った。
猫に戯れる美少女……眼福だ。何なら美紀ちゃんの分の俺が払ってもいい。
***
その後も、ぶらぶら歩いたり、疲れたらちょっと店に入って休んだり、食べられる昆虫みたいな珍しいものを見たり、また休んだりして警固公園まで戻ってきた。
「戻ってきた」というのは、警固公園は天神にあって、都会の中にあるのに だだっ広い公園で、神社も併設してあるような かなり広い空間。東京で例えるなら、竹下通りで駅を挟んで明治神宮みたいな……ごめん、言い過ぎた。そこまでは広くない。
その公園で俺はコーラのペットボトルを持って飲んでいたし、美紀ちゃんはお茶を飲んでいた。
「あー、楽しかったぁ」
石のモニュメントみたいなベンチに座って、空を眺めながら美紀ちゃんが言った。空は太陽が傾き少し日差しが和らいだ時間。まだまだ明るいけれど、朝から遊び歩いたから二人とも疲れた頃。
「あー、でも失敗したー」
「どうした?」
「悠斗くんを楽しませまくる予定が、自分が楽しんじゃった」
ぺろりと舌を出す美紀ちゃん。
「俺も楽しかったから、それでよかったんじゃないかな」
「ホント?じゃあ……」
同じく石のモニュメントに腰かけている俺の前に美紀ちゃんが立った。美紀ちゃんの顔を見上げる形になった。
「今日の具合を見て、答えを決めようと思ってたんじゃない? 先生! 判定の程は⁉」
腰を90度曲げて右手を伸ばした彼女は、遠目に見ても告白をして答えをもらう人だ。俺は一瞬「やれやれ」と思いながら、彼女の手を取る。
パッと美紀ちゃんが顔を上げ、笑顔の花が咲く。
「と、いうことは⁈」
「よろしく。お付き合いしてください」
「きゃー!ホントー!?」
美紀ちゃんが抱き着いてきた。反射的に抱きしめてしまった。
その様子を見ていた周囲の知らない人たちから拍手喝采で祝われてしまった。福岡ってこういうところがある。なんか、近くの人はみんな友だちみたいな文化。
美紀ちゃんとは手をつないで みんなの拍手に右手をちょっと上げて応えたりして、照れくさかった。ありがとう。大学生っぽいカップルありがとう。土曜日だというのにスーツの人、仕事中かもしれないけど祝ってくれてありがとう。買い物途中のマダムっぽい4人組もありがとう。色んな年齢層の人に祝われてしまった。
*
「絶対自信あったでしょ?」
「告白のこと? ぜーんぜん。だって もう何回も振られてるし」
「その割に、あそこでダメだったら帰りはどうするの? 一緒に地下鉄で気まずいじゃない」
「え?悠斗くん、振っても家まで送ってくれるつもりだったの? 紳士~」
「振った時のことなんか考えてなかったよ」
「ほんとかな~」
ジト見で責めてきた。そりゃあ、何度かお断りしてきたけど……
「悠斗くんは私の人生に絶対入り込んで欲しかったの」
「そんな大げさな」
「確かに、人生とか言ったら未来はどうなるかは分からないけどさ、1年でも、半年でも、1週間でも、1日でもいいから付き合って、私のことを知って欲しかったんだ」
「そりゃあ、俺はカッコよくて、背も高くて、優しいけどさぁ」
「うわ、自慢が始まった!」
「その上、成績優秀でスポーツマンでモテまくるけどさぁ」
「まだ被せてきた!」
「でも、そんなにいい人にはたくさん出会えてないから、臆病なとこもあるし、お互い傷つかない様にわざと離れてるところもあるよ? 内側から見たら、期待したほどカッコよくないかもよ?」
「でも、期待に応えちゃうんでしょ~?」
「サービス精神も旺盛だからね」
「私なんかカッコいいとこないから、カッコ悪いところなんて すぐに見えちゃうよ?でも、カッコ悪いところを見せ合えるなら、その方が嬉しいかなぁ」
美紀ちゃんは俺の欲しい言葉を言ってくれた。俺が求めていた関係を語ってくれた。さすが俺の理想の彼女。十分可愛いし、カッコいいところなんて俺が知っていたらそれだけでいいんだ。
「あとは、どーせ、私は小さい時に悠兄ちゃんにカッコいいところばっかり見せられて、『悠兄ちゃん好き好き回路』を埋め込まれてますから? 何回振られても好き好き言い続けるしかないしね」
「俺、前世でどんだけカルマを積んだんだろう。そんなん言ってもらって男冥利に尽きるよ」
こうして、美紀ちゃんとは付き合うようになり、手をつないで家まで送って行ったりして、実にニヤニヤが止まらないイベントを堪能した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます