第20話:嵐の前の静けさかイチャイチャか

「駅まで手つないで行く?」



 金曜日の朝、綾が変なことを言った。



「なんか変な予感?」


「……うん」



 この間は冗談で言ったと思った。今回は違うと感じた。綾の勘はよく当たる。


 勘というと漠然としているかもしれないけれど、無意識に見たものや、見落としたり、気にしなかった普段と違う事柄が複数あった時など、過去の経験と照らし合わせて未来を予想するものだ。具体的に何が起こるかまでは分からないから「勘」という表現になってしまう。


 いわば情報処理。綾はこの辺りが得意だ。勘が鋭い。普通に考えて無視しない方がいい。



「とりあえず、駅まででいいか?」


「(コクリ)」



 駅までならば、細長い公園、緑道を通って行くから学校のヤツに会うことはほとんどない。今日に限って、うちの近くまで美紀ちゃんが迎えに来ているとか、そんな取ってつけた設定はないはず。マンガじゃないんだ。現実的にあり得ない。


 そっと手を出した。綾は手の繋ぐと言いながら、俺の親指と小指を摘まんだ。どうやら「手をつないでいる振り」が必要だったらしい。ストーカーでもいるのか?知らんけど。



 もう少し汗ばむ季節で、朝だというのに むあっとした空気を感じる。


 俺が歩いて、少し後ろから綾がついてくる。俺の親指を左手で、小指を右手で摘まんでいる。綾の方を見ても下を向いていて表情が読み取れない。寝不足ってこと?



「綾?大丈夫?」


「え!? あっ、だっ、大丈夫」



 顔を上げた綾は、顔が真っ赤だった。熱か!?熱が出てる!? なんだか顔が火照ってるみたいだし。



「ちょっと顔が赤いぞ? 熱があるんじゃないか!?」



 額に手を当てて熱を計ろうとすると、12歩くらい後ろに後ずさった。



「だだだだだだだだだ大丈夫!大丈夫やけん!」



 人が大丈夫って言うときは、大体ダメなときでは!? まあ、12歩くらい後ずさる元気はあるのだから、ある程度は大丈夫か。



「ほい」



 それ以上聞かないことにして、右手を出した。やっぱり、親指と小指だけ摘まれて駅まで歩いた。駅に近づくと人が多くなってきた。うちの学校の生徒もちらほら。綾は手を離した。



「もう大丈夫?」


「(コクコク)」



 何があったのかは分からなかったし、大丈夫になったのかも分からなかった。釈然としない気持ちはあったけれど、地下鉄に乗って学校の最寄り駅まで向かった。地下鉄の中で綾は静かに立っていた。俺も黙って立っていた。


 普段は一緒に登校しないので、これが普通通りかどうかは分からないけれど、ここしばらくは一緒に登校していたけれど、二人とも黙っていたのは初めてだ。電車の中で綾の表情は別に険しくないので、別にケンカをして口を聞かない訳ではない。綾が「勘」で感じている何かが影響してるのかもしれないと、少し気持ちを引き締めた。



 ***



 学校では、美紀ちゃんがグイグイくる。例えば、朝 学校の下駄箱で。



「あ、悠斗くん」


「なに?」


「ちょっと職員室に行く用事ができたんだけど、そこまでおんぶしてもらえるかな?」


「なんでだよ!」


「へへ、冗談 冗談。教室先行ってて。後で合流しよ」


「あ、うん」



 朝っぱらから女子をおんぶして廊下をウロウロしてたら学校中の噂になるわ!



 *


 例えば、授業中。



「あ、悠斗くん、教科書見せてもらえないかな(こそっ)」


「なに?忘れたの?」


「へへへ……」



 ついこの間までのまじめメガネっ子キャラはどこに行った!? キャラ崩壊しとるわ!

 そして、その照れた顔がめちゃくちゃ可愛いわ!教科書くらい見せるし、なんならあげてもいい!



「おい、そこ!教科書忘れたなら横に見せてもらってもいいけど、密着はするな!独身の俺の心が折れる!」


「「「ぎゃははははは」」」



 教科担任に揶揄われてしまった。クラスのヤツにも笑われたし、羞恥プレイか!



 *



 例えば、昼休みの弁当を食べる時。もう、机は俺の隣に付けている。ちなみに、綾は真向かいに机を付けている。



「今日もクラスのグループチャット大荒れだけど、もう慣れてきたね」


「美紀ちゃん、鉄のメンタルだね」


「それは、乙女に対してデリカシーがなくないかな?」


「俺よりは精神的にタフだよ。絶対」


「そうかなぁ」



 ちょっと不満そうな美紀ちゃん。



「そういえば、明日のデート楽しみだね。どこか行きたいところある?」


「ぶっ」



 そのグルチャにわざわざ話題を提供してあげなくても……



「わ、見てみて!もう書き込まれたよ♪」



 嬉しそうにスマホの画面を俺と綾に見せてくる美紀ちゃん。



『明日、羽島って水守さんとデートらしいぜ』

『ああ、俺の水守さんが!もうダメだ。』

『だから、お前のじゃないって!』

『デートってどこ行くんだろうな』

『きっとラブホ直行だぜ』



「ほら、私もう悠斗くんにホテルに連れ込まれちゃった♪うわ、何されちゃうんだろう?」


「だから、燃料を投下しないで……」


「こんなに話題の中心にしてもらって、なんか私もリア充の仲間になったみたいで嬉しいな」



 いや、どう考えても美紀ちゃん、あなたはリア充だよ。


 それに比べて綾の静かなことよ。確かに、家ではギャーギャーうるさいくせに、学校では大人しく座ってニコニコしながら手でも振っているような猫100匹被りぶり。それにしたって、今朝の変な感じもあって ちょっと気になるんだよなぁ。



「ねえ、悠斗くんファンクラブの方のグルチャも見る?私 階段から突き落とされた後、簀巻きにされて博多湾に流されちゃった♪」



 いや、相当 鉄のメンタルだよ。そして、俺のファンとやら、美紀ちゃんに何してくれちゃってんのさ。この子はきっとクラスの女子数人に囲まれたとしても大丈夫。そして、事前にそんなことにならないように処置できる子だと思った。



 ✱



 そして、事件は放課後に起きた。いや、正確には起きていたのだが、俺には気付くだけの心の余裕がなかったのだろう。

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