第21話:あいつ登場
放課後、最近の日常になっていた通り学校の最寄り駅までは、俺と綾と美紀ちゃんの3人で帰った。
今日の美紀ちゃんはちょっと違って、勢い良く、元気に帰っていった。それは、今日が金曜日だからではなく、明日が俺とのデートの日だからだ。
自分で言うのもなんだけど、あの子俺のこと相当好きだよなぁ。なんだかんだ言って、俺も美紀ちゃんが気になりまくってる。
今まで 唯一残念だった部分の「大人しすぎる」は、綾よろしく猫を被っていたらしいからある意味演出だったみたいだし、今の彼女の方が俺としては好きだ。どこか不自然な感じも受けていたから、自然な感じの今の方が良いのかもしれない。
うちの最寄り駅に着いても綾は静か。
「おい、お前 ほんとに大丈夫か?」
「う、うん……」
朝同様、指を摘まれた。
行きと同じく細長い公園、いわゆる緑道を歩いて家路についたら、ヤツが立っていた。
「おい!」
私服だし一瞬分からなかった。ここにいるヤツでもないし、場所的な理由と服的な理由で分からなかった。
猿谷だった。
「綾!なにそんなヤツと手をつないでんだよ!離れろ!」
上下黒い服で、上はパーカー。どうなんだあの組み合わせは。目つきは鋭くお怒りの様子。登場からいきなりギア全開だな。綾は何が起きたのか分からずにあっけに取られている。まあ、そうなるわな。
「俺かっこいいからさ、大体の女の子は俺の顔を見たら手をつなぎたくなるんだよ」
「ふざけるな!」
クラスのヤツとバッタリ街で会ったら、ふざけるのがデフォだろう?
「綾! 俺がいるのに、そんなやっと!」
猿谷は沸騰したやかんのような怒りっぷり。ケトル付きならピーっとやかましく音を立てているだろう。それにしても、綾と猿谷が何か関係があったとは初耳だ。秘密にしてたのかな?
「(フルフルフル)」
「なんだよ隅に置けないなぁ」という視線を投げかけて綾の方を見てみたけど、怯えた目で「知らない」と首を振って伝えてきた。
「最初は入学式の時さ!お前が新入生代表で挨拶したとき!俺の方見て笑ってくれただろ!」
そう、成績トップで綾は新入生代表として入学式の時 体育館で挨拶をした。トップは俺だと思っていたからちょっと悔しかったのを覚えている。綾は、ここぞとばかりドヤ顔で俺を見てた。体育館での入学式でも壇上に上がったとき、いの一番に俺にドヤ顔をぶつけてきた。一方、猿谷とは中学が違うし、そのタイミングでは綾は猿谷のことは知らなかったと思うけどなあ。
「廊下ですれ違ったときも、目が合ったし!俺だけに分かる合図で好きって言ってくれたじゃないか!」
「(フルフルフル)」
再び綾を見たけど、「全く身に覚えがない」って目が言ってる。そうだよなぁ、これまでも好きなヤツができたら「○○くんってどんな人!?」とか聞いてきてたもんな。
俺は今まで綾の口から猿谷の話は聞いたことがない。
「なんだよ!羽島なんか、ちょっと顔がいいだけじゃないか!俺とお前には歴史があるだろ!」
ようやく猿谷のヤバさが俺にも分かってきた。こいつストーカー気質的な?
「俺だけ停学で、このままだったら退学になるかもしれない」
まあ、未遂とは言え、綾を誘拐しようとしてたし、酒を飲ませて判断を鈍らせようとしてたしな。その後 何をしようとしていたか想像すると、停学で済んで軽い方じゃないだろうか。
「綾!なんとか言えよ!」
「猿谷、綾が可愛いのは分かるが、お前幾分か暴走してないか?綾が困って……」
「黙れ!俺の綾を勝手に呼び捨てにするな!」
なんか遮られたし。かなりの興奮状態だし、このままだと危ないな。ここは一つ……
「クラスの女子はみんな俺のもんだろ?」
「貴様! 綾を他のモブと一緒にすんな!」
「悠斗!」
ちょっと煽って俺の方に目を向けさせて……
「貴様!」
猿谷が殴りかかってきた。大振りだし、狙いは顔だとバレバレだった。あんまりケンカしたことないやつは、素直に顔を狙ってくる。狙いが分かりやすい分、対処法もある。
猿谷の拳をサイドから跳ねのけいなす。
「俺の方がカッコよくて、背が高くて、モテるからな」
「貴様ー! 背の話をするなー!」
背の話はNGだったらしい。連続で殴り掛かってくるけれど、素早くよける。イケメンやっていると、たまに逆恨みで呼び出されることがある。そのたびにボコボコにされていたら、帰ってから綾に心配されてしまうし、俺は初歩的な立ち居振る舞いだけは習得していた。
「畜生!ちょこまかと!卑怯だぞ!」
待ち伏せして殴り掛かってくるのは卑怯ではないのか。大体こういう輩のいう事は支離滅裂だ。そろそろ疲れてきたので、猿谷の足を引掛けるとドザーッと地面に転んだ。
「なんか誤解もあるみたいだから、座ってコーヒーでも飲みながら話そうぜ」
俺は倒れた猿谷に手を伸ばして提案した。
「俺を見下すな!」
バシリと手を弾かれてしまった。猿谷はザッと立ち上がり、綾の方にダッシュした。慌てて服の背中を捕まえたが、一歩遅く、猿谷が綾の腕を掴んだ。
「綾! こっちにこい!」
「ひっ」
綾が怯んだ。慌てて綾と猿谷の間に身体をねじ込んで止めた。
「おいおいおい!ちょっと待て。無理やりはダメだろ。話ししようって!」
「お前だ!」
猿谷がギロリとこちらを睨む。そして、ズボンの後ろのポケットから何かを取り出した。俺は本能的にヤバいと思って、綾を引き寄せた。それに反応した猿谷の手が俺にぶつかり、瞬間 左腕に激痛が走った。
綾を俺の後ろに隠して、1歩離れた。猿谷を見ると、手にナイフを持って立っていた。
「え? え?」
綾が信じられないものを見ている眼で驚いている。そりゃあ、クラスメイトがナイフを持っている時なんて鉛筆を削るときか、彼氏にリンゴを剥いてあげる時だけだ。眉間にしわを寄せてブルブル震えているヤツがナイフをこちらに向けて持っている姿は恐怖でしかない。
俺は猿谷に対して常に正面を向く。綾は常に背中の位置に隠す。さっき一瞬 自分の腕を見たけど、俺は左腕をパックリ切られたらしい。肘から少し先の位置でちょっとだけ断面がみえちゃった。信じられない光景だ。それを見てからアドレナリンがドバドバ出たのか、傷口は痺れたみたいになって鋭い痛みはないけれど、重たくはある。
「え⁉ これ、血!?」
綾が俺の左腕を触ってしまったみたいで、血に気付いた。
「ちょ!優斗ケガしたの!? ちょっと見せて!」
猿谷も自分がやったことに驚いているみたいで、手元はブルブル震えている。これ以上 攻撃してくるとは考えにくいが、興奮すると人は何をするか分からない。
「綾、ゆっくりでいいから逃げろ」
「え? え?」
綾は恐怖で俺の背中を掴んで離せなくなっているようだ。俺は猿谷から目を離さずに、少しだけしゃがみ、ローファーの右だけ脱いでそこに手を入れた。
猿谷がこちらを見ているのを確認した上で、猿谷の少し後ろに視線を送り、目を見開いた。
その行動で猿谷はナイフを持ったまま、一瞬後ろを確認した。誰かが後ろにいると誤解してくれた。
次の瞬間、俺はローファーでヤツのナイフを叩き落とした。そして、足元を蹴り、転ばせると地面に押し付けて、後ろ手にねじり上げた。
「綾! 警察と救急車呼んでくれ!」
「あ、あ……」
「綾!」
「は、はい!」
俺の声で綾が我に返り、電話を始めた。指が面白いくらいに震えていた。それでちゃんと正しくタップできるのかよ!?
***
押さえつけてからも猿谷は色々なことを叫び続けた。俺の女を
その声で段々と人が集まってきた。男が二人いて、どちらが悪いやつか判断するとき、人は押さえつけられている方が悪いやつだと反射的に判断する。その上、押さえつけている方はイケメンの俺だ。そして、押さえつけられている猿谷は目つきがおかしいし、俺の正義を疑う人はいなかった。普段静かな緑道はちょっとした騒ぎになった。
腕は切られて割と深い傷になっていたが、血はあまり出ないらしい。(全くでない訳じゃない)筋肉だからか?あまり見たくないけど、断面を見ると白い粒々とか見えるし、あれは脂肪なのか!? ちょっと冷静ではいられない。だからこそ、アドレナリンが出ているのだろう、痺れてはいるけど、のたうち回る痛さではない。
猿谷が暴れるので気が抜けないのも今の俺にとっては救いになっているのかもしれない。冷静になってしまったらアドレナリンの分泌が収まり急激に痛くなってくる可能性があるからだ。
先に来たのは救急車だった。これ以上 騒ぎが大きくなるのが嫌だったので、サイレンを止めてから来てくださいと言ってみたけど、ダメだった。爆音でやってきた。
この頃には、猿谷も観念していて、地面に座っていた。一応逃げないように通行人が捕まえてくれている。俺の腕は救急隊の人によって腕は布を巻かれて、棒状の何かでギリギリ締められて血が止まった。この布が痛い!
救急車から5分遅れて来た警察の方は自転車で一人だけで来た。勝手に自動車出来て、刑事みたいな人が銃を構えているのを想像していたから肩透かしだった。
俺が救急車に担架で運ばれて救急車に乗せられたけれどすぐには出発しない。意識の確認やバイタルチェックされて(ところで、バイタルって何?脈とか測られた)、既往歴や服用中の薬とか、かかりつけ医とか色々聞かれた。
救急隊の1人がバイタルチェックをしている間、もう1人が病院を探してくれているらしい。寝かせられたままの俺の横に座って綾はずっと泣いていた。頭を撫でて落ち着かせるのだけど、全然 涙が止まらない。
「大丈夫だって、こんくらいじゃ死なないから」
「でも……」
「身を挺して美少女を守った男として、益々モテる予定だから」
「うう……」
また泣き出した。俺の冗談はお気に召さなかったらしい。
***
俺の処置してくれたのは地元の比較的大きな病院だった。病院では色々と冷静になれる。それでも、痛み止めの注射も打ってもらったので痛さでのた打ち回る失態は避けられた。
結局、切られたのは、肘から手首の方に5~6センチ離れたところで、関節とかは無傷だった。血管は主に胴体の側にあるらしくて、お陰で血が噴き出したりはしなかったらしい。人間の身体はよくできている。
傷が深かったので、2重に縫うことになり、18針も縫ったけれど、見た目の傷はそれほどではない。縫った後はガーゼを貼って包帯を巻かれた。
医者による処置が終わって処置室から出たら綾が抱きついて来た。病院なのにわんわん泣いていた。俺は周囲に迷惑になってないかばかり気になったけど、見た感じ綾は無傷みたいでよかった。女の子だから顔なんかに傷なんかつけられたら俺はどうしたらいいか分からなかったところだ。俺は綾の頭を撫でてやることしかできなかった。
俺の両親も病院に着いていた。俺と綾の様子をニマニマ見ていた辺り、まだ余裕があるみたいだ。心配してくれているのだろうけど、「いつか刺されると思った」とか言われた。やっぱりイケメンは色々敵を作るらしい。ただ、俺は生き方を変える気は さらさらないけどな。
俺は親になったことがないから分からないけれど、自分の子供が大ケガするというのはどんな気持ちなのだろう。綾がケガをしていたらと思うと怖くなるので、それが近い気持ちかもしれない。
後は、綾が心に重荷を背負わなくていいように、俺はできるだけ笑っていよう。綾がつられて笑うまでは つまらない冗談も言い続けよう。
最後に、珍しいこととして、警察も改めて来ていて事情を聞かれた。
「なんか大騒ぎになってしまった」が俺の感想だった。
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