第16話:三角関係
俺は自分が分からない。自分の心が分からない。人は条件で付き合う訳じゃないけれど、俺には付き合えない人がいると思っていた。
普通の女の子と付き合ったことはある。だけど、その子は段々疑心暗鬼になって行く。俺の浮気を疑って、自分の出来ないことにばかり目を向けるようになる。
もっと、きれいじゃないといけない
もっと、可愛くないといけない
もっと、背が高くないといけない
もっと、胸が大きくないといけない
もっと、痩せていなければならない
元々ないものを見続けているので、当然ないままだ。そして、俺が求めたものでもない。付き合うと決めたくらいだから、そのままのその子が一番好きだった。
人は、良いところを伸ばす場合、元々ある部分だから伸ばすことは可能だ。でも、ないところは、なかなか埋まらない。
結果、俺と付き合った女の子は段々心が病んでいく。
他の女の子の優れたところを羨むようになって、自分にないものを求めるようになる。いたたまれなくなって、こちらから別れを告げるか、本人が別れを切り出すか。いずれにしても、今度は周囲から「捨てられた」と追い打ちをかけられる。もはや呪いのような物だと考えている。
男友達も長く続かない。仲が良くなったと思ったら、そいつの好きな子が俺のことを好きになって、何もしなくても三角関係になる。誰かの好きな人を取ったことはないけれど、「あいつに彼女を寝取られた」と悪い噂が広まる。俺は恨まれながら友情にピリオドを打つことになる。それが俺の人付き合い。
顔が良くても、背が高くても、成績が良くても、どうしようもない。
だから、俺は人に一定以上近づかない。心が近づいてきた人に対しては、男も女も関係なく、それとなく距離を置く。その人を傷つけないように、自分も傷つかないように。
その点、綾は楽だった。なにもしなくても向こうから勝手に好きになってくることの辛さを分かってくれた。あいつもすごく可愛いから同じ思いをしたのだろう。普通の人に言ったら、嫌みとか、ぜいたくな悩みとか、自慢とか言われることもある。
自分ではコントロールできず、常に自分の期待したのとは違う結果が待っている。それを何とかしたいと思っているのは、悩みとは言わないのか。人付き合いが長く続かないのは、ずっと自分が悪いのだと思っていた。俺のどこかが欠落していて、だから人間関係がうまくいかないのだと。
綾はうまくやってる。友達もいて、男子にも人気がある。そして、俺のことは男として好きにならない。趣味も合う。なにより隣の家に住んでいて物理的な距離も近い。俺にとって理想的な友達と言える。綾の生き方は、俺の生き方の理想形だと思っている。
美紀ちゃんは俺にとって、これまでにない存在。俺の理想は背が低めで胸がぺったんこ。髪は長めで、少し控えめな女の子。それは、親の田舎で一緒に遊んだ昔の美紀ちゃんが反映されてはいないだろうか。今まで意識したこともなかったけれど。
成長した彼女が俺の前に現れたという事は、俺の理想の彼女は美紀ちゃんということか!? 俺の理想は彼女がオリジナルだとしたら、たとえ彼女が俺のイメージから外れたことをしたとしても、それは彼女が正しいということ。俺の思い通りにはならない。それでいて俺の理想から外れない。外れたとしてもそれは俺の方が間違っているのだから、修正すべきは俺の方ということ。
「ねえ、悠斗。考えてみたら美紀ちゃんって最強やない!?」
いつもの様に俺のベッドの上でラノベを呼んでいる綾がふいに言った。
「どういうこと?」
俺もそのことを考えていたのだけど、話を合わせてみた。さっきから持っているラノベのページが進まない。考え事が先行していて、文字を目で追っていても内容が全く入ってきていない。1ページ戻ってもその内容が分からない。もう1ページ戻って、読み進めて、また戻る……その繰り返しだった。
「昔 会ってた妹みたいな子やったんやろ!? 背が低くて胸がない子とか、異常者みたいな理想はその時の美紀ちゃんってことなんやないんー!?」
やっぱり、綾もそう思うか。いや、「異常者」の部分じゃなくて、「理想」の方ね。
「あ、付き合うことになったら、私は朝晩の登下校一人で大丈夫やけん。彼女さんとのお邪魔は致しませんわっ」
綾がニマニマしている。
「絶対お前楽しんでるだろ」
「だって、久しぶりやない?悠斗が彼女つくるの。しかも、今回は理想の彼女!」
「お前の方はどうなんだよ」
「私の方は、アルコールを盛られるような女ですから……」
「それは違う! あれはお前が悪いんじゃないから!」
ちょっと語気が強くなってしまった。
「……その、ありがと」
「大丈夫と思うけど、もうちょっとだけ、一緒に登下校しよう。彼女ができても綾とは俺は綾と俺だろ?」
「……うん」
「俺たちはセックスなしのセフレだし」
「もー!それ言わんとってってー! 恥ずかしいんやけん!」
俺たちはいつも通りだった。そう、少なくとも表面上は。
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