第18話:二人の関係の名称
振り返れば、この頃が一番よかったのかもしれない。
毎日、美紀ちゃんに軽口叩かれて、揶揄われていた頃。
毎日、綾とゲームとラノベとアニメにおぼれていた頃。
毎朝、三人で登校して、一緒に授業を受けて、昼休みにはご飯を食べて、放課後はまた一緒に下校する。少しいびつだけど、順調だった。
放課後は、美紀ちゃんが俺の家に遊びに来るようになった。そして、すごい違和感があったけれど、俺の部屋に美紀ちゃんを入れた。多分、俺はどこか 彼女が俺の部屋に入るという事は、俺の心に彼女が入ってくるのと同義だと感じていた。今まで
誰にも何も許さずに、他人から愛してもらおうなんて都合が良すぎる。俺も相手を愛して、相手にも愛してもらえるのが一番だ。俺も歩み寄るから、相手も歩み寄る。そして、男の俺の方が先に歩み寄らないと。
「わー、男の子のお部屋って感じ―」
美紀ちゃんが部屋に入って開口一番そう言った。ベッドがあって、ローテーブルがあって、ゲーム用の大画面テレビがある。勉強机は今日のために少し片づけた。それ以外に、この部屋には特別な物なんてない。
ついでに言うと、綾の物も置かれていない。クッションは俺の枕だし、ゲームのコントローラーは元々2コンあるし、服とか、コップとか、スリッパとか、何か置いて行きそうなものだけど、綾はその辺り徹底していた。
「ゲームとラノベ多いね。意外ー!」
美紀ちゃんは、部屋に入ったら、真っすぐ本棚に進んだ。本棚には、俺の好きなラノベの1軍が並べられている。ゲームのパッケージも一緒だ。
「まぁ、趣味なんだ」
「スポーツ万能なんでしょ?なのに、趣味がインドアだったから意外ってだけで、趣味は好きなことだからいいと思うよ?」
美紀ちゃんは決めつけたりしないし、否定もしない。とてもいい子だ。そして、俺の理想が具現化した様な子。多分、彼女にするなら最高の条件ではないだろうか。
人は条件で付き合う訳じゃないと思っているけれど、実際付き合うとなるとある程度は考慮しないといけないところがある。
「何かおすすめのラノベ貸してほしいなぁ」
「読むんだ、ラノベ」
「今まであんまり機会はなかったけど、嫌いって訳じゃないし、悠斗くんが好きな物は好きになりたい」
優等生な回答。この時の笑顔も自然で、全く非の打ち所もない。
「あ、ごめん。この部屋クッションとかないんだ。座るのは……床かベッドなんだけど」
「じゃあ、ベッドに座っていい?」
「あぁ」
考えてみれば、変な空間だ。
クラスの女の子が俺の部屋にいる。そして、二人きり。両親が仕事から帰るまで時間も十分ある。
美紀ちゃんがベッドに座ると、ギシ、とスプリングの音がした。制服のスカートは比較的短いので、太ももがちらりと見え、どうしても意識してしまう。
「ねね、放課後はいっつも何してるの?」
「ゲームが多いかな」
「じゃあ、一緒にゲームしよ。横座って座って」
電源を入れベッドに座った。テレビにはゲーム機の起動画面が表示された。
ベッドに座った俺の太ももに、美紀ちゃんの手が添えられた。つい反射的に彼女の方を見た。
すると、彼女と目が合った。
「まだ何か隠してる」
彼女の指摘には思い当たる所がある。
毎日、綾がここに遊びに来ている事だけは彼女に言ってない。家が隣同士であることも。そして、付き合いが10年以上に及ぶことも。ただ、俺はその関係に名前をつけられないでいた。
友だち? いや、それ以上だと思っている。
彼女? いや、そもそも俺たちは付き合ってない。
家族? いや、俺たちは家族ではない。
俺と綾の関係を表す言葉に出会ったことがなかった。そう考えると、少し前に もめてしまったけれど、綾が言った「セフレのセックス抜き」はあながち間違いではないのかもしれない。
なにか、相手を制限するような関係ではない。「束縛」とは相手に更なる相手を見つけることを禁止するものだ。俺と綾の感覚では「どっちも自分」だから、お互いがうまくいくようにアイデアを出し合う。
自分以外なのに、自分のこと。こんな関係にマッチした言葉がないのだ。言葉は万能ではない。先に事象があり、それに言葉がついていく。俺と綾の関係にはまだ言葉がついてきていない。
「エロ本は隠してないから、その隠し場所じゃないと思うけど」
俺のしょうもない回答の直後、ベッドの横に座っていた美紀ちゃんが俺に抱き着いてきた。一瞬何が起きたか分からなかった。
彼女の匂いがふわっと伝わってきた。
彼女はこういうことに慣れているのか!? 一瞬そう思ったけど、身体が密着しているから分かること。彼女は小さく震えている。緊張しているからだろう。頑張って誘っているのだ。
「なんだよ、ガチガチじゃないか」
俺は美紀ちゃんの両肩に手を置き、少し離すと頭をなでてやる。
「もう、一世一代の勇気だったのに」
「俺は迫られるより、迫る方が好きなんだよ」
そのまま、美紀ちゃんの肩を押して、ベッドに押し倒した。
「えと、えと、えと……」
ベッドに仰向けで美紀ちゃんが寝そべっている。さっきまで座っていたので膝から下だけベッドの外。制服のブラウスのボタンは全てとまっているのだけど、そのピッチ間は内側からの圧力で少し開いている。彼女の胸が強調されている状態。室内はさっきまでの和やかムードは一変して、ピンと張り張りつめている。
本当にさっきは「一世一代の勇気」だったみたいだ。ベッドに押し倒された美紀ちゃんは目が泳ぎまくっている。そして、顔は真っ赤で、どうしていいか分からない様子。彼女の両掌はベッドの上の彼女の顔のすぐ横にあるが、小さくバンザイのようなポーズになっている。とてもかわいい。
「ほら、不用意に迫ると食べられちゃうぞ」
俺はそのまま迫るのではなく、美紀ちゃんの上半身を起こしてやった。
「……ドキドキした」
そう言いながら掌をうちわにして扇いでいる。
俺たちはまた恋人同士じゃない。大人の関係ならば、身体の関係からのスタートもあるだろう。告白の言葉もなくて うやむやにスタートする事だってあるだろう。でも、俺たち高校生には一定のルールというか、常識がある。
物語の「ボーイ・ミーツ・ガール」は、いつも少年が少女に出会って、恋に落ちて告白して、受け入れられ、両想いになるのが常だ。そのステップを飛ばしてはいけないのだ。
「じゃあ、次は、ゲームでドキドキしようぜ」
「いいけど、ゲームを始めたら戻れないよ?」
「俺は惜しいことをしたのでは!?」
わざとおちゃらけて言ってみた。
「さっきの流れなら最低でも ちゅーはいってたなぁ」
「いますぐ、1個のセーブポイントに戻りたいんだけど」
「ざんねーん、時間切れでーす」
便宜上頭をかいて悔しそうにしたけれど、俺の心はまだ決めきれないでいた。その後は、美紀ちゃんとマリカーなど初心者でも気軽に遊べるゲームを中心に楽しんだ。ある程度の時間になって、彼女を駅まで送って行って、家に戻ってきた。
「もう一つの違和感」については帰ってきたらすぐにその正体が分かったのだった。
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