第17話:新しい日常
俺と綾は登下校を一緒にした。それは綾のためなのか、俺のためなのか。学校の最寄り駅では美紀ちゃんと合流して三人で登下校することにした。
「ねえ、悠斗。ホントに私一緒でいいとー?」
朝一、家を出た時に綾が聞いた。
「もちろん」
「えー、あとで彼女と合流して学校行くっちゃろ? そこに割り込む頭のおかしい女が私?」
「美紀ちゃんとはまだ付き合ってないし」
「またそんな屁理屈言ってー」
駅まで約15分は歩く。結局のところ、俺もどうしたいのか分からないでいたけど、この時間は好きだった。
*
学校の最寄り駅に着いて、地下鉄の改札を出たら、美紀ちゃんが待ってる。
「おはよう!悠斗くん!小林さん」
以前の「おはようございます」は「おはよう」に代わり、「羽島くん」は「悠斗くん」に変わっていた。全然嫌じゃないし、むしろ心地いいくらいの距離の詰め方。美紀ちゃんは色々できる女だ。思っていた以上にできる女だった。
「おはよう。水守さん」
「ん? えっ? えっ?」
美紀ちゃんの顔が近い。絶対聞こえているのに、耳に掌をそえて、聞こえていないふり。
「美紀ちゃん!」
美紀ちゃんがお
「……美紀……ちゃん」
俺は、逆らわず、
「そ!美紀ちゃん! これからは、美紀ちゃんでよろしくお願いします♪」
にっこり笑顔で言った。
「ね、美紀ちゃん可愛くない!? すごく可愛くない!?」
綾よ。お前が気に入ってどうする。
「小林さんも、私のことは『美紀ちゃん』でお願いします」
「わ!じゃあ、私も『綾ちゃん』で!」
「はい、綾ちゃん!」
美紀ちゃんは、俺の生活に実に滑らかに溶け込んできた。俺自身も動かせないゴツゴツとした岩を積み重ねたかのような俺の心と俺の日常。もし動かしたら、ガラガラと今まで積み上げてきたものが一気に崩れてしまう。俺の中のルールは俺自身も何一つ変えられないものとなっていた。
そんな中、美紀ちゃんは液体のように、その岩と岩の隙間にゆっくりと流れ込んでくる。岩を1つも動かすことなく、洗い流すこともなく。ゆっくりと入ってきて、満たしていく。
「じゃあ、行きましょう♪」
「ああ」
***
教室では相変わらず遠目に色んなヤツが見ている。昼食の時間、俺と美紀ちゃんと綾は机を付けてご飯を食べることになった。
「なんか、一段とみんなと距離が開いてないか?」
俺が冗談みたいに言った。
「そりゃ、そうだよ。クラスのグループチャットが絶賛大炎上中だよ」
美紀ちゃんがスマホを見せてくれた。
『水守さんまでもが羽島の毒牙にやられた!』
『小林さんもまとめて陥落。どうなってんだあいつ』
『俺の小林さんが……』
『小林さんは俺の嫁』
『お前には荷が重いって』
『どんなカルマ詰んだらあのクラスの二人に囲まれるんだ!?』
『お前には無理』
「うわ、悠斗バキベキボコじゃない?」
綾がちょっと嬉しそうに言った。お前は俺の味方ではないのか。そして、教室でのキャラがちょっと崩れ始めてないか!? 方言までは出ないにしても、俺の呼び方が「悠斗」になってるし。美紀ちゃんに気を許しすぎだろ。
「俺、めちゃくちゃ悪いヤツキャラ?」
スマホを返しながら美紀ちゃんに訊ねた。
「外から傍観しているだけの人たちだからね。悠斗くんだったら、いつも情報は提供する側だし、こういうのは私たちみたいな一般人のせめてもの楽しみだから」
「俺、クラスのグループチャットがあるとかも知らなかったけどな」
「そりゃあ、悠斗くんはリア充 筆頭みたいな人だから、愚痴とか言わないし。あ、そだ、女の子だけの全員悠斗くんファンみたいなグループも別にあるよ?」
「どうせなら、そっちを見せてくれ」
「ふふ、悠斗くんも人の噂とか気にするんだね」
美紀ちゃんがあの笑顔で笑った。俺だって人の子だい!
「ここで、私と悠斗くんが付き合ったら変な噂は消えるんだけどなぁ」
いたずらっぽくこちらに視線を送りながら美紀ちゃんが言う。この子はこういうのが上手い。ついこの間まで知らなかった一面だ。
「ところで、悠斗くんはいつもパンですけど、お弁当は持ってこないんですか?」
「両親共 朝が早くて弁当を作る暇がない……っていうか、毎朝面倒なんだと思う。俺も悪いと思うしね」
「じゃあ、私がお弁当を作ってきたら食べてくれますか?」
綾が俺の顔を見た。OKするかどうか気になったのだろう。俺は他人が作ったものを食べられない。別に潔癖症という訳ではないけれど、バレンタインなどで手作りチョコというのを何度ももらったが、中に毛が入っていたりしたのに気づいてから、なにが入っているか分からないと思い、食べられなくなったのだ。
もちろん、両親が作った料理は食べられる。そう言った意味では俺が料理を食べることができるかどうかは、その人を信用しているかの踏み絵のような意味合いがあるのだ。
当然 綾はそれを知っていて、「さあ、悠斗 どうするの⁈ 美紀ちゃんのお弁当食べるの⁉ それとも食べられないの⁉」と心の中で傍観しているのだ。俺自身食べられるのかどうか、試してみないと分からない。美紀ちゃんは俺が過去に経験したことがない間柄なのだから。
ちなみに、綾の料理は大丈夫だった。俺が料理を作ることもあるし、綾が作ることもある。信頼と実績の相棒だった。
「大変じゃないかな?」
「どうせ、私は自分の分を作るから、1個も2個も一緒だよ」
「なら……お願いしようかな」
「ホント⁉ 嬉しい♪」
マンガやラノベでよく聞く「弁当は1個作るのも2個作るのも変わらない」は本当だろうか。俺は自分で料理をするから分かるけど、1人分と2人分を作る時は手間は明確に違うんだけどなぁ。
***
帰りはまた三人で帰る。クラスのアイドル綾と隠れファンが多いと噂の美紀ちゃんの二人を連れて帰るのだから、クラスのグルチャはまた荒れていることだろう。まあ、事実だからしょうがない。言いたいヤツは言わせておけばいい。
「やっぱり私、お邪魔じゃないかなぁ?」
下校中、綾がふと言った。
「え?なんで!? 一緒に帰ろうよ!」
美紀ちゃんは綾と手をつないで帰っていた。こうなると逆に俺は二人の後ろを歩くことになる。彼女がなにを考えているのか分からないまま、週末のデートまでこの生活を送ることになるのだった。
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